第297話「星冠はスローンズに」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
涙月の眠るカプセルが宇宙に流されて二日後。今カプセルはとある男の手によって一つの岩石の上に留まっている。
「ユメ」
その男の――僕の名を呼ぶ女、妻である女の子。ピュア。
「やって、ピュア」
「うん」
ピュアは腹に手を当てる。意識を集中させると中にあるものの体温を感じられると聞いた。鼓動は感じない。子供たちは死んだのだ。そして子供たちの遺骨とも呼ぶべき核がピュアの腹の中にはある。
「――ん」
核が輝いている。ピュアの腹を通ってそれらは姿を見せた。
「バイバイ」
ピュアはそう呟くと、それら核を涙月のカプセル上にそっと置いた。核はカプセルの強化ガラスを透けて通って、涙月の中へと消えていく。
涙月の体に光が灯った。
まだ目覚めてはいないだろう。しかし涙月の上体が強化ガラスを透過して自然と持ち上がり、体を丸めた。
その背中に、アゲハのそれに似た大きな羽が生える。
最後にピュアは仮想災厄としての力を涙月に流し込む。誰かを前進させる、能力だ。
それを受けて――
涙月は、そっと瞼を持ち上げた。
☆――☆
オレは自室に戻ってネットを検索していた。切縁・ヴェールの素顔等はまだ公式に発表されていないから彼女の情報は流れていない。パニックを呼ばないように規制がかけられている為だ。だからオレが見ているのは地球を旅する人たちのライブ映像だ。どこかに切縁・ヴェールが映っていれば儲けもの、それくらいの希望を込めて。
その時、窓がコンコンと叩かれた。風で舞い上がった何かが当たった音ではない。間違いなくノックの音だ。
時計を見ると現在午前0時を少し回った頃。窓ガラスは遮光状態の黒に染まっていて外は見えない。オレは椅子から立ち上がって窓ガラスに寄り手を触れる。窓ガラスの色が黒から透明に変わって――息を呑んだ。絶句する。
だって……だって……。
停止した思考の中で指が動き、窓の鍵を開けた。その途端彼女は勢い良く窓を開けてオレに飛びついて来た。オレは勢いに押されて倒れ込み、天井を見上げる。
何……なんで……?
「どうして……涙月……」
「ごめん、よー君……」
涙月はオレの首に巻きついていた腕を解くと、二人の鼻先が当たる程に顔を近づける。
「なんか、仮想災厄になっちった」
そう言って、涙月は花咲くように笑うのだった。
☆――☆
「涙月姉ー!」
「うぉっふ」
涙月の胸に飛びつく臣。勢いがありすぎたせいかちょっとむせる涙月。
「よがったよ~」
「はいはいチーン」
泣きじゃくる臣から涙月が出したティッシュに鼻水が出る。チーン。女の子の鼻水なんて家族以外で初めて見たさ。
「もう良いですか? ダイブしますよ? ルパンダイブですよ? いっちゃいますよ?」
そんな二人を見ながらコリスが今にも飛びつきそうな姿勢で体を震わせていた。
「オオどんとこい」
「ドーン!」
ドーンとまさにぶつかり稽古の如くにコリスは涙月へとダイブを決めた。
仮想災厄となった涙月がオレの部屋に現れてからまだ一時間弱。皆に涙月の事を報せて『デイ・プール』の中に急いで作った個人ゲームエリア――と言っても大きな部屋一つだが――には人が溢れていた。宇宙葬の時にも感じたが改めて涙月の人徳を感じさせられる。
仮想災厄――アマリリスに対抗する為に生み出されたリアル・ヴァーチャル双方にアクセスできる存在。
涙月の話によるとピュアが取り込んだ仮想災厄の核を与えられて命を得たとの事だが、まあ良いさ。仮想災厄だろうと何だろうと必要なのは外見ではない。心だ。きっと皆それをわかっているからこそこうして集まってくれたのだ。
ただ、疑問はある。
なぜピュアは涙月を蘇らせたのか?
涙月は仮想災厄としてどんな能力を持っているのか?
心配もある。
ここに集まってくれた人はともかく、それ以外の人が集まる場所で普通に学生生活を送っていけるのか?
イの一番に涙月のご家族に連絡を入れて一時帰宅したのだがその時ご家族はそれには触れなかった。泣いていらしたからそこまで考えられなかっただけかも知れないけれど。涙月本人からもその話は出ていない。けどいつかは考えなければいけない事で、おいおい考えていこうと思う。
なんにせよ涙月は帰って来てくれた。
ならば今度こそ彼女を護るのだ。
共に戦い活き抜くのだ。
もう誰も失わぬよう。
もう誰も悲しませぬよう。
これ以上の悲劇を世界に齎さず、護る為に。
「この羽あったかいですぅ」
言いながらコリスは涙月の羽を撫でる。
「うひゃい」
と、涙月は変な声を上げた。成程、羽にも感覚と言うものがあるのか。
「コ、コリスくすぐったいぜ」
「……そう言われると」
コリスの目が輝いた。
「むしろ触りたくなりますね」
「いやんエッチ」
何をやっているんだか。
「エッチなのはよー君だけで足りてるぜ」
ほんとに何やってんの⁉
皆がオレにジト目を向ける中、電子音が頭の中で鳴った。メールの着信音だ。アイコンをタップして開いてみると星冠最高管理からで、TVを点けるようにとの内容だった。
? 何だろう?
周りを見てみると涙月やララたち他の星冠にも同じものが届いたらしい事が表情で伺える。
不思議に思いながらTV機能を起動させてみると、緊急ニュースの真っ最中。内容は――
名無しの国の消滅
と同時に現れた黒い街について。
「……っ⁉」
オレは我が目を疑った。黒い街とは間違いなく、
「ジャンヌ・カーラ?」
ではないか。とすると……切縁・ヴェールが動き出したのだろう。
「皆」
オレは率先して声を上げる。
「星冠はスローンズに」
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