第294話「正論ってのはそれを見聞きした他人が決めるもんだし」
ごゆっくりどうぞ。
いつからそこに座っていたのか、この公園に入って来た時にアルベルトの座していたベンチに同じく腰かける切縁・ヴェール。白い姿が黒い街にあってとても映えて見えた。
……あ。
思わず魅入っていたオレ。恐らく二・三秒だったと思うが決定的な隙を作ってしまっていた。が切縁・ヴェールはそんな隙など突く気もないらしく口元に笑みを浮かべていて。
オレは周囲を目と感覚で探ってみる。他に敵がいないか、だ。例えば――ユメやサングイスさん。
……誰もいないか。
「ユメなら使いに出しているぞ」
「……使い?」
「ピュアと子供を連れて来いと」
インフィか。今頃どこで何をしているやら。
「……二人を連れて来てどうする?」
「いなくなった看守と囚人の代わりを務めてもらう。貴様たちのせいで人手が足りなくなってな」
一つ、ため息を吐く切縁・ヴェール。
「あんた一人でどうとでもなりそうなんだけど」
「時間をかければな。が、私めの目的を果たす為に必要な日が迫っている」
目を涙月に向ける。
「涙月の力もその日までに完成させねば」
「……クラウンに何したの?」
涙月にしては珍しく怒り露わに切縁・ヴェールを睨みつける。
「力を与えただけだ。色が変わってしまったが、まあ貴様に必要なのはクラウンの本質であって外身ではないだろう?」
「屁理屈は却下です」
「正論だと思うが」
そう言われても、ムカつくものはムカつくらしい。涙月の表情が戻らない。
「正論ってのはそれを見聞きした他人が決めるもんだし」
「ふむ、納得のいかない表情だ。それを理解せんでもない。
しかしではどうする? 私めを殺してもクラウンは元に戻らない。であるならばどうだ? クラウンとこれからも共にいたいか?」
「あったりまえじゃん」
「そうだな。では――」
手をオレたちに向かって差し出す切縁・ヴェール。
「二人共こちらに来い」
「「断る!」」
同時に出された声。それと同じくしてオレは切縁・ヴェールに向かって駆け、涙月は再びクラウンと同化し【覇―トリ―】を起動させた。
「ん?」
真正面から切縁・ヴェールに迫っていたオレ。しかし直前で上へと跳び、切縁・ヴェールの視線を上に向けた。だが跳んだオレの代わりに涙月が現れ切縁・ヴェールに向かって西洋剣のようなランスを突く。
「――⁉」
ところが、切縁・ヴェールの心臓を貫くと思われた涙月の攻撃は衣服すらも傷つける事ができず……。
「ああ、済まない。私めの体は紫炎の数式で保護してあるんだ。服も含めて」
それなら。
「む」
オレは落下してすぐに切縁・ヴェールの口を右の掌で塞いだ。
「咆哮八叫!」
それなら体の内部はどうだ?
咆哮の炎が切縁・ヴェールの口から喉を通って内臓を焼く――はずだ。
「いや無理だな」
オレの手に遮られてくぐもった声。手を離してオレと涙月は距離を取る。
「中身も同じく、だ」
べ、と白色の舌を出す切縁・ヴェール。可愛らしい仕草ではあるが、この場には似つかわしくない。
そんな舌の上に小さな炎の玉が作られて――まさか⁉
次の攻撃に移ろうとするオレたちに向けて咆哮が放たれた。
「「――!」」
オレの放った咆哮を返したのだ。
炎はオレと涙月の間を通って公園の向かいにあったビルを一つ破壊する。
「ふむ、良い威力だ。人間が持つ攻撃力としては上物だな」
……全く効かなかったくせに。
「そう睨むな。私めは既に人間を辞めているのだ。効かなくとも不思議はない」
ビルには効いたんですが。
「さて、折角私めが出張って来たのだ。他がここに来る前にもう少し見せて貰おうか」
「キリエ!」
勿論オレが呼んだのは切縁・ヴェールの方ではない。パペットの方だ。
キリエ、ジョーカー発動。
命の輪が広がる。その灯はオレの持つ紙剣へと収斂し、輝きを放つ。輝きはオレの体にも伝染し、まずは脚にチーターの脚力を宿す。
オレは地を蹴って一足飛びに切縁・ヴェールに迫り斬りかかった。紙剣に宿るのは獣たちの牙の威力。その剣閃が切縁・ヴェールの左肩に当たり――
「なっ……」
「なぁ宵。貴様はバカではないだろう?」
紙剣は一ミリ足りとて切縁・ヴェールを傷つける事なく止まってしまう。
「この程度では私めを傷つけられない。わかっていたはずだ。ならば様子見の一撃など放つな。全力の一撃を撃って来い」
紙剣の刃を左手で掴む切縁・ヴェール。紙剣を軽く押し返しながら、
「私めはそれさえも受け止めて見せよう」
こう言うのだ。
「――!」
軽く、本当に軽く切縁・ヴェールは紙剣を投げた。勿論それを握っているオレの体ごと。オレは空中で何とかバランスを保ち足を滑らせながらも着地。
「よー君」
「涙月、リゾーマタは?」
「使おうと思ってんだけど……本当に今までの四つは消えたっぽい」
切縁・ヴェールを睨みつけたまま。オレはそんな涙月を見て、これではダメだと思った。だから。
「ふにゃあああああ⁉」
いきなり奇声を上げる涙月。猫みたいだ。
「よー君! レディのお尻を無断で触ってはいけませんよ⁉」
「ん。その調子」
「ふえ?」
お互い顔色を紅潮させながら。
「涙月っぽくないよさっきまでの表情」
「あ……」
冷静を欠いては成せる事も成せない。これはバトルは勿論生活していく上での基本だ。
……まあ……お尻を触ったのはあれなんだけど……。それについては後で謝ろう。後で。必ず。
「…………」
涙月は大きく息を吐いて、大きく吸った。「ん」と口を閉ざして唇を弓なりに曲げた。笑ったのだ。
「ごめんよ、そしてサンクス」
「いえいえ」
この場には似つかわしくない笑みだっただろう。けど、それで良いと思った。
「なかなか――」
そこに割って入って来る切縁・ヴェール。
「良い関係性だ。私めには恋人と呼べるものは終ぞいなかったが、憧れは持っている。羨ましいな」
大して羨ましくなさそうに。
「羨ましいと思うなら、切縁ちゃんがこっち来れば良いんでない?」
「は。成程それもあるか。こちらに目的がなければの話だが」
「それって切縁・ヴェール、あんたがそっち側でないと叶わないの?」
「貴様たちが人を護る事に固執するなら無理だな」
……ん?
「ちょっと待って。あんたは多数の人を護る為に少数の人を殺しているんじゃなかったのか?」
「違うな。私めはこの世界を存続させる為に人を殺している。その際に人類が消滅しても構わない」
「構う!」
っと言うか話が微妙に変わってきている。
「なぜ?」
「なぜって……」
それは人として産まれているのだから当然の感情だろう。理屈の問題ではない。これは気持ちの問題だ。
「宵、貴様は人を護って世界を壊す気か?」
「それは――」
「ああ、言い方がおかしいか。人を護る事に固執して人諸共世界を壊す気か?」
言葉につまった。なんとか、定番なセリフでも良いから出さなければ。
「……そうさせない為に力を合わすべきだ」
「力を合わせても回避は不可能だ。であるから私めはこう言った手段を取っている」
「それじゃ……オレたちの方が――」
「そう。貴様たちの方が所謂『悪』になるな」
「「…………っ」」
ならどうすれば良い? 人殺しを手伝えと? そんな、そんな……!
「感情を押さえられないか。まあそれも良い。子供は子供らしくあれ。私めは貴様たちを大人として叱ってやろう。ああ、少々の体罰は見逃せよ」
トン、切縁・ヴェールが足を軽く突いた。
「「!」」
すると地面に紫炎の数式が広がって、重力が消滅した。
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