第293話「与えられた役目は! 全うできるから!」
ごゆっくりどうぞ。
再び消えるアルベルト。こうなってしまってはこちらから攻撃する手段はない。
『(宵)』
「え?」
頭に響くはキリエの声。
『(ちょっと試してもらいたい事があるのだけど)』
そう始まったキリエの案とは。
「(成程)」
それは経験のない方法だったが、成功するならば一発逆転になりそうな案であった。
「(やってみよう。キリエ、星章のコントロール手助けしてくれる?)」
『(勿論)』
オレは再び目を閉じる。今度は痛覚任せではなく星章を制御する為に。
恐らくだがアルベルトは星章を使えない。しかし星章とは星から産まれた全ての存在にあるものだ。それならばアルベルトはきっと――
「(星章を消せない!)」
星章を消す、その発想自体忘れているはずだ。
感じろ、アルベルトの星章を。
感覚の範囲を皮膚の外へ広げるイメージ。結界を張れ。オレが反応できる範囲で良い。
……右にいるのは、涙月。その傍にいるのは大鎌。アルベルトは――正面!
しかしそれがわかったからと言ってただ手を伸ばすのではない。星章を共鳴させるのだ。オレの星章を放ち、アルベルトの星章に接触。
「――⁉」
アルベルトの星章にオレのそれを潜らせて彼の体に接触。透明化――解除。
「なっ⁉」
「咆哮!」
を単純に放つのではなく紙剣に纏わせ、アルベルトの心臓を突いた。
「がっ」
突かれた勢いで後方へと飛ばされ転がるアルベルト。
消されたオレの腕が元の色を取り戻す。
当たった。貫いた。アルベルトの心臓を――突いてしまった。それはつまり……殺し――
「よー君や」
「え?」
思うところがあって下唇を噛んでいたオレの背に涙月の背が触れた。
「悔やむなとは言わないから、真っ直ぐ向こうぜ」
そう言う涙月の表情は見えない。見えないが、背中に感じる温もりは自然と安心感を発揮していた。
「……うん」
オレは唇を噛むのを止めた。
横になるアルベルトに目を向けると彼の両手が土を握りしめていた。まだ息がある。近寄って良いものか一瞬迷ったけれどオレはアルベルトの横に並んで腰を落とした。
「アルベルト」
「……だい……じょうぶ……ワシが死んだら……魂は切縁が傍に置いてくれる約束……だから」
「魂……」
「……それに……まだ!」
大きく開かれるアルベルトの口。血が舞い跳び、少しオレの顔に触れた。
「与えられた役目は! 全うできるから!」
「なん――」
「ウィン!」
主の呼び声に応えてウィンが紫炎に包まれ、高く、高く昇っていく。
「涙月!」
宙で向きを変えるウィン。急降下するそのスピードは重力も加えて凄まじく速く、涙月へと向けて落ちて来る。
涙月は落下点から移動してそれを避けようと試みるけれどウィンは器用に速度を増しながら向きを変えて追撃する。
「咆哮!」
「させないよ!」
アルベルトの死力の透明化が咆哮に直撃し消されてしまう。その間にもウィンは涙月に迫り――
「あ!」
遂に追いつき涙月の体が紫炎に包まれる。
「涙月!」
しかし燃えると思われた涙月の体から紫炎はあっさりと消えてしまい。
「「え?」」
予想しなかった展開にオレと涙月は揃って口を開けた。その中で唯一アルベルトだけが口元に笑みを浮かべていて。
「何をした?」
「……涙月ちゃんって……今……傷を負っているよね」
確かに、ウィンを相手取っていたせいで涙月の体は傷ついていた。だが、それが何だと?
「そこから……ウィンを……侵入させた」
「「――!」」
「ああ……だけど……」
アルベルトの瞼が閉じて逝く。
「もうワシ……は……無理か……」
瞳から生気が失われ。
「……じゃあね……切縁……」
瞼が完全に閉じられた。
「……涙月!」
「ん……何ともないかな?」
表面上は何事もなく見える。けど紫炎を取り込んで中身が無事とは思えない。そんな楽観視はできない。
「大丈夫……あ!」
声を上げる涙月。体から小さなクラウンジュエルが飛び出て来たのだ。
「どっどしたいクラウン⁉」
『ウィンが――この体と融合を試みておる!』
「「なっ⁉」」
パペットであるクラウンジュエルと紫炎の数式であるウィンが融合? その場合クラウンジュエルの意識――AIはどうなってしまうんだ?
「涙月! クラウンの顕現を解ける⁉」
「クラウンできる⁉」
『む……むぅ』
唸るクラウンジュエル。顕現解除を試みているのだろうがその姿が消える事はない。
『ダメである!』
「ど、どうしようよー君⁉」
「どうするって……」
こんな事態は初めてだ。これがパペットによるパペットの取り込みならば星冠に与えられている権限で分離させられる。実はこの権限は幽化さんのコラプサーに対するもので、あの人を恐れる一部の人たちの訴えに応えて作られた。
が、それと今回の状況は似て非なるものだろう。
「一応やってみようか」
オレは与えられているアイテムの一つを顕現する。小さな赤い飴玉で、パペットに吸収させる事でパペットAIとパペットAIを分離させるものだ。
「クラウン」
『了解である』
オレは分離飴をクラウンの胸にあてる。すると分離飴が中に溶け込んで、本来ならばこれで分離可能のはずだが……成果は何もなかった。
『ダメである! うんともすんとも反応なし!』
そうしているとクラウンジュエルの鎧の隙間から紫炎が溢れて来た。
「クラウン!」
『ぬおおおおおおおおおお!』
クラウンジュエルの表面に走る電子の線。兜から見えていた目の色が紫色に変色していく。
「あ、そだクラウン! クラウンのジョーカーでウィンを外に放出できない⁉」
「それなら涙月! Lv100の状態でやった方が強力だ!」
「う、うん! ――て、そう言えばクラウン何でプチナイトになってるの⁉ 私Lv100で同化してたよね⁉」
『ウィンに力を阻害されているのである! Lv100にはなれぬ!』
「じゃあその状態で良いからやってみて!」
『了解である!』
全身の機能を開くクラウンジュエル。この騎士のジョーカーは全身のあちらこちらで敵の攻撃を吸収し、放出する事だ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
騎士甲冑からウィンの吸収を試みるクラウンジュエル。紫炎が向きを変えて鎧に吸い込まれていく。
……これで放出できなければ敵に力を貸してやった事になってしまうが……。
『出て行くであるぅぅぅぅぅ!』
紫の風が放出された。
成功――か?
ところが風は放出された直後に再び炎となってクラウンジュエルに憑依する。
『ダメであ―――――る!』
「クラウン!」
『……涙月、涙月の事は忘れないである』
グッと親指をおっ立てるクラウンジュエル。ふざけている場合ではない気がする。
『ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「「わ⁉」」
オレと涙月が何もできないで見つめている中、クラウンジュエルがLv100の巨体になった。しかし体の色は深い紫色。
「ク……クラウン?」
おずおずと声をかける涙月。それを聞き届けたクラウンジュエルの顔が涙月の方に向いて、目が紫炎に輝いた。
『……涙月』
声は間違いなくクラウンジュエルのもので。では彼の意識は?
「クラウン?」
『大丈夫……私である!』
無事? いやそれで良いんだけど……。
「クラウン~」
クラウンジュエルの脚に泣きつく涙月。きっとオレよりもずっと不安だっただろう。
『しかしこれは……』
「どしたい?」
『聖騎士としての能力に変化があるである』
「? どんな?」
目元を拭いながら、涙月。
『これまでの能力は消え、これは……五つ目の元素の生成?』
「五つ目?」
「やってみれば良いだろう?」
「「――⁉」」
突然の声の闖入。その声にオレと涙月は思わず肩を揺らした。なぜならその声は――
「切縁・ヴェール!」
オレたちが止めるべき人物のそれだったから。
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