第328話「ねぇねぇ、自分の短冊に書いておく?」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
「出て来たか」
幽化の体から分離するように出現したユメ・僕。ピュアとの間に糸を残して置いたからこそこうして復元できたがそれがなければ叶わない芸当だっただろう。
「だが」
右腕を軽く振るう幽化。すると宙に何かが投げ出された。
「お前のパペットだ」
パペット・天つ空。その巨体が僕に向かって倒れゆく。無理もあるまい。なぜなら左半身の大半を失っていたのだから。
「ごめん、無理させた」
そんな天つ空の頬にそっと手を添えて、僕は一度パペットの顕現を解いた。パペットは情報元であるコンピュータ――【覇―はたがしら―】や【サイバーコンタクト】など――を再スキャンしたなら元に戻る事が可能だ。パペットとしての全てを消失して死んでしまえばたとえ同じ外見のパペットをもう一度得たとしても組み込まれるAIは別個体となるが。
「ユメ、それであの人の吸収の弱点は?」
「弱点がないってわかったよ」
希望は断たれた。
「……そう。それではここは?」
「うん……ピュア、君の仮想災厄としての能力を僕にかけて」
「良いの?」
ピュアの表情が揺らいだ。心配げに。
「後で乱暴にでも良いから削り取るよ」
「きっと激痛が走ると思うけど」
「構わない。どうせ敗けるなら全力を出そう」
「……うん」
仮想災厄ピュア――人類精進プログラム。
その能力をここで。
「ムダだ」
「ムダかどうかじゃないんだよ、幽化。問題は敗けてすっきりするかどうかだよ」
人間のような事を言う、そう幽化は皮肉った。
人間、ね。
「切縁・ヴェールの為に死ぬつもりか?」
「そのつもり」
「…………」
おや、幽化から僅かな戸惑いの気配が。
「……全力を賭すのは良いだろう。宵とバトルをした時奴も全力でぶつかって来た。それは決して体に無理を強いたのではなく、誇りと言う心を賭けた一勝負だった。
それをお前がやると言うのか。
かつて人の敵として世界に挑んだ仮想災厄の父が」
そんな、人間らしい事を。と続けられる。
人間らしい、か。だいぶ毒されてるなぁ。
「……良いだろう、向かって来い」
「気遣いありがとう。
ピュア」
「うん」
パンっ、とピュアの両手が重ねられて小気味良い音が鳴った。ゆっくりと開かれる掌にあったのは一つの銃弾。黒い色をしていて、ピュアの髪のように星々が散りばめられていた。
装填。
銃口を僕の心臓に向けて――撃った。
「――っ」
僕の胸に突き刺さる夜空色の十字架。僕の体にヒビが入って――割れた。その中から人ではない光体の僕を産み出して。
ピュアの能力は対象を前進させるもの。進化と表現しても良い。
同時に僕は脚に機械を展開する。脚力を増加させる仕様だ。
次いで宇宙カレンダーの棒を持って、もう一度パペットと同化し、更に【覇―トリ―】を起動。
「行くよ幽化」
「来い」
幽化が二丁の銃を重ね合わせる。すると銃が解けて一つの銃剣となった。銃口を僕へと向けて固定する。
僕は大きく空気を吸って、吐いて、もう一度吸って、止める。
「ピュア、合図を」
「うん」
銃口を上に向けるピュア。引き金に添えられている指に力が入って、引いた。
フラッシュ。銃から火花が散って一つの銃声が鳴った。それを合図に僕は既に駆けていた。
幽化の銃が光った。銃弾と僕の宇宙の棒がぶつかり、宇宙の棒が砕け、すぐにもう一つ宇宙の棒が顕現し、幽化からの次弾を弾く。
幽化と接近する。その瞬間僕の腕にヒビが入ってもう一度腕だけが進化する。
「フッ!」
宇宙の棒が幽化の胸目掛けて突き出され、しかし幽化は狼の動体視力と脚力を顕現してそれを回避。
僕のこめかみに銃口を当てる。
僕の首にヒビが入った。割れ、首の力を進化させて頭部を前に倒して銃弾を回避。
その時にはもう僕の脚にヒビが入っていて、割れて蹴打。幽化は爪を顕現して僕の脚を斬りつける。
蹴打を脇腹に受け、爪を脚に受け。両者に走るダメージ。
しかし幽化は息一つ乱す事なく僕の心臓目掛けて銃弾を放つ。僕の胸部に走るヒビ。進化した部位に銃弾がヒットして上体が大きく仰け反る。
けれど、僕は卒倒を何とか堪えて夜空色の炎を幽化に浴びせた。幽化の視界が一瞬白に染まっただろうけれどそれを突ける余裕は僕にはなく。
幽化の銃口が僕に向く。
僕の舌にヒビが入って、
「ア―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
吠えた。
その轟音が幽化の平衡感覚を揺らし、放たれた銃弾は僕の耳を穿った。恐らく眉間を狙ったのであろう一撃。自分の耳を穿った銃弾を僕は更に進化させた手で掴み取り、肩にヒビが入って進化させて幽化へと撃ち出した。
幽化は返された銃弾を次弾で破壊し、すぐに装填される銃弾に狼の牙の力を上乗せさせる。
撃ち出される世界最高の銃弾。受けた宇宙の棒が砕け、続けて飛来する銃弾を弾く度に宇宙の棒はどんどん小さくなっていく。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
連撃。僕は防戦一方になるも何度も腕を進化させながら全てを弾き続ける。
その時ふと、幽化の表情が目に入った。
笑っていた。
と思う。
しかし次の瞬間にはそれは見当たらず。果たして現実だったのか白昼夢でも見たのか。
「お前の負けだ」
そう囁かれた言葉がいやにクリアに僕に届く。
幽化の最後の銃弾が放たれた。
「?」
けれどその銃弾は明後日の方向に飛んでいくではないか。
もし、だ。
この瞬間に僕の膂力が万全であったならば防げたかも知れない。現実は残念ながら既に疲弊しきっている。
だからこそ僕は銃弾をかわせなかった。
幽化の最後の銃弾は僕によって弾かれた銃弾に当たって何度も方向を変える。跳弾。何度も跳弾を繰り返し、銃弾は――僕の胸の中心へとヒットした。
「……ピュア」
「まだ横になっていて。今、体を元に戻しているから」
気づけば僕はピュアの太腿に頭を預けていた。
敗けたか……。そう思いながら。
「? 待って、元に戻す? その割には痛みがないけれど」
「幽化の吸収で戻しているから」
「……幽化の?」
眼だけを動かして周囲を窺うと、どこにも幽化の姿は見えなかった。
「彼は星冠の助けに行ったから」
「……宵の所ではなく?」
「うん」
それは、宵に対する信頼だったのだろう。
だけど……。
切縁は強い。果たして宵は勝てるのか?
そこまで思考して僕はハッとした。
「どうかした?」
「……いや」
気づけば宵の心配をしている自分がいた。切縁の側についているのに。
宵が“閉ざす人”で“死まいの灯”を扱う存在ならば世界の為に死んでもらわなければならない。
それが失敗して世界が終われば切縁は時間を創造して未来を勝ち取る。
……後者の方を取れば宵は生きられる。ならばそれで良いのではないだろうか?
だが切縁が今更止まるだろうか? 宵を前にして止まるだろうか?
星冠たち、彼らは手一杯の状況。自分たちは満身創痍。
これはもう……祈るしかない。では何を祈る?
良くわからない。
わからないけれど……宵と切縁、両者に生き残って貰うには……。
「ねぇねぇ、自分の短冊に書いておく?」
「――インフィ」
「はいな」
ひょっこりとピュアの影から顔を出すのは最後の息子、インフィ。
「……そうだね、書いておこうか」
僕が――オレが祈る事は、願う事は――両者の、幸福だ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




