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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
後章 ~水折り(みおり)の炎~
322/334

第322話<子供の可能性を認めてあげるのは大人の義務でしょう>

いらっしゃいませ。

是非に読んでいってください。


☆――☆


「そうか。表層にこんなものがあったか」


 一面の水面に立つ切縁(キリエ)・ヴェールはそれを前に、実に喜ばしそうに笑んだ。

 彼女の前にあるそれは、骨。人の形を保つ骨であった。


星冠(ホシカムリ)最高管理者――集合的無意識の自我の幼生。

 非常に申しわけないが消えてもらうぞ」

<思っていないくせに>

「ふっ」


 切縁・ヴェールの手が伸ばされる。その手に紫炎が灯って――


「――!」


 遥か上方から剣閃が飛来した。

 最高管理に向けられるはずだった紫炎の数式で剣閃が破壊される。


「切縁・ヴェール!」


 今度は剣閃を飛ばすのではなくオレ自身が持つ紙剣(シケン)で切縁・ヴェールの首を狙う。が、首に紫炎が灯って斬れなかった。

 黒の数式を操れていたなら効いていたはずなのに!


「違うな。操れても私めの域にまで到達しなければ効果はないさ」


 切縁・ヴェールから離れてオレは最高管理の前に立つ。


(ヨイ)を呼んだ。貴様自身には戦闘力がないと」

<ええ。私にできるのは皆さんの心の内を()る事くらいです>

「成程。で、ユメはどうした?」

幽化(ユウカ)さんが抑えている」


 と言うか多分勝てる。


「それは大儀だな。いやそもそも、宵には悪いが私めを倒す為ならば幽化を呼んだ方が良かったのではないかな?」


 ……確かに幽化さんの方が強いけどもそんなはっきり言わなくても……。


<私はそうは思いませんよ>

「え?」

<正直な話つい先程までなら幽化星冠卿の方が確かに上でした。

 が、黒の数式に覚醒した今そのランクは幽化星冠卿に匹敵、或いは凌駕するものと見ています>

「それは宵が黒の数式を――“死まいの()”を操れたらの話だろう?」

<子供の可能性を認めてあげるのは大人の義務でしょう>

「可能性か。嫌いな言葉ではない」

天嬢(テンジョウ)星冠卿>

「はい」

<私のこの骨は私にとっての(コア)です。これを砕かれれば私の意識――集合的無意識の自我は霧散します。けれど(コア)は指一本動かせませんので宜しくお願いします>

「――はい」


 子供の可能性を信じるのが大人の役目ならば、大人の期待に応えるのは子供の役目だ。応えてみせましょうその期待。


「行くぞ、切縁・ヴェール」

「いつでも」


 どうやって浮いているのかわからないが、オレは水面を蹴って切縁・ヴェールへと駆け出した。

 まずは刺突。紙剣の鋒を切縁・ヴェールの心臓へと向ける。


「疾いが、まだ追える」


 切縁・ヴェールの腕が動く。


「む」


 オレはガードする切縁・ヴェールの正面でブレーキをかけて横に回って更にもう一歩、背後へと回る。


「バカ真面目な正面突破ではないか」


 そう言う切縁・ヴェールの背後で、


「?」


オレは大きく上空に跳躍した。


「――!」


 目を(ミハ)ったのは切縁・ヴェール。

 なぜなら、跳んだオレの背後から西洋剣にも似たランスが出て来たから。涙月(ルツキ)だ。


<呼んだのが天嬢星冠卿だけとは言っていませんよ、切縁・ヴェール>


 ランスの鋭い先端が切縁・ヴェールの心臓を――捕えた。

 と、思った。


「――え?」


 戸惑いを浮かべる涙月。跳躍中だったオレは自由落下しながらランスとそれの触れた切縁・ヴェールの胸に注視する。

 当たっている……な。でも何だあれは?

 オレの目が捕えているのは、ランスと胸の間にある見た事のない光。蛍火のように心許ない光なのにしっかりとランスを止めているのだ。


「涙月!」

「あ」


 誰もが放心する中でひと時早く正気に戻ったオレはまず涙月を呼ぶ。それに反応して涙月が正気に戻ってすぐさまにバックステップで距離を取った。

 切縁・ヴェールの方は未だに心ここに在らずな表情。蒼い蛍火をじっと見つめている。信じられないものを見たかのような表情だ。

 あれは切縁・ヴェールの行った防御ではないのか。

 オレは涙月の横に着水する。


「涙月、あれどんな感触だった?」

「ん、と……柔らかかった」

「柔らかい?」

「衝撃吸収素材に当たったらあんな感じかなって」

<ただの防御の壁ではありませんね>


 きっぱりと断ずる最高管理。


<私の持つものと似ています>

「? 最高管理が持つもの?」

<私は集合的無意識の自我。私には――意識と言うものにはそれを護る為の力が存在します。自分に対して、または想い人に対して発生する現象です。

 切縁・ヴェールのあれはそれにとても良く似ています>


 心の力。確かに人は想いによって信じられない力を出す事があるけれど。


<お二方、見るのは初めてですね。もっと情報を開示するならばそれは星章(セイショウ)よりも更に清らか、純潔な力と言われています。

 切縁・ヴェールがそれを扱えるとは思いませんから、恐らくは――切縁・ヴェールの兄の愛>

「「――!」」


 そうか。切縁・ヴェールには兄がいた。もとい、いる。アマリリスの父に宿っている兄が。


「切縁・ヴェール! お兄さんはどうした⁉ アマリリスの父親――ポレンは⁉」

「…………」


 華麗にスルーされた。ショック。

 じっと蛍火を見つめ続ける切縁・ヴェールの表情は、まだ驚きの色。と、そうしていると蛍火が消えた。

 ゆっくりと蛍火が灯っていた部分に手を持っていく切縁・ヴェール。もう消えてしまったと言うのにそこにある何かを掴むように掌を閉じて、自らの頬に優しくあてた。

 目を閉じて、何と、笑っていないにも拘らずにどこか優しい表情になった。


「……喰った」

「え?」

「兄は喰った」


 ああ、さっきの問に対する答えか。

 そうか喰べたのか。そうかそうか。……………………………は?


「喰――」

「お兄ちゃんを⁉」

「言い方が悪かったな」


 閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。そこにはもう優しさはなく。


「私めのパペットと同化させた。また逃げられては困るからな」


 パペットと同化? 通常の同化とは当然違う意味合いを含んでいるのだろうが、それができたとして。


「お兄さんの意識は?」

「勿論残しているさ。ただパペットとマスターユーザーは繋がっている。わかるな?」


 当然だ。


「ゆえに兄はもう私めからは逃げられない」


 逃げられない、と言う事は逃げようとしていると?


「それってさ、軟禁って言わないの?」

「それの何が悪い? 涙月よ、本当に大切なものであればどこにも行かせず、誰にも触れさせずにしまっておくに限るだろう」


 物であればそうかもだが。


「私よー君をしまっておこうとは思わないけど」

「私めも貴様にわかってもらおうとは思わないが」


 まあ、愛し方は人それぞれではあるけれど。

 けど、お兄さんの方はどう思っているのだろう? 切縁・ヴェールの一方的な保護欲だったならそれは非難されるべきだろう。


「お兄さんは何て言ってるんだ?」

「何も。否定もなければ同意もない」

「同意がないなら――」

「否定がなければ肯定とみなす」


 そう言う見方もあるが、しかし。


「言えない状況ってのもあるだろう?」

「無理に従わせていると? では今の現象をどう説明する? 兄は私めを護った。それが事実だ」


 お兄さんは、きっと切縁・ヴェールを愛しながらも自分への執着を切ろうとしているのではないだろうか? 


「それだけで全てを肯定するな」


 だから一度姿を消して、今また去ろうとしている。そう考えると納得がいく。


「なぜ貴様がムキになる。これは私めと兄の問題だ」


 それを言われると……そうなんだけど……。


<切縁・ヴェール>

「星冠最高管理。やらんとは思うが兄の意識に接触しようとは思うな。やりよったら殺す」

<しませんよ。そこまで無遠慮にはなれません。

 私がお聞きしたいのはポレンについてです>


 ポレン――アマリリスの父。


<彼はどうされましたか?>

「奴もパペットに喰わせた」

「「――!」」

「勿論こちらは意識など残していないがな」


 殺したのか!


『切縁・ヴェ――――――――――――――――――――――――――――――――ル!』

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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