第313話「サングイス、君じゃ自分には勝てないよ」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
あらゆるものを裏切れる自分の仮想災厄としての能力。
サングイスの手が自分の首に触れる。どうやって奪うのかはわからないけれど、チャンス。
「君の力を裏切るよ」
「――!」
サングイスの顔が勢い良く上を向く。なぜか? 自分が突然大きく跳躍したからだ。サングイスのジョーカーを裏切った。そのまま宙を駆ける自分を床を駆けて追って来るサングイス。
ふむ、速さは同じか。
「なら――おいで、『織姫・彦星』」
自分のパペット顕現。人型和服の女形と男形。自分に追随して飛ぶ二人と手を繋いで二人からエネルギーを受け取る。その二種類のエネルギーの宿った手を合掌の形に合わせる。すると手の間に一枚の短冊が現れた。願い事を祈ると短冊に文字が浮かんで来て、短冊から手を離す。短冊は空へと飛んで行き――流れ星が一つ流れた。
「まず天蓋を壊すよ」
サングイスのジョーカーである嫉妬の凶天にヒビが走った。
短冊・流れ星への願い。前に少しだけ神巫に力を譲渡したもので、これが自分たちのジョーカー。まずは単純にあの邪魔な天蓋を壊させてもうおうっと。
嫉妬の凶天に入ったヒビはヒビ同士合流し、更に触手を伸ばし、隙間隙間から日の光が差し込んで来てある種幻想的な光景を作り出す。
「お~」
何て見惚れていると。
「うわ!」
下から斬撃が飛んで来た。サングイスの大鎌による攻撃だ。彼女はまだ床を走っていて飛翔する気配がない。
? 飛んで追って来れば良いのに飛ばない? それはつまり、飛ばない方が己にとって好都合だからに他ならず。
紫炎の大鎌をくるんくるんと回転させて振り回すサングイス。すると刃から紫の斬撃が幾つも飛んで来た。
「不意打ちじゃなければ――」
そんな遠方――多分二キロメートルくらい下――からの攻撃なんて当たらないよーだ。
斬撃を宙を蹴ってかわす自分。一つ、二つ、三つ――十、二十、多いよ。当たらないのが向こうもわかっているだろうに斬撃はどんどん飛んで来る。わかっているのにやっているとすれば……罠か。
「当たりよ、上を御覧なさいな」
遠く離れているサングイスの言葉を【覇―はたがしら―】が拾い上げる。大した集音機能である。
「げ」
ばらばらと落ちて来る天蓋の残骸から目を守りつつ上を向くとなんと斬撃が留まっているではないか。総数百越えか。
「いつまで避けられるかしら」
ぱちん、指を鳴らすサングイス。漂う斬撃が一斉に自分に向かってやって来る。
下に避ける――ダメ、斬撃の軌道上だ。
右に避ける――ダメ、そっちにも斬撃は降っている。
左に避ける――同上。
前に避ける――同上。
後ろに避ける――同上。
あ、アカンこれ。
『願い』は間に合いそうにない。だから自分はまずパペットを護る為顕現を解いて、次いで自分の存在を裏切って限りなく薄くした。
「へえ?」
下から聞こえる感心したような声。ふふん。斬撃は薄くなった自分を通り過ぎ、ダメージを負う事はなかった。しかしサングイスの対応は思ったよりも早くて、再び斬撃を操り全てを自分の体に透ける形で留まらせた。うそん。当然の話このまま元に戻ったらバラバラ死体のでき上がりである。織姫・彦星を再度顕現してジョーカー発動。願いによって斬撃を消滅させる。
その頃には天蓋も半壊状態でこちらの優位を感じた。だから体の存在を元に戻し、瞬間全身をスッパスッパと斬られてしまった。
「え……」
斬撃は消したはずなのに……。あ、そうか。『見えている斬撃』に交じって『見えない斬撃』があったのだ。ジャンヌ・カーラの看守が持つ大鎌は紫炎の数式。それくらいできても不思議じゃない。
「けどヒキョー……」
「自分の迂闊さを妾のせいにしないの」
幸い千切れた部分はないけれどどの傷も深い。自分は飛翔を維持できなくなって自由落下。どかっ、と床に叩きつけられた。
「さあ、終わりかしら?」
走っていた足を緩めて歩み寄るサングイス。自分の首に大鎌がかけられる。
「パペットに支えて貰えば良かったのに」
「う~ん……それしてもまた斬られるかなって……」
「正解」
「だから、傷を裏切るよ」
「――⁉」
サングイスの全身から血が溢れ出た。一方で自分の体からは傷が消えている。
「よいしょ」
ちょっとおっさん臭いセリフを出しながら自分は体を起こす。
「自分の傷を裏切って、尚且つサングイスの無傷を裏切ったんだよね。その気になれば首を落としたりもできるんだけどそれは可哀想かなって」
全身に傷を負いながらも、それでも倒れないサングイスに向かい出す言葉。
「ねぇ、負けを認めてよ。そしたら怪我治してあげるから」
「……あら、お優しい」
首から大鎌が外れる。
「うん、その辺は仮想災厄一かなって」
「けど、ダメよ」
瞬間自分は瞬きをした。その間に――サングイスの傷が消えていた。
え?
流れた血は服について赤く染めている。決して幻想の傷を見たわけではないのだ。ならばなぜ消えた?
「これが妾のアイテム」
そう言うサングイスの胸元から何かが頭を見せた。植物――の茎。動く茎。
何かわからなかったけれどまず距離を取った。
茎は床からも伸びて来て、サングイスの立つ一帯がちょっとした植物園状態になっていく。
「妾のアイテムは発動条件があってね、嫉妬の凶天の雨を水分に生えて来るの。けれど一度発現すると便利なのよ。薬草で傷も治せるし、こうして――」
「――!」
自分の体に纏わりつく薔薇の茎。棘が体に喰い込んでいく。痛い。
「インフィを捕える事もできる」
「傷は裏切れるって」
「けれど拘束は解けない。貴方のパペットのジョーカーにしても決して無敵じゃない」
当たり。そもそも無敵な能力などないだろう。
「そいじゃ自分もアイテムを使おうかな。『天女の羽衣』」
顕現される、無縫の羽衣。薄っすらと透ける白い羽衣を身に纏い、自分は薔薇の茎から脱出した。
薔薇の茎を切ったわけでも千切ったわけでもない。薔薇の方から退いて貰った。
「この羽衣はね、魅了の力があるの」
わざわざ説明する義理もないのだが、言った方が理解してくれるかもと期待を寄せた。『魅了』と言うものがどれだけ強力な武器か女性ならばわかるだろうから。
「成程、妾の薔薇を」
魅了させて言う事を聞かせた。
「薔薇だけじゃないよ? サングイス本人にだって効くんだから」
「では既に受けた毒はどうするの?」
「侵入口から吐き出させるだけだよ」
やはり毒草を仕掛けていたか。
自分は体に入っている異物を検知して――魅了。言葉通り外に出す。
「サングイス、君じゃ自分には勝てないよ」
「それ、どんでん返しを受ける側の台詞よ?」
「フィクションならね」
きっとこうして話している間に打開案を探っているのだろうけど、羽衣の魅了は既に始まっている。人を操るのは時間がかかる。だからもっと悩んでいてくれれば良い。
「はぁ」
やがてサングイスはため息に似た声を漏らし、
「嫌だったのだけど」
そう言った。
「『ウォーリアネーム――【緑、青々と花咲いて】』」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




