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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
後章 ~水折り(みおり)の炎~
290/334

第290話「邪魔だな。兵器も、国も」

ごゆっくりどうぞ。

☆――☆


 一人、男は往く。

 道路に靴音を響かせながら幽化(ユウカ)は一人でゆっくりとジャンヌ・カーラ中央を目指して進む。

 周囲には最早残骸となり果てた【アルターリ】が数体。どれもが一撃の元で心臓である核を撃ち抜かれている。

 ジャンヌ・カーラのワシ等――看守・囚人たちは決して幽化を舐めてはいない。だからこその十人五組での奇襲を仕掛けた。確実に()れると思った。なのにこれはどうだろう。戦いを始めて見れば幽化は迷わず【アルターリ】を沈黙させた。ワシ等看守は紫炎の大鎌に護られたからこそ一命を取り留めたが未や逃亡の身である。


「はぁ……はぁ」

「呼吸を整えろ。幽化に見つかる」

「はぁ……わかっている」


 そうは言っても荒れた呼吸はどうしようもない。それでも看守の一人は胸に手を当て静かに呼吸するようにと務めた。

 ワシ等看守の五人がこのビルの屋上に逃げ込んで早十分が経とうとしていた。ばらばらに逃げた方が良いかとも迷ったが一対一になってしまった場合生存の確率はゼロに近かろうと、それならばと五人一纏めで逃げを選んだ。

『退いた』のではない。『逃げた』のだ。

 しかし今それを恥じている場合ではない。幽化と言う化け物を相手に仕方のない選択だった。


「――で、どうする?」

「このまま逃げて切縁(キリエ)に任せるのも手だが……」


 切縁ならば、敵うかも知れない。


「いや、切縁は既に『下準備』に入っている頃合いだ。邪魔をするわけにはいかない」

「つまり、否が応でもワシ等だけで幽化を足止めする必要がある」

「……まるで倒すのを諦めている口ぶりだ」


 倒すのではなく足止めと言ったから。


「諦めているさ。お前こそあれを相手に勝てると思うか?」

「……そうだな、悪かった」


 正直、無理だ。


「手は……プライドを捨てるならある」

「なに?」

「イラン・中国同盟の衛星兵器を使う」


 いや待て、一人がそう言う。


「……この戦いが終わった後ジャンヌ・カーラをイランに浮上させる計画のはず。その際の優位が堕ちる事になるが」

「しようがないさ。後を考えて今敗けたら意味がない」

「……せめて看守長の許可を貰おう」


 そう言って会話は一時打ち切られ、一人の看守が――つまりワシが自分たちの長へと通話を飛ばした。

 相手はサングイスである。


『妾に連絡を取って来た。幽化に対する攻撃命令を貰いに来たと言う事かしらね?』

「ああ。

 イラン・中国同盟の手を借りたい」

『良いわよ。連絡は妾がとってあげる』

「…………」


 あまりにもあっさりと返って来た応えにワシは少しばかり押し黙る。


『なあに?』

「いや……貴女と幽化は懇意の仲だと思っていた」

『そうよ』


 それが何か? と言う疑問が乗せられている。


「ではなぜそうも簡単にOKを出した?」

『結末などわかりきっているでしょう?』


 それはつまり。


「……ムダと言いたいのか?」

『言いたいの』

「……そうか……まあ、やるだけやってみるさ」


 半分諦めの様子を出しながらの声。やらずに後悔するよりはずっと良いだろうが、こうも簡単に言われてしまうと失笑しか出ない。

 通話を切って、ワシ等はもっと距離を取ろうと移動を始めた。幽化に見つからないようにそっと足音を忍ばせながら。


「…………」


 しかし幽化はそれに気づいていた。

 薄っすらとだがそんな気配がワシ等に届いている。

【覇―はたがしら―】によるジャンクDNAの人体CPU化。それは膂力を挙げただけではなく感知の能力すらも飛躍的に上げている。数多くの人間が手に入れた能力の中でも幽化のそれは極上の仕上がりに思えた。

 であるからこそ、天空に開いた『扉』の存在にも気づいただろう。

 それでも幽化の足取りは軽く、スピードを緩める事はない。

 衛星軌道兵器照射まで――10

 9

 8



 3

 2

 1

 照射。


「「「――⁉」」」


 ジャンヌ・カーラにいる全ての侵入者、看守、囚人までもが爆風によって吹き飛ばされた。衛星軌道兵器から放たれた渦を巻く光の柱がまだジャンヌ・カーラの地上に到達していないにも拘らずだ。

 何と言う轟音。何と言う豪風。その威力推して知るべし。

 そんな兵器の歴史を覆す程のものを幽化は――


「コラプサー」


 ただ一言発しただけで全て――吸収してしまった。






「冗談だろ……」

「まさに――無敵」


 息を呑むワシ等、五人の看守たち。

 看守長サングイスがあれ程自信に満ちていたのもわかる。ひょっとしたらこいつは、幽化はただ一人切縁に手が届く男なのだろうか。


「亜空間に潜む衛星軌道兵器か」


 幽化は一人、呟く。


「邪魔だな。兵器も、国も」


 だから。


「【覇―トリ―】――エスペラント」


 黄金の円環を身に纏い、宙空に向かって手を伸ばし、引いた。


「「……っ⁉」」


 その両手に握られた二人の男の首。その二人とは。

 一人、イラン大統領。

 一人、中華連邦国国家主席。

 幽化は再び手を伸ばす。人にとっての奇跡――希望に触れる為に。幽化の手から光が弾け、空間にヒビが入って――何かが割れた。


「××××!」

「――⁉」

「今、お前たちの国の『文明』『文化』を消失させた」

「××××⁉」


 なんと。そんな芸当まで可能なのか。


「希望を奪い去った。国に関する事柄一切思い出せまい。無論、言葉も――名前すら」


 最早、ワシ等にも国の名はおろか個々の名すらも思い出せない。


「そしてお前たちは人の姿を取っている事すら悍ましい」


 再び希望に触れる幽化。

 すると二人の――元・国のトップの体にヒビが入り、割れた。


「「……⁉」」


 元人間だった二人に与えられた姿とは、その心を反映したもので。


「ハエか。醜悪だな」


 そんな二匹の直下に穴が開いた。


「お前たちは余生をその姿で送るが、人と関わりを持たせるのも惜しい。残りの人生暗闇で過ごすと良い」


 二匹はどこまでも堕ちていき――穴は閉じられた。






「どうする?」

「……紫炎の大鎌を使う。全てを集めて、ワシ等の肉体すらも弾に変えて奴に撃ち込む」

「……最後は自殺か。これではどこぞのテロリストを笑えないな」


 苦笑。諦めの苦笑だ。


「しようがないさ。あれを相手にしてしまった報いと取ろう」

「では――」


 大鎌の刃を重ね合うワシ等。大鎌が紫炎と化し、自らの体も紫炎と化し、その紫炎の塊が幽化に向かって撃ち出さ――


『ムダだ』


 紫炎の塊が動き出すより早く、突如現れた狼のパペット。そのアギトが開かれて紫炎の塊を喰いつくした。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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