第30話「「逃げて!」」
いらっしゃいませ。
カ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ア!
「――!」
樹理先輩の全身が眩く輝く。
球形に広がる光を前にオレは目を開けていられずに思わず閉じて、危険を察知してそのまま後方へと大きく飛び退った。
着地して、瞼の向こうの光がおさまったのを認めるとこれを開く。
そして目に飛び込んできた。
光に当たった大地、水晶柱が綺麗に抉られている姿が。
半径にして三十メートルと言ったところか。その範囲は確実に抉る一撃。
これって恵みと違う。
「続けていくぞ!」
カ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ア!
「え⁉」
今度輝いたのは樹理先輩ではなかった。
オレのすぐ傍にある水晶柱の一部、が輝きを放ったのだ。
「嘘!」
であってほしかった。ダミーの光であってほしかった。
だけれどそんな細やかな願いは虚しく消えて。
光は起点になった水晶柱を抉り、拡大する。
慌て、光の範囲に入らないよう走り去るオレ。
光の範囲は先程と同じく半径三十メートル。それだけの範囲をごっそり抉った光が――
「まだまだ!」
カ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ア!
次から次へと放たれる。
何て厄介な。
樹理先輩だけを起点にしてくれるならまだ打つ手は多分あっただろうに。
「そら!」
「!」
着地した足元の大地が輝く。
これまた慌てて避けるオレ。
「これはどうする!」
「なん⁉」
次に輝いたのは、オレのへそのあたり。
オレも起点にできるのか!
落ち着け、こう言う時こそ冷静に的確に。
へそに向けてオレは、火炎の剣を突いた。ダメージ覚悟で光を貫き体の外へと強引に出す。
そして光を放り投げて脱兎の如く逃げ出す。
くっそ情けない。
「良く避ける! ならこうだ!」
次いで放たれた光は、四つ同時。
オレの周囲前後左右だ。
逃げ場を封じられた。
当然五つ目の光が中央にも現れ、五つ全ての光が拡大する。
「この!」
人魂の剣を一時解除。ただの炎に変えてオレの全身をコーティング。何とか光をやり過ごす。
――攻撃だ。攻撃に転じなければいつか確実にやられてしまう。
だからオレは一直線に樹理先輩に向けて駆けた。
無論次から次に放たれる光を避けながら。
「速いな! 一段と速力が上がって見えるのは事実そうなのか俺の焦りゆえの錯覚か!」
両方であってくれれば助かります。
オレはその速力を生かした攻撃をする為、剣を刺突に構え一思いに樹理先輩の胸めがけて突いた。
「だがどれだけ速くとも攻撃の手さえ読めればかわすのは容易い!」
でしょうね!
だからオレが狙ったのは樹理先輩ではなかったりする。
「ん⁉」
オレの刺突を難なくかわした樹理先輩。彼はすぐに光を放とうとしただろう。そして気づいたはずだ。光を放てない事に。
樹理先輩の目がオレから外れる。外れて光の龍の一匹に向いて見た。黄金の龍の玉に突き刺さるオレの剣を。
「狙いはそっちか!」
「です!」
これで少なくとも樹理先輩の夏の陽光は封じた。
だから彼の次なる手は。
「ならば【秋】!」
銀の龍の玉が輝く。
「秋は無論、恵みの秋だ」
「え?」
何と、辺り一帯に種々様々なキノコが生えた。
オレはまず剣を人魂に変えて回収し、脚を止める。
これは……どう言う攻撃だ?
迂闊に傷つけてはいけないと剣がキノコに触れないよう気をつけながら頭を捻る。
と、キノコが動いた。
……動いた?
「ぬぐぅ!」
そう動いたのだ。動いてオレの口めがけてたくさんのキノコが突っ込んできた。
あ、美味しい。
何てバカな考えはすぐに振り払い口から出そうとする。けれども入ってくる勢いの方が凄まじく思わず――ごくん。呑みこんでしまった。
途端ふらつくオレの脚。
毒か!
「敵には毒を」
力を失っていく体を横たえながら、耳に届くは樹理先輩の声。
「そして俺自身には」
目を向けると彼もキノコを食していて。
「満腹感を」
……だけ?
「おっと、なめてもらっては困るな。
満腹感は俺の全身に力をみなぎらせ、精神を強化し、心にはゆとりを与える。
この状態で放たれる俺の攻撃は一段と精度と威力を増し――」
ラスト、最後の【冬】の透明な龍の玉が輝いた。
「君に襲いかかる」
雪だ。
ゆっくりと何ものにも邪魔されずに雪が降りてきた。
「雪は溶けると湧き水となり、様々な恵みを人に与える。
ほら宵くん。
雪の触れる君の体にも変化があるはずだ」
……ええ、何か体が浄化されていく気がします。
毒、抜けてくれないけれど。
ただ、体は動かないままで頭の冴えは良くなっている。
喉も潤い、気は確かに。
なのに……襲ってくるのは眠気。
待て待て待って、眠るわけにはいかない。
眠れば樹理先輩はオレのライフを0にしてくるだろう。
当然敗けである。
それだけは!
「――何⁉」
眠気に襲われながら力を使ったせいだろうか。
オレは人魂で樹理先輩を攻撃したつもりだった。
が、眠気眼に映った光景は――操り損ねた人魂の暴発。
人魂から溢れる火が滅茶苦茶に猛り、ただの火災を起こしてしまう様子で。
いやまずいなこれ。
火の災害は大地を焼き、草葉を焼き、水晶柱を焼く。
樹理先輩は冬の恵みである雪でガードしているが、オレはオレに向かって来る炎を防げずに。
「!」
だがそれが幸いした。
体に引火したおかげで毒と眠気が吹っ飛んだ。
しかし。
「止まらない!」
暴走する炎はオレの意志を無視して暴れ続ける。
何とか制御しなければ。
オレは意志を人魂に流し続ける。
止まれ、止まれ、止まれ。
それが無理なら全部樹理先輩に向かってくれないかな。
しかして炎は、オレの意志を過剰に摂取した炎は――花をまき散らした。
「……花?」
何だ? 何が起きた?
見た覚えのない花だ。白い花びらは五つ。小さな赤い実をいくつかつけていて、どんどんと炎から溢れ出てくる。
そして大地に落ちた花は、その実は高天原の大地から神たちの聖なる気を受け取って――芽を出した。
芽は凄まじい速さで成長し、樹木となって。
「神木か……」
「え?」
「高天原の土地が野焼きにあって新芽が芽吹いた――いや違うか。
もっと神秘的な……。
宵くんの炎はかがり火となって神に捧げられ、神の実りが降りてきた、のだと思う」
そんな、そんな事が……できたのか。あの人魂って。
でもこれは!
神木はどこまでも成長していく。
やはり制御できていない。
このままではどうなってしまうかわからない。
「………………………………くっそ!」
これしか方法はないか。
オレは、覇王の持つ赤い光を発動させた。
ジョーカーだ。
覇王の事を考えれば一発しか放てないだろうジョーカーを発動した。
過去限定の時間消滅。
それ以て神木が存在した時間を消し去り、暴走前の人魂へと戻したのだ。
「……はあ」
仕方ない。
落ち込んでいても場は好転しない。
オレ自身とこの人魂の力だけで樹理先輩を倒さねば。
「……安心しろと言うのはおかしいが」
人魂を剣に変えたところ、樹理先輩が言葉を放つ。
「俺の方ももうジョーカーを撃つ気力は一水にない。
だから」
樹理先輩のアイテム、九つの宝玉のうち一つが輝く。
水色の宝玉だ。
つまり。
「俺の氷水の剣と、宵くんの火炎の剣。
お互い最後の一撃で決着と行こう」
「……ええ」
ならば、オレは人魂に意識を集中させ、可能な限り火力を上げる。
もっと、もっと、もっと強い火を。
そして当然樹理先輩も同じ。
氷水の剣に意識を集中させているだろう。可能な限り冷気を上げる為に。
それを現すように放たれる冷気が一段と強さを増す。
凄まじい冷気だ。
だがオレの火力だって負けていない。負けてなんていられない。
オレは火力最大の剣を刺突に構える。
樹理先輩も冷気最大の剣を刺突に構えて。
「「行くぞ!」」
両者、一思いに駆けた。
一瞬だ。一瞬で二人は交差した。
剣と剣の切っ先が触れあい、互いの剣を破壊しながら交差した。
オレは勢いを止められずに交差した後も数メートル大地を滑り、樹理先輩もまた大地を滑り。
火炎の剣を見る。半ばから折れているがまだ燃えている。
樹理先輩に目を向けると彼の剣もまた折れていて。
ただ。
彼の右腕には仮想の傷がついていて、燃えていた。
「……くそ」
そう言ったのは――樹理先輩。
倒れ込む樹理先輩だった。
「はぁ……これは、もう無理だな……。
体力も気力も使い切ったよ……。
おまけにシステムがダメージを再現しているせいで動けやしない……」
「……樹理先輩」
「おっと……。
勝者は常に威風堂々と。
そんな申し訳ないって表情はしないでくれ……」
「……はい」
言われ、表情を改める。
「……まだ、俺のライフは2残っているな。
ならこれで終いだ……リザイ――」
「よー君!」
「樹理!」
「「え?」」
樹理先輩の最後の言葉を聞き届けようとしていたところに、女性の声が二つ。
一つは――
「涙月?」
だ。
動きやすさ優先の短パン姿の涙月。
そうしてもう一つは――
「蕨?」
姉妹校の生徒会長。つまり樹理先輩のいとこにあたる人。
学生服に黄色がベースの和柄羽織を肩にかけ、何やらスケート靴を履いて宙を滑っている。
その二人がこちらに駆け寄って来るではないか。
……どうして?
オレたちの心配をして駆け寄ってくる――の割に必死に見える。
いったいどうした?
「るつ――」
「「逃げて!」」
「「――⁉」」
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