第321話「切縁はきっと星冠最高管理を消滅させる」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
苦無で防御壁を、殻を作って閉じこもり、追撃に備える。
「……来ないな」
わかっている。こちらが焦れて防御を解いた時に攻撃は来る。ユメはその時をじっと待っていれば良いのだ。
だけど、そうは問屋が卸さない。
手を伸ばし、指先が希望に触れる。
「――⁉」
苦無の外から感じられる驚愕の色。オレはジャンヌ・カーラを襲った炎に希望を与えたのだ。黒の数式と言う炎はユメに向かって収束し、彼の体を包み込んだ。ユメがオレにやったのと同じ状態に――閉じ込める為に。閉じ込めた、はずだ。
苦無の殻を少し解いて外の様子を確かめる。
「…………」
無言、しかし厳しく見つめ、夜空色の炎が消えているのを確認。苦無の殻を完全に解いた。
「……あれ?」
ユメが、彼を閉じ込めたはずの黒い炎がない。
まさか調整を誤ってユメを消してしまった? いやまさか……。
「ユメ! どこだ⁉」
「ここだよ」
「――!」
声は耳元から。ゾッとする程に近くで。
振り返る、が、いない。
「……そうか……プールに避難を」
「違うよ。潜ったのは君の意識の中だ」
「なっ――」
そうだ、切縁・ヴェールはそこにジャンヌ・カーラを造っていた。人の意識に潜る方法をユメに伝えていても何の疑問もない。
「ア―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
何かがオレの意識を強く撃った。いや何かなどと言う必要はあるまい。ユメの宇宙の棒が突かれたのだ。
「さあ、このまま宵には死んでもらおうか」
まずい。まずいまずい。自分の意識の中にいる相手をどう攻撃すれば良い? どう追い出せば良い?
「あぅ!」
再びの衝撃。ユメによる攻撃がまたあった。
何とかしなければ。考えろ、オレの頭は何の為についている。
『一人で考える必要はないのです』
キリエ?
『私を使っても良いしネットにアクセスしても良いし、切縁・ヴェールのように集合的無意識に助けを求めても良い』
集合的無意識に?
『そこから繋がる誰かに』
誰か……。幽化さん――は助けてくれるか怪しいし……。涙月――はピュアと戦っているし……。今比較的自由で尚且つユメ程の実力者を追い出せる人は?
「――⁉」
「え?」
オレの中にいるユメが何かに動揺を示した。感情がダイレクトにオレに響いてオレ自身が動揺しているのかと思えた。
「誰だ?」
ユメによる攻撃が止んで、誰かを呼ぶ彼の声。
<こんにちは天嬢星冠卿>
「――! 最高管理⁉」
その電子を通した声は間違いなくいつも聞くもので。
<及ばずながら手助けを>
星冠最高管理――誰も正体を知らない星冠の責任者。もしかしたら人でないかもと言われている謎の人物だ。こうしてオレの意識と繋がっていると言う事は人間で間違いはなさそうだが。
<ユメ、まず貴方には天嬢星冠卿の中から退場願います>
「――っつ!」
「うわ!」
何をどうやったのか、ユメがオレの中から出て来た。こう、幽体離脱でもするかのように。
<天嬢星冠卿>
「――ア!」
オレから剥がされて背を向けているユメに向けてオレは紙剣を振り降ろす。だが。
「くっ!」
ユメ自身が振り向くよりも早く夜空色の炎が二人の間を隔てた。その間にユメは振り向き勢いを利用して棒を――宇宙の棒を突き放つ。しかしそれは紙剣の刃の腹で受け止める。
二つの武器の間で互いの威力が衝突して電気が迸った。
数歩後ろに下がる事を余儀なくされたオレとユメは一旦呼吸を整える為に次撃は放たずに。
「……ありがとうございます、最高管理」
<いいえ>
「成程……これは誤算だな」
なのにどこか得心のいった表情をするユメ。
「誤算? 最高管理の存在が?」
「そうとも言えるね。
切縁!」
突然声を上げるユメ。その音量は今までの彼の言葉の中で最大。
「計画の変更を提案する! 集合的無意識には既に自我がある!」
遠くで低度AIの魂をエネルギーに高度AIの魂を得ようとしていた切縁・ヴェールがこちらに僅かながら顔を向ける。どうやらユメの伝えたい事は一言で伝わり切ったらしく切縁・ヴェールはすぐさまに姿を消した。誰かの意識に潜ったのだ。
「集合的無意識の自我? 最高管理が?」
<ええ。そうですね>
「ちょっと待って。それでは切縁・ヴェールが潜んでいたのに――」
<いいえ、気づいてはいませんでした。彼女は私が管理する表層ではなく最も深い場所にジャンヌ・カーラを構えていたので>
「表層……」
<切縁・ヴェールの計画は今の私では不可能です>
こちら側で共有される情報にある通りなら集合的無意識に自我を与えて過去と未来を望んでもらう。時間を創る材料として。
「ではやはり?」
<切縁・ヴェールは高度AIの魂を得るでしょう。そして――この私を基盤にして集合的無意識の全てを手に入れる>
「いいや。切縁はそんなに甘くないよ」
「ユメ?」
が、会話に入ってきた。
「切縁はきっと星冠最高管理を消滅させる」
「――!」
「その上で自分の言う事を聞く自我を生むだろうね」
「最高管理!」
<天嬢星冠卿。どうやらそのようです>
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