第287話「改めて言おうか。さようなら」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「向こうもやられたか」
ワシは宙で横になる大鎌に腰かけてジャンヌ・カーラの戦況を確認する。
劣勢。
こちら側が劣勢であるのを認識し、
「だが」
目の前で横たわる女性に視線を向ける。
「パトリオット隊長、糸未=アロ。並びに隊士諸君はここで終わりだ」
体に無数の針を刺されて横たわるは糸未たち。
「ワシのアイテムであるそれには毒が塗られている。筋肉を弛緩させるものでそれ自体の殺傷能力は低いが――」
大鎌から尻を降ろして大地に脚を着く。軽い足取りで糸未の傍に寄って、
「こうして抵抗もできない奴の首を落とすのは幾らでもできる。できるが……何とも申しわけなく思うよ」
大鎌が、糸未の首に向けて振り下ろされた。
固く高い音が響く。黒い街の黒い道路に大鎌が突き刺さった音だ。
「……どう避けた?」
糸未に向けて降ろされた大鎌が空を切ったのだ。
確実に当たると思われた大鎌を見ながらワシは単純な疑問を糸未に投げかける。
別に糸未の動きが見えなかったわけではない。ただ、不可解な動きだったのだ。毒針を受けて動けた事もそうだがその体が何者かに投げられたように見えた。
もしや。
「パペットか?」
透明なパペットは存在する。しかしワシを含めて殆どの人間にはパペットの気配が何となくだがわかる。そう言う風に作られているから。でなければ悪事のし放題になってしまう。
だが今パペットの気配は感じられなかった。感じられるのは糸未と隊士の気配だけ。
「アイテムか?」
それとも。
「パトリオットの特殊武装か?」
「…………」
糸未の体は転がっている。毒の影響で口から漏れる呼吸も荒い。筋肉が弛緩しているからワシの問いに応える事もできない。最も応える気などさらさらないだろうが。
「まあ良い。次こそは首を落とそう」
横になっている糸未に再度近づき、大鎌を構える。今度は振り降ろすのではなく糸未の首に先端を当ててゼロ距離で刈り取る姿勢だ。
「改めて言おうか。さようなら」
大鎌が、糸未の首を刈った。
ごろ……、僅かに揺れる糸未の首。予想よりも血が出ないがまあそんなものだろう。
「さて、隊士諸君。隊長はいなくなった。
副隊長は誰だ? 次はそいつの首を刈ろうと思うのだが」
「…………」
「――⁉」
目を瞠った。ワシがだ。目をそらした糸未から殺意を感じたから。
振り返り、糸未を見――れなかった。糸未の死体がない。針だけを残して体が忽然と姿を消している。
首も、胴体も、流れ出た血さえ。
「何……?」
糸未を探して目を走らせる。しかしどこにもいない。
「何が起きた?」
次の瞬間、背筋に冷たいものが流れた。悪寒だ。
ワシは振り返る時間すら惜しみ前方に飛び退いた。だが。
「――っつ」
血が、地に落ちた。ワシの項から。咄嗟に避けたから傷に深さこそないが後一歩遅ければ首は落ちていただろう。糸未の振り降ろした大斧によって。
「……良く避けたな」
毒の影響など受けていないのか、大斧を構えながら、糸未。
「そちらこそ良く動けるものだ」
「…………」
「そうか。わかって来た」
ワシは倒れている隊士たちに目を向ける。
「倒すべき相手が間違っていたか。
改めて問おう。副隊長は誰だ?」
応える声はない。
「まあ、こそこそ隠れる臆病者に名乗り出る勇気はないか。
なぁ? パペット――『糸未』」
「…………」
「沈黙は肯定と取ろう。
糸未、お前は副隊長――いや本当の隊長のパペットだ」
糸未はパペット。その証拠に――
「もう隠してもムダか」
糸未の体にパペットの証である内側からの光が現れた。
「ワシの毒はパペットにも有効的に作用する。しかし一度顕現を解いたパペットは毒を残して消える。お前が復活したのはパペットだからだ」
『そうだ』
「ワシの大鎌を避けられたのはマスターユーザーが遠隔操作したから」
『そうだ』
「ならば、今度はパペットであるのを念頭に相手をしよう。パペットとて殺す事はできるからな」
内ポケットから血止めの薬を出して項に塗る。薬のキャップを閉めて元の場所に戻し、改めて大鎌を構える。
「お前が死ぬまでにマスターユーザーは出て来るかな?」
「出るとも」
「――!」
隊士の一人が、立ち上がった。
「成程、お前が」
「パトリオット隊長、キル=アロ。宜しく」
パラパラと毒針が体から抜け落ちていく。
「驚いたな」
キルの体を見て、ワシは言う。
「その皮膚の下、【アルターリ】か」
パトリオット隊士の制服の下にあるのは普通の青年の体に見える。しかしワシは悟った。毒針が効かない存在――それは毒を通さない鋼鉄の体以外にあり得ない。ロボットであるならばパフパフ辺りが気づいただろう。しかしそんな報告は入っていない。
であるならば残った選択肢の内最も有力なのは【アルターリ】だ。
「俺は自分の能力ではユメを含め“メル”の監視はできないと思った」
「だから人間の体を捨てたか」
「そうだ。【アルターリ】第一号としてこの体を頂戴した」
体を手で払って、汚れを落とす。
「成程。任務に忠実な男だ。
先程の臆病者と言う言葉は撤回しよう。仕事に生きるのは悪くない」
「誇りを持っているからな」
「ワシにもある」
「だから――」
「ここは通さん」
糸未がバックステップでキルの横に並ぶ。
「こちらも使わせてもらおうか。
パペット――『ヌエルカムラ』」
顕現するワシのパペット。姿は虎。真っ白な大虎だ。
「「行くぞ」」
まず大虎が動いた。力強く道路を踏みつけ素早く動きあっと言う間にキルと糸未に接近する。
『ガア!』
大きな口を開き牙を見せる。キルの首に咬みつこうとしその間に糸未の大斧が入り込んで来た。
大斧に咬みつく大虎。大斧が、容易く砕けてしまった。
「『な』」
糸未の持つ大斧はパペットが持つ武器としては上物だ。固く、重く、獲物を容易く切り裂く。それが大虎の一咬みで熱したバターのようにするりと割れた。
「糸未!」
『ああ』
大斧の残りで大虎の腹を殴りつける。大虎は飛び退き、二人は警戒しながらも大斧の砕かれた部位を改める。
「これは……」
咬み砕かれたにしては牙の痕がはっきりと残っている。
疑問に思うだろう。これは間違いなく、牙に秘密がある、と。
『確かめる!』
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