第29話「「ジョーカー!」」
いらっしゃいませ。
剣は樹理先輩の頭頂部へと到達し、彼を真っ二つにするように焼き切った。
力強く笑んだままの樹理先輩を。
「?」
何だ、この手ごたえのなさは?
樹理先輩は斬られた。オレが斬った事で仮想の傷がついている。
けれど、いくら仮想の剣とは言えこれまでもう少し斬る感触があったのだが……。
「斬っていないからな」
「――⁉」
声は後ろから。オレの背に樹理先輩の手が当たっていて、逆の手には粘土でできた剣が。
振り返っていたのでは間に合わない。
だからオレは前へと跳んだ。
「ぐぅ!」
それでも浅く切られてしまい、オレは大地を転がった。
無論すぐに起き上がり剣を構える。
そして見た。斬ったはずの樹理先輩が粘土でできた人に変わっていくのを。
「そう言う!」
つまり、いつの間にか樹理先輩は土から作り上げた人と入れ替わっていたのだ。色付けられたんかい。
「さあ、本物の俺を見つけられるかな」
声は四方八方から。
気づけば全ての人々が樹理先輩の形と色を持っていて。
さっきオレを斬りつけた樹理先輩らしきものをイの一番に貫いてみたが残念ながら粘土に戻り灰になって消えた。
……消えた?
そうか、流石の樹理先輩でもこれだけの人々を変貌させた上で復元までは行えないのか。
と思わせといて実はできるってパターンはなしで。
「どれが本物かわからないなら!」
復元できない今がチャンス。
全ての人々を焼き尽くす。
人魂の姿を解き、オレの周囲を回転させて火炎の竜巻を作り出す。
そうして回転の範囲を広げれば、全て焼き払える。
「いっけ―――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
広がる火炎の竜巻。一人、また一人と屠っていき、遂に粘土の人々は0に。
「竜巻の弱点は!」
「知ってます!」
「「頂点から中央に進入できるところ!」」
オレの火炎の剣と、樹理先輩の粘土の剣が轟音と共にぶつかり合う。
火炎の竜巻が消えて、粘土の人々は全て灰になって。
さあ、樹理先輩の手は全て暴いた。
オレの手も全て出し尽くした。
ならばお互い残っている奥の手を出すは今!
「「ジョーカー!」」
などと叫ぶ必要は全くないのだけれど、何となく。
オレの持つ火炎の剣に赤い、覇王のジョーカーの光が宿る。
覇王のジョーカーは過去限定の時間消滅。それとて限界限度があるから使用するタイミングは誤れない。
一方で樹理先輩のジョーカーは?
「え」
と、漏らしたのはオレ。
だって龍がいたから。
海蛇から変貌した一水とは違う、橙色の光の龍が、四匹。
一水よりも一回り小さく、一水の子供にも見える光の龍。
それぞれがピンク・黄金・銀・透明な龍の玉を爪にしっかりと持っている光の龍だ。
「順序通りに行こうか」
樹理先輩の言葉に龍へと向けていた視線を彼に移す。
順序、だって?
「まずは【春】」
一匹の光の龍が持つピンクの龍の玉が輝く。
すると。
「これは」
桜の花びらが舞った。
木が現れたのではなく花びらだけだ。
大地に、水晶柱に、河へと辿り着く花びらは一面の絨毯のように広がって降り積もる。
「俺のアイテムは自然災害だった。
けどな、ジョーカーは『恵み』だよ」
「恵み?」
「そうだ。
だから――」
笑い声が聞こえてきた。
邪悪な嗤い声ではなく、楽し気な子供の笑い声だ。実際に子供はおらずただ響く笑い声はまるで幽霊屋敷にでも迷い込んだかのような錯覚を与えてくる。
震えと同時に心が弾む不思議な気持ちになった。
「日本人にとって、春とは新たな一年の始まりだ。
様々な出来事が始まる季節。
宵くん、君の心にも春の恵みをあげようか」
花びらが舞う。
その内の一枚がオレの目の前を通り過ぎて――景色が変わった。
「これは……」
赤ん坊だ。
病室にて一人の赤ん坊が母親に抱かれていて、姉と見られる幼児が赤ん坊の額にキスをしていた。
いや幼児って言うか……写真と映像で見たお姉ちゃんにそっくりなんだけど……。
母親もオレのお母さんの若い頃にそっくりだし。
お? 若いお父さんが現れた。
現れて、赤ん坊を見つけると大泣きを始めた。
お母さんを・お姉ちゃんを・赤ん坊を抱きしめて泣くのだ。
喜びを爆発させて。
あの赤ん坊……オレ、だよね?
とすればこの光景はオレが産まれてすぐ、だろう。
オレはオレの産まれた瞬間を見せられているのだ。
「いや困る」
幻覚能力であるのは理解した。
ではどうやったら解ける?
どうやってここを抜け出せば良いんだ?
オレは家族のいる病室から外に出る。廊下だ。いたって普通の病院の廊下。薬品の臭いが鼻に届く病院の廊下だ。
どこにどんな罠があるかわからないから用心して廊下を進み、階下に降り、病院の外へ。
誰かが襲ってくるかもと思ったがそれもなし。
ただ病院の外の景色はただ白く、桜の花びらが舞っているだけだった。
「ええ……」
暫しそんな白の景色を歩いてみたけれどどこにもぶち当たらずに延々と歩き続けられそうだった。
「……斬れるかな」
火炎の剣を振りかぶり、降ろす。
花びらが風に押されて上へと舞ったがそれだけだ。
では次だ。
火炎の剣で地面を斬ってみた。
が、降り積もった花びらが上へと舞うだけで白い地面は斬れずに。
「う~ん」
この幻覚を仕掛けたのは樹理先輩だけれど彼がオレの産まれた瞬間を知っているとは思えない。
つまりこの光景を生み出しているのはあくまでオレ。
オレが意識しなければ幻覚は消え去るだろう。
まずは目を閉じて意識を集中させる。
全く別の事を考えれば消えるかな。
最初に浮かんだのは涙月。彼女との日常。
だが、閉じた目を開けてみても白の景色は消えずに。
もう一度目を閉じる。
次に浮かんだのは妹の事。さっきの光景に引っ張られて妹が産まれた時を思い出した。
目を開ける。変化なし。
うん、ダメっぽい。
それなら。
「もう一度、あれができれば」
つい先程奇跡的に起こせた『力だけの殺傷』。
あれだ。あれを以てすればこの力も斬れる。
火炎の剣を真正面に構える。
ギュッと力強く剣を握って意識を集中。
雑念は捨てろ。
無心になれ。
そうして見つめるんだ。オレの倒すべき相手を。
形にしろ、力の波動を。
ぼやっと浮かび上がる、ピンク色の人影。
オレはゆっくり脚を動かし人影に近づいていく。
まだ剣は届かない。
今から放つ一閃に力はいらない。
だから、最接近して斬るだけで良い。
ゆっくりと余計な念が篭らないよう脚を動かし続け――良し、この位置なら。
オレはピンクの人影に向けて剣を静かに振り下ろした。
「――!」
人影を斬った瞬間白の景色が霧のように散って晴れて。
そうして景色は高天原と言うバトルフィールドへ。
「樹理先輩!」
は、どこにいる?
お? 移動してないや。
てっきりオレが幻覚に落ちている間に一撃ならず二撃・三撃と貰っていると思ったのだけれどそれもなく。
「……戻ったようだな、宵くん」
「ひょっとして……ジョーカーを使っている間は別の行動がとれない?」
「俺はな。
だから普段は一水に攻撃を任せるのだが――」
横たわる一水に向けられる、目。
呆れでも憎みでもない友を見る目だ。
「残念ながら今それはできない」
目をオレに戻して。
「ゆえに他のユーザーが減ってくれるまで君に幻覚を見せ続けられれば、と思っていたのだが、思いの外早くの脱出だ。
流石」
「どうも!」
と言いながら剣を構える。
火力を最大に、大きく上に振りかぶり。
「はっ!」
火炎の剣閃を樹理先輩に向けて飛ばした。
だが黄金の龍の玉が輝き、
「ジョーカー【夏】」
剣閃がかき消されたではないか。
「なっ?」
「夏の恵み。
陽光だ」
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