第318話「オレはユメと友達になりたいんだよ!」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
☆――☆
「リアルは、クライマックスだね」
宵――オレを閉じ込めている黒い球体の外で、ユメはホロスクリーンを観ながらそう言った。表情に昔見た微笑みはなく。
「宵にも観えるようにしているから観て良いよ」
ホロスクリーンをオレに向けて黒い球体に背を預けるユメ。「はぁ」と言うため息が聞こえた。
「ユメ、君、今の状況に満足してないね?」
「ほら、リアルを観なくて良いの?」
「あ、無視した」
きっと都合が悪かったのだろうけれど、機嫌を損ねそうだからツッコまなかった。……いや、気にしないでツッコんだ方が良いのだろうか?
そんな事を考えながらホロスクリーンを観る。
「――涙月」
が、ピュアと戦っている様子が映されていた。
ホロスクリーンは三つの画面を映していて、一つは涙月、一つは上空からジャンヌ・カーラ全体、一つは地上から戦闘の状況を。
戦況は……押されているように思えた。
それに肝心の切縁・ヴェールを映さないのはなぜだ? 不都合でもあるのだろうか?
「ユメ! 良く考えて!
切縁・ヴェールをほっとけないのはわかる!
けどこの状況が君の望むものか⁉」
「そうだね。手を組めないならこれも止むなしだよ」
何とかユメの心を動かせないものか。
「切縁・ヴェールは手を組もうとしたか⁉ していないだろう!」
「それは君たちが賛同しないと確信しているからだ。そして実際そうなった」
「なら双方が納得の行く案を出すべきだった! それを目指して話すべきだった!」
黒い球体を中から斬りつける。けど、斬れない。ただのエネルギー球ではない。ユメの不傷不死が働いているのだ。
「宵、何を言ってももう間に合わない。
『if』を語っても詮ない事だよ」
「そ――れは……」
そうかもだけど!
「時間がないんだよ、宵。切縁の見立てだと世界の消滅はもうすぐ始まる。グランドクロスももうすぐだ。
消滅が先か、切縁によって救われるのが先か。
どっちが良い? 選べたら出してあげるよ」
「選べ――ない!
咆哮八叫!」
翳した掌から出るかつてのパペット・アエルの炎の咆哮。
「うわ!」
絶対的な程の攻撃力を誇る咆哮八叫だったが球体内部で反射しまくって暴れまくって危うくオレ自身を焼き尽くすところだった。慌てて消したから良かったが……危な……。
「大人しくしなよ。それを破られるとは思えないから」
「む」
そんなはずはない。認めてはいけない。これは破れる、破れるんだ。
「星章!」
紙剣に星章を乗せる。更に命の灯――桜蛇も。
「オオオ―――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
オレが出せる最強の一閃。全力を込めて――撃ち下ろした。
黒い球体が振動する。これがどうやってこの場所に固定されているのかはわからないが黒い球体は震え、それでも転がらず留まっている。
一閃をまともに受けたそれは――傷の欠片もなく。
「…………っ」
オレは歯噛みした。
オレの持てる最高の一撃でも斬れない。出られない。
「満足したかい?」
「するか!」
再び同じ威力の一閃。二閃、三閃。何度でも撃つ。撃ってやる。これが破れるまで撃ってやる!
「あ」
「え?」
ユメの声に顔を上げてみると、ホロスクリーンの画面を銀色をした何かが埋め尽くしていた。
「なに?」
「【アルターリ】だよ。それの巨兵」
「【アルターリ】……? あんな巨大な……」
空に浮く雲にまで届く程の人型巨体。そいつは戦場を悠然と歩いていて、何人もの人を踏み潰して行く。
「あいつ!」
「……どうして人間は逃げないんだい?」
不思議だと、そうユメは言っている。
「逃げる?」
「あの【アルターリ】には人間一万人の魂が組み込まれていてね、ボディは切縁の特製品。とてもじゃないけれどそうそう簡単には倒せない。それはここにいる僕たちより戦場で直接戦っている彼らの方がわかっているはずさ。
なのになぜ?」
「……それは、自分の信念を曲げていないからだ」
「信念? 消滅の後に地球を再生する事かい? わからないな、それよりも切縁の方が確実だろうに」
切縁・ヴェールの方、それはつまり殺戮の道。
「人を――」
「殺すな? 殺させない為にこうして戦死して行くの? わからないな」
「わからなくても!」
紙剣を黒い球体に突き立てる。
「オレたちは殺害を否定して戦って行く!」
そのまま紙剣を捩じり何とか喰い込ませようとする。けど、できない。
「一人を守って死んで行くなんて――」
「言うな!」
「――バカだ」
「ユメ!」
人の為に尽くして死んで行く人を! そんな言い方するのは絶対にダメだ!
そう吠えるオレの耳に届く悲鳴。戦場で亡くなって逝く人たちの断末魔。
行かなければ……あの場所へ行かなければ。
「アアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――!」
「ムダだよ。君では斬れない」
オレを見ようともしないユメ。
「オレを見ろ! ユメ!」
「? どうして?」
ユメはこちらを向かない。必要がないからではない。あえて向かないようにしている。
「君は人の心を知るべきだ! 仮想災厄でもだ!」
「だからどうして?」
「この世界で生きて行くんだろう! 人を知らなければ絶対に生きて行けない!」
人と関わらない生き方なんてきっと無理だから。
「そんな事――」
「ある!」
「あるとして、僕が生きて行けなくて君に何の不都合が?」
「――!」
怒髪天。今の一言にものすっごくムカついた。
「オレはユメとも生きて行きたいんだよ!」
「…………っ」
ユメの肩が僅かに揺れた。本当に僅かにだけど。
「オレたちは産まれ方が違っただけで生きる土俵は同じだ! それなら手を取り合って生きるべきだろう!」
「……君は――」
「魂を鼓動に乗せて、想いを心に乗せて、誰よりも強く一歩を踏み出せ!
ユメの夢を全てに乗せて!」
揺らせ。ユメの心を。
「オレはユメと友達になりたいんだよ!」
「それは――」
「無理とは言わせ――⁉」
「――ん」
ホロスクリーンの映像が切り替わった。ユメがやったんじゃない。指でも脳でも指示を出した気配はなかったし、彼も少なからず驚いていたから。
そしてそれ以上にオレは目を瞠った。ひょっとしたら呼吸も止まったかも知れない。
なぜなら。
「幽化――さん……」
彼が、黄金の星章を纏う彼が、最強であるはずの彼が、胸から血を流して倒れるところだったから。
嘘だ……。
ユメはこれをオレに観せないようにしていたのだろうか。
倒れゆく幽化さんの正面で声もなく嗤うのは――切縁・ヴェール。
敗けた……幽化さんが……?
違う、勝敗はこの際どうでも良い。
幽化さんをあの場から助けなきゃ――でなければ、でなければ――死――
瞬間フラッシュバックする涙月の死。
護れなかった生。
今度は幽化さんを……。
「ア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「――⁉」
真っ黒な炎が――爆ぜた。
お読みいただきありがとうございます。
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