第31話「なにせ向こうは――」
いらっしゃいませ。
鎖――金の鎖が突如二人の背後から現れた。
それも一つではなく無数に。凄まじき速度で。
この攻撃を予想していたのだろう涙月と蕨先輩は避ける事に成功した。
だがオレと樹理先輩はあまりにも唐突だったから動きは一歩遅れてしまい、完全には避けきれずにオレは頬を、樹理先輩は左腕を軽く傷つけられる。
その途端。別の意識が飛び込んできた。
逢いたい
でも逢えない
だからせめて折り鶴にメッセージを――
「「はっ!」」
意識を取り戻し、オレと樹理先輩は同時に強く呼吸する。
顔を見合わせ互いの表情から同じものを見せられたのだと理解した。
と言うか何だ今のは? 誰の想い?
「よー君! 前見て前!」
「え? うわ!」
前を見ろ言われて見てみると鎖があった。
慌ててそれを避けて、自分の間抜けっぷりを猛反省。
そうだった、呆けている場合じゃない攻撃を受けているんだった。
樹理先輩も慌てて避けたのを見るにオレと同じく一瞬呆けたのだろう。
そんなオレたちのところへと涙月と蕨先輩がやって来て――通り過ぎていった。
は?
てっきり強敵だから合流するつもりなのだと思っていたのだが……まさか。
「おい蕨!
まさか俺たちに敵を押しつける気か!」
「そんな意地の悪い事はしません!」
違った。一安心。
している場合ではなく、オレたち二人もアエルと一水をいったん消して最後の体力を振り絞り女子二人の後を追って駆けだして。
「ただ退避した先に貴方たち二人がいただけの事!
絶対にラッキーとか思っていませんからね!」
「それ思った奴の言い方!」
真相はともかく、女子二人は走る速度を緩めオレたちと合流してくれる。そうして涙月はオレの手を、蕨先輩は樹理先輩の手を取って再び全速力で駆けだすのだ。
あ~削られた体力気力に疲労が重なる……。
けど鎖だけなら何とか避けられない事もない――などと思うのは迂闊だった。
一条の光が上空へと飛んだからだ。
目を凝らすとどうやらそれは光の矢のようで、空中で分裂、無数の鉄の矢となって襲い来た。
「クラウン!」
が、巨大な盾で矢を防ぎ、
「しっ!」
蕨先輩が羽織から弓矢を取り出し空中へ射る。射られた矢は空中で分裂、無数の鉄の矢となって鎖の根元へと飛来する。
? 同じ攻撃?
「やはり同じものか」
と言うのは樹理先輩。
「蕨、今の矢もそうだが鎖も君の『魔道具』だな?」
「そうです。
敵はこちらのアイテムをコピーしますよ。それがあちらのジョーカー」
アイテムをコピー。
それも一つではないようでいくつものアイテムを、のようだ。
「幸いなのはパペットをコピーするのはできないってとこっすね」
「こちらのジョーカーもコピー不可です」
それは朗報。
流石にそこまでコピーされたらたまったもんじゃない。
「で、でもオレ、とりあえず体力を回復させたいんだけど」
「俺もだな。
先程まで行っていたバトルで限界ギリギリだ」
「了解しました。
わたくしたちとしても回復したいのが事実。
一時になるでしょうが敵の認識を阻害します。
涙月さん」
「はいっす! クラウン!」
『うむ! ぬぅん!』
クラウン、巨剣を大地に叩きつける。
当然のように大地が割れて土埃が舞い、そこに蕨先輩が羽織から取り出した黒い筒を敵とやらに向かって投げ飛ばした。
黒い筒は一度地面を跳ねて――閃光。
「……っつ!」
閃光弾かと思ったがそうではなく、やられたのは目や耳を含む五感、それにデジタルガジェットの機能もノイズに包まれた。
まさに認識を阻害されてしまったのだ。
これではオレたちもどうしようもないのでは?
「はい、元通り」
「え?」
蕨先輩の声が聞こえた。姿も見えた。
「薬を撒きました。
わたくしたち四人なら元通りです。
今の内に隠れられる場所を見つけましょう」
「はあ」
ひと際大きな水晶柱の陰に身を潜め、誰も彼もが息をつく。
敵とやらの攻撃は止まっている。どうやら阻害された認識はまだ戻っておらず、その上オレたちを見失っているようだ。
「で、蕨? 敵とは誰だ? 君が手間取るとは相当強いのだろう?」
「ええ。
なにせ向こうはAIロボットなのですから」
「AI――」
「――ロボット」
樹理先輩に続き、オレ。
AIロボット――
AIを持つのはパペットだけではなく、家事手伝い人形からペット・労働力・はては恋人にまで広く渡っていて、それら体を持つAIを総称でAIロボットと呼ぶ。
低度AIはともかく、中度から高度AIは人よりも高性能であるのが当たり前だったりする。
「人型か?」
「そうですよ、元は恋人用」
となると高度AIだ。
「よー君、覚えている? 私たちの学校にいつも飴を舐めている先輩がいるの」
「ああ、うん」
最近もその話したし。
「その人だよ。名前は紀公 真帆さん」
……ちょっと待った。
「AIロボットが人のふりをするのは禁止されているよね?」
例えば髪の色。AIロボットは万が一の為に髪の毛で太陽光発電ができる濃い青色であるのが基本だ。
例えば目の色。メインカメラである目には常に起動状態を示す光が宿っているのが基本だ。
「でもふりしてたんだよねぇ、あの人」
「目的は?」
「恋人であった女性の想いを受け取る事――と推測します」
応えてくれたのは蕨先輩。
推測?
「お二人も受け取ったのでは? 誰かの想いを」
あ、さっきのあれか。
「誰の想いだ?
AIロボットにしては何やら様子が……」
「わたくしたちは他にも記憶を見せられました。
どうやら彼女が有する何かに触れると制御できない想いや記憶が流入するようです。
見せられた全てを踏まえた上で言いますと、記憶の主は敵となってしまった彼女の恋人。
天国にいるはずの恋人の記憶です」
「天国……」
「もう亡くなっているんだよ」
待った待った。
では何か? 天国にいる人が地上に向けてメッセージを添えた折り鶴を飛ばしたと?
「起こりえないって証明できる?」
「それは……できないけど」
「そもそも彼女が亡くなられた恋人のパペットを受け継いでいる時点で奇跡なのです」
パペットの継承――が行われたと言う話は聞かない。
だってサイバーコンタクトを始めデジタルガジェットの起動にはバイオメトリクス認証が必要で、一つのデジタルガジェットにつき登録可能なのは使用者一人だけだからだ。
それだけデジタルガジェットの中身を保護する必要があった。プライバシーにかかわる情報が山盛りだからである。
そして通常、使用者が亡くなると同時に機能は停止する。
「彼女は何らかの方法――或いは奇跡でパペットを継承しました。
そこに現れたのがこの高天原です。
日本人にとって神のいる場所。
魂の根源。
再現されたものとは言え、この神聖なる土地に彼女が降り立った事で彼女はエラーを起こします。
恋人の記憶が――天国からの願いが宿り、恋人の想いだけを求める存在になったのです」
「待て、ちょっと待て。
君はそれを信じるのか?」
頭を抑えながら、樹理先輩。
「信じざるを得ない、と言うのが正直なところ。
わたくしが涙月さんと戦っていた際乱入してきた彼女は、泣いていましたからね」
オレは涙月を見やる。
視線に気づいた涙月はオレに顔を向けると一つ頷いた。
「言葉には出してこなかったけど、私には泣き叫んでいるように映った。
彼女はどこ――ってさ」
視線を交わす、オレと樹理先輩。
彼女たちのこの推測が正しいのかは現状わからない。
わからないけれど、敵となってしまった人を放っては置けない。
暴走を止めるか、最悪倒さなければ。
「阻害が切れる頃です」
蕨先輩の言葉に、水晶柱から顔を出して様子を見る。
「樹理、宵さん、お二人は戦えますか?」
「ある程度の体力は回復した」
「オレもです。ただパペットの回復は追いついていないのでジョーカーの使用は期待しないでください」
「ああ、それは俺もだ」
オレたちの言葉に頷く蕨先輩。
「了解しました。
では、再戦と行きましょう」
コ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――オ
こちらが水晶柱から躍り出るのと同時、光の珠が広がった。オレたちではなく鎖が放たれていた根元から。つまり敵となったAIロボット真帆先輩からだ。
噛み砕いてあげる
「え?」
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