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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
後章 ~水折り(みおり)の炎~
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第296話<人の未来を、私は諦めていません>

ごゆっくりどうぞ。

「――い! (ヨイ)!」


 オレを呼ぶ声が聞こえる。凄く近くで。オレはゆっくりと瞼を持ち上げる。体を縛っていた切縁(キリエ)・ヴェールの力が弱くなっていた。彼女が解いたのかそれとも時間の経過で自然と薄れていったのかは不明だ。

 視界がゆっくりと戻ってきて、そこにララの姿が見えた。


「……ララ」

「宵……良かった」


 安堵するララ。よく見るとアトミックも傍にいた。


「宵、涙月(ルツキ)はどうした? 一緒に行動してなかったのか?」

「涙月……涙月!」


 オレは体を急ぎ起こした。公園のベンチがある場所にはまだゲートが開かれている。


「ちょっと宵! 貴方まだふらついて――」

「涙月が切縁・ヴェールに連れて行かれた!」

「「――!」」

「だから……追わないと!」


 ララとアトミックは顔を見合わせ、一つ頷くとオレの体を左右から支えてくれた。


「一人で無茶はさせないわよ」

「……ありがとう」

「ん」


 オレは二人に支えられ、ゲートを潜る。


 その先で――


 白い小さな部屋で――


 見つけてしまった。


「涙月……」


 血の海に沈む――


 涙月の姿を。


 ララとアトミックが固まっている。オレは二人から離れて横たわる涙月に近寄っていく。よろける足が今にも崩れそうで。


「涙月……」


 涙月から流れる血を踏みつけて、彼女の傍でとうとう膝が折れた。そうして眺める涙月の顔色からは血の色も生気も失せている。


「涙月……」


 彼女の首元に手を触れる。脈が……ない。


「涙月……」


 なぜだ……涙月の力が必要なのではなかったのか……切縁・ヴェール!


「涙月――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ」


☆――☆


 オービタルリング【レコード・0(ゼロ)】ができてから日本では新しい葬送が一つできた。

 宇宙葬――

 故人をカプセルに入れて宇宙へと放つのだ。

 生前に涙月はそれを希望していた。だからご両親は遺志を組んで宇宙葬を決められた。

 涙月につけられた傷は紫炎の数式によるもので暁の数式でも【魂―むすび―】でも再生できなかった。

 だから……。


「…………」


 オレは涙月の眠るカプセルを前にして痛くなる程に自分の手を握りしめた。

 昨日、血の海に沈む涙月を見つけてからずっと泣いていたから目は腫れてもう涙は枯れたと思っていた。だけどそれでも涙が零れる。

 カプセルが移動を始めた。とうとうオービタルリング内から外へと放流されるのだ。

 オレを含めて誰もその場から動かずにそれを見送って、カプセルは宇宙へと放たれた。

 涙月はこれから宇宙を漂い、オレたちの知らない領域まで旅に出るのだろう。

 もう逢えない。

 涙月とは、もう二度と。






 家の自室に戻ってオレはベッドに寝転がりぼんやりと天井を見上げる。どれくらいそうしていたか。

 目の端に映るアイコンがメールと通話の着信を報せている。どちらももう百件を超えていて、殆どがララからだった。でもオレはそれを見ていない。何も行動する気にならなかった。

 なのに。

 それでもどこかで誰かが動けと言っている。

 動いて……切縁・ヴェールを倒すのか? 彼女の行方は知れない。ジャンヌ・カーラから消えた彼女を追ってリアル、ゲーム、夢の世界を皆探しに探しまくったが一向に見つかる気配はなく。

 だが見つけたとして倒せるのか? 切縁・ヴェールには【魂―むすび―】だって存在している。パペットに【覇―はたがしら―】もある。つまり今回の作戦では切縁・ヴェールを『戦闘状態』にする事すらできなかったのだ。

 そんな相手を前に、オレに何が……。

 目を閉じる。

 瞼の裏に薄っすらと明かりが滲んでいて、中にいる涙月は――いつも笑っている。


「……そうだね」


 倒せないから動かない? 負けるから動かない? そんなの動かないで良い理由に何てならないのだ。

 瞼を持ち上げる。それを見計らったかのようにメールが新しく届いた。ララではない。星冠(ホシカムリ)最高管理からの招集連絡だった。


☆――☆


 星冠の領域スローンズにて。


<皆さま良くお集まりくださいました>


 集まった星冠たちに向けて流れる最高管理の声。


<特に、天嬢(テンジョウ)星冠卿(ホシカムリキョウ)。ようこそ>


 オレと幽化(ユウカ)さんの二人は中央に立っている。オレたちは第零等級。誰よりも先頭に立ち皆を先導するべき立場にいる。

 オレは立たなければいけない。星冠として、人として。


<切縁・ヴェールの行方は今以て不明です。ですが彼女の目的がわかっただけでも先の戦闘に意味はあったものとみなします。

 星冠にも数名の犠牲が、魔法処女会(ハリストス・ハイマ)にも数名の犠牲が、アンチウィルスプログラムも、パトリオットに至っては隊長以外の士が犠牲になり得られた情報です。

 私たちはそれを生かさなければなりません。

 しかし。

 この世界が終わると言う切縁・ヴェールたちの弁が真実であるならば、私たちは切縁・ヴェールとは別の手段を以てそれを回避しなければいけません。

 そこで考えられるものは――エリアデータバックアップの利用です。世界全てのデータがあるわけではありません。恐らく再構築できるのは地球だけでしょう。

 人類は宇宙へと進出しましたが残念ながら地球へと戻る事になります。地球外生命体の存在も諦める事になります。加えてその後、地球の大気と灯りが保たれる保証もありません。

 それでも私は良いと思います。絶滅さえ回避できれば私たちにはまだ光があります。人類は数々の不可能を可能にしてきました。

 人の未来を、私は諦めていません。

 まだ私と切縁・ヴェールを止める戦いを続ける意思のある方は起立をお願いします>


 問われ、全ての星冠が立ち上がった。誰一人として絶望に顔と心を染めるものはなく。


<ありがとうございます。

 今後の行動予定はまた後日に。

 皆さま戦いの疲労がまだあるものと思います。数日は空けますのでその間に回復をお願いします。

 では>

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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