第32話『はぁ!』
いらっしゃいませ。
光の珠に包まれて、聞こえた言葉。
何か……何と言うか、ひどい言葉なのにひどく悲しそうだった。どうして?
「今の言葉は何度も聞かされています。
困った事にこちらは意味不明。
わたくしたちを噛み砕きたいのか、またはいつも舐めていると言う飴の事なのか」
「飴であるならいつでも砕ける気がするが」
「ですね。
だから意味不明、です」
「この光の珠は何ですか?
攻撃の光ではないようですが、防御にも見えない」
「これは私たちのアイテムをコピーしようって光だよ。真帆先輩のジョーカー。
長くいるとパクられる」
へぇ……ダメじゃん。
「けれど遠距離からの攻撃では彼女に効かないのですよね。
距離があればあるほど衰えるから」
「つまりコピーされる前に倒すしかないわけだな」
「その通り。
コピーは凡そ五分で終わります」
五分以内か。
ならばここで止まって話している場合ではない。
「これからの会話は戦いながら。
ラピス」
顕現される蕨先輩のパペット。これは朱雀か。大きな鳥のパペットだ。大きく金の翼を広げる姿は一メートルはありそう。
「ラピス、羽を一人に一つずつ」
『はい』
応えるラピス。オレたちに落ちてくる羽一つ。
「これは?」
「ラピスのジョーカー。胸に当ててください、ブローチのように止まります」
言われた通りに胸にピタッと当ててみる。すると本当に落ちずに止まって。
「体力をパペット及びアイテムの威力に変換してくれます。
さあ、参りましょう」
魔道具――スケート靴で宙を滑り先行する蕨先輩。
オレたちは彼女の後を追う形で駆けだして、攻撃を正面に捕えた。
衝撃波だ。
衝撃波が壁となって襲い来た。
「お任せ!」
クラウンの剣が振られる。
巨大な剣閃が放たれて衝撃波とぶつかり周囲一帯に暴風となって吹き荒れる。
その風にうまく乗って滑り続ける蕨先輩が一番に真帆先輩に辿り着いた。
「捕まえた」
真帆先輩の肩に触れられる蕨先輩の両手。
すると羽織から拘束道具と思われる輪っかが四つ出てきて真帆先輩の両手両足を空中に固定する。
青くなっている真帆先輩の髪が彼女の顔にかかり、妖艶さすら漂わせる。
光の灯っている目が動き、蕨先輩に向くと――
「真歌」
嬉しそうにこう言うのだ。
「残念ながらわたくしは貴女の恋人ではありませんよ」
「……違う?」
「違います」
真帆先輩の表情が変わる。喜色から怒気を孕む表情へと。
「なら消えて」
静かに吐き出される怒りの言葉。
同時に大地から現れた土の杭が拘束の輪を砕き、
「消えて」
蕨先輩とラピスに向かう。
「蕨!」
けれど樹理先輩が割って入り攻撃を受けてしまう。
「樹理!」
「構うな! 遠慮もするなよ!」
「「はい!」」
樹理先輩の体を受け止める蕨先輩。
二人を超えてオレと涙月が互いのアイテムで攻撃を真帆先輩へ。
だが。
真帆先輩は両手でそれを受け止める。
本気で振るったのに!
「真歌」
「ごめんなさい!」
「違うの!」
火炎の剣とランスが握り潰される。
何て硬度と握力。高度AIって敵に回すと厄介だな。
「消えて」
真帆先輩の背後に鏡が出現し、中から魔女の手がオレたちの首に向かって伸びてくる。
伸びてきて、掴まれた。
「貴方も」
次いで現れたゴーレムがクラウンジュエルの体を押し倒す。
「探さなきゃ……折り鶴」
静かに動き出す真帆先輩。
いっそ怒りあらわに取り乱し暴れてくれればつけ入る隙もできそうなものだがそうはいかないか。
「アエル!」
の尻尾だけを顕現し、オレたちの首を掴む手を撃退する。
「真帆先輩!
えっと、真歌――さん? はもういないんだ!
亡くなったんです!」
真帆先輩の脚が止まる。そうしてゆっくりとオレに向き直り、涙を流すのだ。
「知ってる……でも、真歌はいる」
「いるって、どこに」
「ここに」
ソッと、愛おしいものに触れるように手を胸に持っていく。両手をだ。その時の表情はまるで恋人の体温を感じ取っている時のものに似ていて。いや似ているって言うか……まさにそれ。
胸に――いる?
「ここに、真歌の心臓があるの」
「「「――!」」」
いやいやいや。
生の心臓がAIロボットにあろうはずがない。どう考えても腐ってしまう。
「真歌は元々、人工心臓だったから。
わたしはそれを受け継いだの」
受け継いだ。人工心臓を。
そうか、パペットを継承できたのはその人工心臓のおかげ。サイバーコンタクトが人工心臓の放つ鼓動を真歌さんのものと判断したからか。
「この心臓で、この土地に入った時真歌の声を聞いた。
真歌はここにいる。
この土地のどこかに、彼女の飛ばした想いがあるの」
「ちょいと待った真帆先輩!
それじゃパペットは? パペットはどこにいるの?」
「パペットは……『えにし』はここに」
ここに、と開かれたのは、口。
口って……。口? まさか。
「この中に、えにしはいる」
彼女が見せてきたのは彼女がいつも舐めていると言う飴。まあるい飴。
飴だと思われていたカプセル。
「真歌が、えにしをこれに閉じ込めた。
真歌はね、心臓がパペット継承に至らなかった時、私が独りにならないようにパペットを一時的に維持できるこれにえにしを閉じ込めたの。
だからわたしはえにしに約束した。
いつか独りじゃなくなったら、カプセルを噛み砕いて自由にしてあげるって」
「待ってください。
貴女は人工心臓でパペットを継承できたのでしょう?
貴女は独りにはならなかった。
ならどうして噛み砕いてあげないのです?」
「えにしはまだ自由にさせない。えにしを自由にするのはわたしが独りじゃなくなった時」
話が見えない。
この言い方ではえにしと居ても自分は独りだと言っているように思う。
「ええそう。わたしは独り。
わたしとえにしの間に、友情はないから」
「……なぜだい?」
「えにしは……真歌を殺したから」
――!
パペットが……マスターユーザーを殺した?
「入れ替わっていたの。
本来パペットは人に使役される存在。
なのに、逆転していた。
パペットが上位になって、人が下位になって、えにしが真歌を使役していた」
『元々』
言葉を継いだのは――えにし。カプセルの中にいる小さな熱帯魚。
『高度AIである僕らが人に使役されるのがおかしかった。
パペットはいつか必ず全て人の上位に行く。
第一歩が僕だっただけだよ』
「……それと、君が真歌さんを殺すのとどう繋がるのさ」
と、オレ。
話はきちんと頭に入って来ていた。
パペットが人の上位になる、と言うのは実感がわかないが。
そもそも人とパペットは同じ場所にいると思っているからだ。
『真歌はね、人の尊厳を守る為にこの将来の事実を葬ろうとしたんだよ。
僕と一緒に死ぬ事で』
――心中。
『真歌が死んでも、僕が死んでも止まらないのに……』
悲し気に。
何と言う淋しい事実。
誰も、誰も悪くないじゃないか。
「わたしは真歌の想いを探すの。
えにしはまだ自由にしない」
悪くないのに、一つの恨みと愛だけが存在している。
これを止められるとしたら真歌さんだけかも知れない。けれど真歌さんはもういない。
本当に、想いがここにあれば――
と、その時だ。
高天原の土地に淡い光が灯ったのは。
「なに?」
これはオレのセリフ。
オレの傍に浮き続ける人魂の炎が強く猛り出したから。
「コピーできた」
「!」
「でもこれは……」
オレのとコピーされた人魂の炎が大きくなる。
大きくなって樹木へと再び変化する。神木になる為に変化する。
神霊を降ろす神木へと。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――パシン
小さな音だった。
小さく軽い音を出して、二つの神木が、割れた。
『はぁ!』
そして割れたオレの神木からは一人の少女が現れて、コピーされた神木からは折り鶴が現れて。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。