第324話「よー君はちっこい」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
「――!」
オレは慌てて体を反らす。首目掛けて何かが飛んで来る気配がしたからだ。だが目に見えなかった為に完全にはかわせなかったらしく、首の皮一枚が斬られて鮮血が散った。
「よー君!」
「宵!」
「パペットとの同化、そして力の行使にはそれらが発生するまでに【覇―はたがしら―】が自動演算を行っている。人体をコンピュータ化する【覇―はたがしら―】はその精神状態において大きく精度を変えるわけだが、果たしてアマリリスはこの二人を刻まれても心乱されないで済むかな?」
恐ろしい事をあっさりと言われた。
こう言っているのだ。
これからこの二人をいたぶるぞ――と。
「させない!」
アマリリスが杖を向ける。切縁・ヴェールにではなくオレたちに対して。勿論それは攻撃ではなく、オレと涙月が卵の殻に似た半透明の膜に覆われた。
「随分と薄い膜だ」
言いながら指を鳴らす切縁・ヴェール。すると指を鳴らした右腕が刻まれる。
「成程、自分自身だけでなく護る対象を増やせるわけか」
大して驚いた様子はない。罰の傷が右腕にしかないと言う事はある程度この状況を理解した上で推論を確かめる為の一撃だったのだろう。
「だがな、アマリリス」
上空にいるアマリリスに顔を向ける。
「この二人を護るのは二人に対する侮辱だぞ?」
「え?」
あ、これはまずい。
「アマリリス! 聞くな!」
「それはつまり宵と涙月が自分よりも下にいると見ていると言う事だ」
切縁・ヴェールはアマリリスに動揺を走らせるつもりでいる。言っている事はあっているかも知れないけれどこちらにはそれを責めるつもりなどサラサラない。寧ろ礼すら言っても構わないのだ。
ただそれをアマリリスがわかっているかと言えば――
「この二人は保護対象ではない。それを貴様は理解できていない」
「そんな――」
「まだ幼いな」
切縁・ヴェールの口を閉ざさなければ。
「おっと」
紙剣が切縁・ヴェールの心臓のあった位置を突いた。しかしあっさりとかわされ。
「紙剣と腕だけを【門―ゲート―】で転移させての攻撃か。護られながらの攻撃とは、随分優しい戦い方をするものだな」
「チームワークと言って欲しい」
「チームワーク? そんなものは精神的弱者の望むものだ。
宵、貴様は私めの期待に応えよ」
意外な事を言われた。
期待だって?
「そんな期待されているなんて初耳ですが」
「しているのだよ。
“閉ざす人”――“死まいの灯”をずっと追って来たのだ。それが小者では私めがとても可哀想だろう?」
「……殺せる内に殺そうとは思わないんだね?」
「思わないな。当然だろう? 貴様を殺すなど最早いつでもできるのだ。であるならば貴様の精一杯の力を引き出してからにするのも一興だ」
そんな興に乗りたくないのだが。
「しかしそうだな、三対一では数的に不利か。それも全員が特殊を扱えるとなれば。
良し、差を少しでも埋めるとしよう」
言いながら両腕を前に出す切縁・ヴェール。掌を広げて、真っ直ぐ伸ばして、それは天から何かを向かい入れるかのようで。
「来い――『イエル』」
“それ”は――女であった。
母であった。
子供であった。
少女であった。
赤子であった。
老婆であった。
骨であった。
六人の聖なる乙女――それぞれが背に666の数字を背負っていて、皆一様に瞼を閉ざしていた。
服は着ていない。全身に纏う一枚の布は真っ白で乱れも汚れもほつれもなく、頭にはティアラが乗っている。
その全長は巨大で、しかしそれでいてしなやかで美しく、オレたちを囲む位置に立っている。
……これが――
「私めのパペット、『イエル』だ」
これが……何て言う……聖なる存在感。神の威圧とも違う感じた事のない光。まさに真聖。
魅とれる程のそれに目を奪われ、オレと涙月が一言も発せずにいると、
「パパ……」
と、アマリリスが呟いた。
そうか、このパペットにはアマリリスの父と切縁・ヴェールの兄が喰われているのだった。それをアマリリスは誰よりも早く感じ取ったのだろう。
「ムダだぞアマリリスよ。あれの魂は最早ない。諦めろ」
「……切縁!」
「待ったアマリリス!」
ムダだとわかっていても手を伸ばすオレ。
アマリリスは杖を切縁・ヴェールに向けて。
「ダメだよ」
「――!」
けれど目の前を白い鳥が塞いだ。涙月のジョーカー・フェニックスである。
「ダメだよアマリリス。憎しみで戦ったらダメだ」
「けどあいつは――」
「わかってる。でも染まったらダメ。それもわかる。憎しみで仇を討てても今度は切縁・ヴェールを愛しんでいた人がアマリリスを憎むよ。連鎖させたらダメだ」
「お優しい事だな、涙月」
二人の会話に割り込むは、切縁・ヴェール。
「だがその言葉、隣の宵にもかけた方が良いぞ。
宵は一度貴様を失い少なからず私めを憎んでいる。加えて幽化がやられたと思い“閉ざす人”として目覚めてしまった。
宵に憎しみがないとでも?」
「ないよ」
きっぱりと応える涙月。落ち着き払っている声音だ。それはオレも同じなんだけど。
「よー君はちっこい」
「もしもし⁉」
「幼い頃からちびちび言われてきてたし、アエルもちびちび言われ続けていて、もうそれは乗り越えた子だもん。一瞬燃え上がる事があってもそれを維持し続けたりはないよ。
ね?」
「ね? って言われても……」
恥ずかしくて同意できないのですが。
「アマリリス、君も乗り越えて。お願い」
「…………」
「一先ずこっちに降りといで」
「……うん」
静かに頷いて、ゆっくり降りて来るアマリリス。オレはその間切縁・ヴェールからの攻撃がないかと警戒モードだ。
暫くしてアマリリスはオレと涙月の間に降り立った。涙月はそんな彼女の頭に手を置いて、撫でる。そして笑ってから切縁・ヴェールに顔を向けた。
「アマリリス、オレたちの殻を解いて」
「……良いの?」
「うん」
「……うん」
アマリリスの力で作られた殻が割れた。
「一緒に戦おう、アマリリス」
「うん」
ほんの少し、笑んで。
「もう良いか?」
会話の間ずっと待っていた切縁・ヴェール。表情にも笑みがある。それは決して邪なものではなくて、どちらかと言うと微笑みに見えた。
なぜそんな表情をするのだろう?
今、初めて彼女の使命感から外れた笑みを見た気がした。
「さて」
しかしその笑みはすぐに消える。
「久々に人間らしさに触れた。感謝と礼を込めて――」
イエルの瞼が薄く開く。
「せめて宵、“閉ざす人”、貴様は楽に閉ざしてやろう」
紫炎の数式を両の手に込める切縁・ヴェール。
「来るよ二人共」
紙剣――命の灯、苦無、星章、を纏わせ『威閃』状態の紙剣に、“死まいの灯”――黒の数式を込めるオレ。
「あいさ」
ランスとフェニックスを同化させる涙月。
「うん」
杖に真紅の数式を込めるアマリリス。
「涙月の“産まれの灯”はまだ白の数式になれないようだ。
では、まず――宵、貴様だ」
戦闘、再起動。
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