第289話「さあ見せてやれ! パトリオット隊士の神髄を!」
ごゆっくりどうぞ。
ガ――――――――――――――――――――――――――――――――――――!
轟音を響かせながら光の柱が落ちて来た。勿論ワシに向けてだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
光に全身を焼かれるワシ。悲鳴、絶叫。皮膚が爛れて目が光を失い。
「クオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
光の重圧に押されながらそれでもワシは手を前に突き出す。
「ゆけぇ!」
爪牙の毒針が、キルを襲った。
「だがムダだ!」
地上に広がる光のカーテン。オーロラ。
その光がキルを中心に収斂して球形に地の雷が放たれ爪牙の毒針を消し去ってしまう。
「ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううう!」
一方で天の雷は尚も降り続けてワシを傷つけていく。
「……?」
しかし表情を歪めたのはキルの方。
天の雷をこれだけの時間浴び続けてなぜ死なない? とっくに骨ごと消失していておかしくないはずだ、と。
「お前……何をしている⁉」
「くぅ―――――――――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ワシの言葉が変わった。いや言葉とは言えない苦痛の声が様相を変えた。それはもう雄たけびに似た咆哮。自分で言うがとても圧されている側の出すものではない。
「ハァ!」
「――!」
天の雷が別の光に押され始めた。ワシから立ち上る光にだ。その色は爪牙の色とうり二つ。
「まさか……天の雷を喰っているのか⁉」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ちぃ!」
地の雷をワシに向けて放つ。
「効か――――――――――――――――――――――――――ん!」
より太くなる爪牙の光。地の雷はそれに吸いこまれてワシの体に届かない。それどころか爪牙の光はとうとう天の雷の発着点にまで達して光を全て喰らいつくした。
「ハァ……ハァ……」
肩で息をするワシ。姿は見るも堪えない程に傷ついているが、生きている。
「…………」
ギリ……、キルの歯が噛み合わさる音が小さく鳴る。
天の雷も地の雷も通用しなかった。そんな相手は初めてなのだろう。キルが個人で打てる手はなくなったか?
しかも。
「傷が……⁉」
ワシの傷が消えていく。【覇―はたがしら―】か何かの力の影響を受けて治療されているのかと言うと。
「治療……とは……違う」
まだ治っていない口を僅かに開きながら、ワシ。舌も大火傷を負っていた。
「なに?」
「爪牙の力で……傷を喰っているのだ」
「なっ……」
そんな事までできるのかとキルは今は無き目を瞠る。
「お前の方はもう打ち止めのようだな」
そう言う頃にはもう傷はなく。
「だがワシがここまでしたのは切縁・ヴェールと戦った時以来だ。良くやったよ、後悔なく、死ね」
「……確かに、俺個人に勝ち目はなくなった……だが!」
「――っ⁉」
中空から現れた黄金の鎖に体を絡め捕られるワシ。
否、それだけではない。方陣、氷、縄、大蛇。様々な物が纏わりついている。
「何だこれは⁉」
「俺個人では勝てない。だが、俺にはお前にないものがある」
「――! そうか!」
できる限り首を振って状況を確認する。視線の先に次から次へと入ってくるものは――パトリオットの隊士たち。
「お前は俺たちに時間を与え過ぎた」
「……回復したのか……」
「しかしパトリオットは殺人集団ではない。お前が退きこの戦いに関わらないと言うなら見逃すが?」
あくまで平和の維持が目的の集団だから、と。
「……仲間を得て随分上からになったな。優位に立ったとでも?」
「違うとでも?」
「こちらはまだ、ジョーカーを残していると言うのに!」
「――!」
鈍く重い音が鳴って、キルの左腕が肩から吹き飛んだ。
「っく!」
急ぎ場を離れて背後を確認するキル。今の攻撃は背後からだ。咄嗟に身を捻られたから左腕が飛んだだけだが元は心臓を――【アルターリ】の核を狙ったものだ。
そんな一撃を放ったのは。
「……盗られたか」
何と、パトリオット隊士の一人だった。
『盗られた』――意識をワシによって。
「お前のジョーカーは……」
「動物の愛玩化。人心掌握とワシは呼んでいるがな」
ワシを捕えていた力が緩み、隊士たちの目がキルに向く。
「まぁ、掌握できるのは人間に限らないが」
「……っち」
「さて」
じりじりと足を滑らせ始める隊士たち。キルに向かって距離を詰めているのだ。
「改めて言わせてもらおう。死ね」
「【覇―トリ―】――エスペラント!」
黄緑色の太陽がキルを包み、体に円環が現れた。
「そうか、まだそれがあったか。がそれはこちらも同じ。
【覇―トリ―】――エスペラント」
銀鼠色の太陽に包まれるワシ。キルと同じく円環を纏う。
二人は同時に隊士たちの希望に手をかける。キルは希望を与え自我を呼び起こさせる為に。ワシは希望を掌握し、人心を掌握する為に。
【覇―トリ―】の力が光の洪水となって二人の目に映る。隊士たちを呑み込む光の洪水は押し押されて燻ぶって輝きに満ちる。
「どうやら――」
「【覇―トリ―】の力は互角らしい」
かと言って止めるわけにもいかない。
パトリオットの隊士たちはキルにとってかけがえのない仲間なのだろう。決して奪われてはならないものだろう。キルは瞬きをする力すら惜しみ【覇―トリ―】へと意識を集中している。これは……。
「仕方ないな」
そう言ったのは――ワシ。
「キル、お前は思い違いをしている」
「何?」
「仲間がいるのはお前だけではないのだ」
「――⁉」
なんと。隊士の体が――爆発した。
「何⁉」
見るも無残に爆散した隊士たちの体。これは外からではない。中からの爆発による影響だ。
「あ……ああ」
言葉を失うキル。【覇―トリ―】の力が消えて、ワシも力を消した。
「良くやった。我が愛しのケムト」
そっと、ワシの傍らに身を寄せるものが一人。女形の白き【アルターリ】ケムト。ワシの恋人であり囚人である。ただ意識は掌握しているが。
「語るは嫌いではないがあえて今一度言おう。死ね、キル」
巨大な毒針の杭を造り出すワシ。それがゆっくりと放たれ――
「あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
しかしキルから放たれた強力な閃光によって消し飛ばされた。
「これは⁉」
先程見せた地の雷だ。それがキルの嘆きに呼応して暴れ回っている。
「暴走か! 何と惨め! 醜悪!
仮にもパトリオット隊長に就く者が仲間の死で力の制御を失うとは!」
「……許さない」
「許されずとも結構! 当初よりお前の許し等乞うてはいない!」
「せめて! お前の命を寄越せ!」
これまでにない凶悪なオーラが滾って見える気がする、それほどの怒気。
「どうする⁉ どうやってワシの命を奪う⁉ お前の力は全てワシに通じぬと言うのに!」
「哀れな我が友たち! 今希望を与える!」
キルから再び放たれる【覇―トリ―】の力。それらは隊士たちの飛び散った遺体に宿ると――それぞれから体の一部を召喚し、一人の人間を造り出した。
「何ィ⁉」
「さあ見せてやれ! パトリオット隊士の神髄を!」
それは意識すら持たないただの屍の人形。しかしそれでもそれは一歩を踏み出し、二歩を踏み出し、ワシに向かって歩いてくる。
「ケムト!」
白い【アルターリ】がアイテムを放つ。任意の場所にあるものを爆弾化する鱗粉。パトリオットの屍の内部に入り込んで――爆発は起きなかった。
「ムダ! その屍は希望の塊! お前たちの如き力で破れるか!」
「ならば!」
「させぬ!」
爪牙の毒針の大量出現。だがすぐさま放たれる地の雷に消し飛ばされる。
屍が駆け出した。ワシに接敵し、無敵の拳による殴打。顔を殴られて転がるワシ。しかし痛みと傷は爪牙に喰われ消える。
ただ姿勢が悪い。転がって横になっていたところに屍が覆い被さり、顔面への殴打のラッシュ。
「ヤ……メテ……」
「――?」
言葉を放ったのは、白い【アルターリ】。その間も続く殴打。
「ヤメテ!」
叫ぶ白い【アルターリ】。良く見るとないはずの涙を流している。
「ケ……ムト……」
殴られながらワシは恋人に向かって手を伸ばす。
「ケムト!」
「……やめろ、屍」
キルに従い、殴打を止める屍。立ち上がりキルの元へと戻っていく。
その間に白い【アルターリ】はワシに駆け寄って上半身を起こさせる。
「……この勝負は」
「……ああ、幕引きで良い」
女に心配などかけられない。かけてしまった時点で男は戦士ではないとキルもワシも考えた。
「……行こう、糸未、我が隊士」
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