第317話「行け」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
☆――☆
「幽化さん!」
「…………っち」
私、涙月に大声で名前を呼ばれて幽化さんは舌を打った。いやひょっとしたら現状について打ったのかな。
私たちが【門―ゲート―】を潜って出て来たのは切縁・ヴェールの眼前で。そしてほぼ時間差なく別の【門―ゲート―】から幽化さんが出て来たのだ。更にインフィとサングイスまで現れた。どうやら切縁・ヴェールによって【門―ゲート―】の出口を変えられてしまったらしい。
その件の女は――
「これで良い。宵は閉じ込められたまま、必要な人材は揃った」
とジャンヌ・カーラと同じ黒い椅子に腰かけて緩やかに言うのだった。
私は視界を回す。
ふむ、どうやらジャンヌ・カーラの中心 ―― 一番高い塔のてっぺんにいると確認。風は全くの無風で、ジャンヌ・カーラでは争っている気配なし。けれど遠くに見える光の壁の向こうには黒煙と火炎、爆発が引っ切りなしに起こっている。
つまり……誰もジャンヌ・カーラに侵入できていないのか。これってやばい?
「しかし意外だ。涙月」
「うん? 私?」
興味本位の目を向けられている。ペットになった気分。
「私めが【門―ゲート―】を曲げる前、宵の所に開いていなかったな? 救援に行くかと思ったが?」
「何で?」
よー君は強い。力も心も。彼に助けが要るとは思えない。
「成程。良き信頼だ。
だが現実宵はユメによって封じられた。ここへの救援はない」
「来るよ、絶対に」
よー君だもん。
「見てもいないのに?」
「いないのに」
「ふむ。
では――」
洋式の椅子から腰を浮かす、切縁・ヴェール。
「貴様の信頼通り宵が現れるとしよう。それならばその前にこちらの目的を果たすとするか」
「「「――⁉」」」
突然切縁・ヴェールが仰け反った。音が――銃声が響き、私たちは音の元に弾かれたように振り向いた。
「幽化さん」
が、いきなり発砲したのだ。しかも切縁・ヴェールの眉間に向けて。
「…………」
幽化さんは銃を降ろさずに狙いをつけ続けている。銃弾は確かにヒットした。だからこそ切縁・ヴェールは仰け反った。なのに。
「うむ、私めの紫炎のガードを通してこの威力か。人間の出すものとしては極上だ」
仰け反った頭をゆっくりと元の位置に戻しながら。
うへ……効いてないのかぁ。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
「うわぁ!」
幽化さんの連続射撃。その音にびっくりしたインフィが思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。ちょっと男の子。
放たれた銃弾は全て一ミリの狂いもなく切縁・ヴェールの眉間にヒットする。ん? いや違う。ヒットはしているけれど紫炎の数式が先程以上に眉間を守っている。
幽化さんはそれでも連射を止めない。右手の銃を発砲し続けて、もう一丁の銃を握る左腕が持ち上がる。
こちらは一発のみの発砲。それでも切縁・ヴェールが右手でそれを弾き落とした。紫炎の数式任せではなく。
「……吸収の銃弾か」
銃弾を弾き落とした右手から、血が一滴垂れていた。
傷つけた? 切縁・ヴェールを。
「左の銃はジョーカーを撃ち出すらしいな。であるならば――」
切縁・ヴェールの右腕が伸ばされる。
「まずそれから始末しよう」
「――!」
幽化さんの左の銃が突然氷に包まれた。
「だが、ムダだ」
氷が解けて銃に吸収される。
幽化さんのジョーカーって氷も吸収できるんだ……。
二丁の銃を並べて構える幽化さん。それを私が見た瞬間にはもう同時に銃弾が放たれていた。
今度はそれを分厚い鉄板で防ぐ切縁・ヴェール。が、二つの銃弾は両方ともそれを貫通。切縁・ヴェールの傾けられた顔のすぐ傍を通過する。
「そうか、【魂―むすび―】も持っているのだったな」
「ああ」
切縁・ヴェールの背後に、何かが現れた。パペットではない。ないがそれは神話に出て来る聖獣・神獣たちなのは明らかで。
そうだ、【魂―むすび―】はネットに存在するあらゆるものをこちら側に出現させる事ができるんだった。
「幽化、貴様はこの者どもの相手をしていろ」
「オレに命令できるものはいない。例え神でもな」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
一発ずつ、たった一発ずつ神話の獣たちに当てられる吸収の銃弾。
「そして、余計な物を出せばこちらの力になるだけだ。レヴナント」
幽化さんのパペット、狼の魔獣レヴナント顕現。
おおう?
以前よりも大きく、かつ神々しくなっている威容に私はちょっぴり後ずさった。
幽化さんのジョーカーは『コラプサー』――吸収強化。進化と言っても良い。その度にレヴナントは姿を変える。
だから。
「喰え、レヴナント」
大きく開かれる狼のアギト。幽化さんの銃弾を受けた獣たちが姿ごと力を奪われ、捕食される。当然レヴナントは強化された。
「そして、切縁・ヴェール。お前も先程一撃を受けて血を流したな」
「――!」
切縁・ヴェールの表情が一瞬だけ固まった。血を流す手から一つ、僅か一つだが紫炎の数式がレヴナントに喰われた。レヴナントの額に三つ目の目が開いて、その色は鮮やかな紫だった。
「高良 涙月、インフィデレス」
「うへい?」
「ふぁい」
しまった、いきなり呼ばれてキョドってしまった。
「お前たちはここから離れて他の連中に合流しろ」
「え? でも……」
「切縁・ヴェールの計画に組み込まれているならそうしろ」
そう言いながら幽化さんは左の銃を彼方の光の壁に向け――撃った。
「ほぅ」
感嘆の声を漏らす切縁・ヴェール。彼女と私たちの見ている目の前で光の壁が崩れたからだ。更にレヴナントが強化される。
「行け」
「はっ、はい! インフィ! 行くよ!」
「へ~い」
返事軽いな。
「ピュア、行かせるな」
「了解」
脱兎の如く駆け出す私とインフィ。それを追うピュア。同時にジャンヌ・カーラに雪崩れ込む友軍と敵軍。その背には超長距離砲から放たれたであろうミサイルも迫っている。
乱戦、開始。
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