第299話「AIに……魂が産まれる!」
ごゆっくりどうぞ。
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
首がもげるのではと心配する程に横に傾けるアマリリス。涙月の胸に自分の額を当てながらずっとこんな調子である。
スローンズから魔法処女会施設に場所を移し、幽化さんの言葉を神巫に伝えたところドタバタとしながらもアマリリスに会わせてくれた。なぜドタバタしているのかと言うと――
「いやぁあの人に文句言うのもあれなんだけど、二つの名無しの国にあった魔法処女会支部に人が大勢押し寄せていてね、こっち――本部――にまで処理が回って来ちゃってるの」
と、神巫。
幽化さんはジャンヌ・カーラで二つの文明と文化を剥奪した。そのせいでいきなり素っ裸になった人を始め食を失い・職を失い・薬を失い・家を失い・言葉を失い・名を失って彷徨いだす人が溢れたのだ。魔法処女会はその性質上そう言った人々を無視できず救援に当たっている。
「まず名前を与える事が必要なんだけど、まさか番号で呼ぶわけにもいかないし、難民が希望する名前って色々な国に跨っているから超大変らしいわ」
しかも、姓名判断を気にする人も多いらしく。
「ごめんね涙月も大変だって言うのに」
「ううん。私、羽生えただけだし」
それが重要なんだけど。
「んじゃアマリリスを呼んでくるから客室で待ってて」
――で、今である。
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
「どっかなアマリリス?」
「紫炎の数式が邪魔しちゃって視えない……」
向こう――切縁・ヴェール――は涙月がアマリリスに会いに行くのも想定していたのか。そりゃ折角の能力を失いたくはないか。
……ん? それじゃ何で?
「何で切縁・ヴェールは涙月を蘇生させた後拘束しなかったんだろう?」
「あ、言い忘れてた。逃がしてくれたのユメだよ」
「え?」
オレは出されたコーヒーを啜る口を止めた。
ユメが逃がした――切縁・ヴェールの仲間であるはずのユメが。
「理由は知んないけど」
その時のユメの表情を想像してみる。笑っていたのか、怒っていたのか、悲しんでいたのか、苦しんでいたのか。
……最後のが一番しっくり来た。来てしまった。なぜかはわからないけれど。ただ、ユメ程の実力者が切縁・ヴェールに黙って従う理由こそないように思える。オレが想像する以上に切縁・ヴェールが強くやむを得ず従っているのか、家族にも等しい相手だから見捨てずにいるのか……ユメの方にも何かの事情があるのだろう。
であるならば、ユメをこちら側に――いやそれはユメの自由意思を捻じ曲げてしまうだろうか?
「ん~~、ユメの心がわかればなぁ」
「ノンノン。人は人の心がわからないから面白いんだぜ」
人差し指を振りながら、涙月。そんなもんだろうか。
「よー君もまだまだ若いねぇ」
「同い年だよね?」
「よっし! 分析できたー!」
「「わっ、びっくりした」」
急に頭を上げるアマリリス。危うく涙月の顎に頭部がヒットしそうになった。
「壊せるよ、紫炎の数式。どうする涙月?」
「え? マジで?」
「ちょーマジ」
昔のギャルですか。
「どする?」
「えっと……どうしよよー君? どこまでが切縁・ヴェールの狙いだと思う?」
「…………わかんない」
幽化さんか最高管理に指示を仰ごうか? オレたちは第零等級とは言えまだ子供だ。勝手に行動して最悪の事態になったらどうする?
……いや違うか? 子供でも第零等級だと考えるべきだろうか?
「ん……頼りない第零等級は要らないだろうし……オレたちで決めよう」
「では解こう」
「早っ!」
オレが出る幕なかった。
「アマリリス、お願い」
「あいあいさー」
再び胸に額を当てるアマリリス。涙月の胸に暁の数式が重なって――
「第一防壁――クリア。第二防壁――クリア。最終防壁――クリ――――――⁉」
アマリリスが細めていた目を大きく開く。
「「――⁉」」
途端、アマリリスの小さな体が紫炎に包まれた。
「アマリリス!」
しまった、まさか涙月に仕掛けられた紫炎の数式は!
「アマリリスに攻撃する為⁉」
だとしたら何と言う失策。
「あ―――――――――――――――――――――――――――――――!」
アマリリスが抱きとめられている涙月の腕の中で仰け反った。きつく瞼を閉ざして、紫炎に暁の色が少しばかり混ざる。抵抗しているのだ。しかし。抵抗は虚しく消える。
異変を感じ取ったシスターたちが集まって来る。けれども誰にも止められずに。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
紫炎が大きく広がる。それは渦を巻くと数式の嵐となってアマリリスに溶け込み始めて――色を変えた。
「真紅の――数式?」
が、アマリリスから放たれた。
そうか……。
そこに来てようやく切縁・ヴェールの目的がわかった。切縁・ヴェールの狙いは涙月の能力だけではなかったのだ。アマリリスの数式も彼女の獲物の一つだったのだ。ユメがそれを知っていたのかはわからない。だが結果として全ては切縁・ヴェールの思い通りで。
「―――はっ……」
真紅の数式が落ち着き、アマリリスは息を荒らしたままに涙月の腕の中で体を横たえた。
「アマリリス……アマリリス!」
呼びかける涙月の声にも反応はなく。オレは急いでアマリリスの脈を確かめる為に首元に指を添えた。そもそもアマリリスに血流があるかどうか知らなかったがそれは頭から抜け落ちていた。
「……気を失っているだけみたい」
指を打つ小さな振動。脈はあった。良かった。
「今のなに⁉」
「っわ」
部屋へと飛び込んで来たのは神巫。
「見た事ない色の数式が飛んで来ていたんだけど?」
「ああ……うん」
きっとオレは情けない表情をしていただろう。神巫を見、次いでアマリリスを視線で指した。神巫は視線を辿ってアマリリスを見て、オレの横に座り込む。
「具合は?」
「気絶しているだけだよ。ただ今までと同じとは限らないけど……暁の数式が真紅に変わった」
「真紅……何かに影響あった?」
「ううん。【覇―はたがしら―】も正常に動いているし、ちょっと待って、暁の数式で造られたものにエラーがないか調べるから」
【覇―はたがしら―】と第零等級星冠の権限をフル活用してアクセスできるだけアクセスしてみる。特に医療と航空宇宙技術は念入りに。
「――エラーはないね」
「そっか。涙月、貴女の体に影響は?」
「え? あ、ないと思う……けど、ごめん。私のセイだ」
そう言う涙月の表情は苦渋に満ちている。
「いや、オレもこうなると思わなかったし」
「わたしたちも。幽化さまだってそうだったはず。これは皆のミスよ」
「……うん」
ミス……これが命取りになったら……。いや、沈むな、絶対に。
「――ん」
アマリリスの口から吐息が漏れた。それに気づいたオレたちはアマリリスの顔を覗き込む。小さなアマリリスの瞼がゆっくりと持ち上げられ――真紅の瞳が見えた。アマリリスの瞳の色は元々赤みがかっていたが今はより赤く、言うなれば鮮血の色に思えた。
「アマリリス、異常はないかい?」
見た限りではない。だからオレは内側にエラーはないかと尋ねた。
「……ダメ……」
涙月の腕の中でぼんやりと天井を見上げるアマリリス。
「……ダメ」
「アマリリス? どしたん?」
「AIに……魂が産まれる!」
「「「――⁉」」」
それは――どう言う? パペットに魂が憑依していた事例はあるし日本では物にも魂が宿るとされるけれど、AIに魂が産まれる?
『天嬢 宵』
「――!」
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