第286話「聖剣の神髄を、見せてやる!」
ごゆっくりどうぞ。
言葉すら口にできない。
体内に侵入した水分は喉を通り胃を通り、細胞を通って体の不調を呼び起こす。
「「「ウチカラヤブルノハタヤスイガ――ン?」」」
思うように破れない。皮膚組織が予想よりも頑丈なのだ。
「「「……ソウカ。【覇―はたがしら―】ノシールドガジャマカ。ソウイエバ【覇―はたがしら―】ヲツカウモノノナカニハイッタコトハナカッタナ」」」
二人のせめてもの抵抗。まだ、ここで死ぬわけには行かないのだろう。仲間が死傷された。がアンチウィルスプログラムは私情で任務を汚さない。それをしてしまえばただのゴロツキに等しき集団になってしまうのであるから。
しかしだからこそ任務を確実に遂行する。それでこそ仲間も報われると言うものだ。だからここで死ぬわけには行かない。
なんとまあクールじゃねえか。
「「「ム? コレハ――スノーニハイッテイタスイブンガジョウハツ?」」」
「ぐ……ぉ」
同時に口も動き出し。
「「「マサカ……」」」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「「「ナニ――」」」
スノーの体が、二度炎に包まれた。
「「「マジョノホノオ! ミズカラヲハッカサセテオレヲコロスキカ!」」」
だがそれは諸刃の刃。炎はスノーの体すら焼いてしまう。
「それでもだ!」
「「「チィ!」」」
全ての体の機能を取り戻すスノー。体は重度の火傷を負っているがそれでもまだ動く。だから。
「【覇―トリ―】――エスペラント!」
だから、望んだ言霊も口にできる。
スノーの体を包む薄紫の小型太陽。気迫を表すかのように燃え盛り、広がり、体に円環が燈った。
「「「ダガマンシンソウイノカラダデナニガデキル⁉」」」
「くオオ!」
腕を伸ばす。その先にいるのは囚人ではなく、氷柱。
「後を任すぞ! 氷柱!」
氷柱の体内に侵入していた敵性水分が消えたか。希望を操作し敵からそれを奪ったのだ。希望一つなくなった敵性水分は消え去り、氷柱の体は自由を取り戻した。
「【覇―トリ―】――エスペラント!」
叫ぶように唱える氷柱。体が白銀色の太陽を纏い、炎が弾けた後に円環があった。
「「「ダガソレハコチラニモアル! 【アルターリ】ノキノウヲミクビルナヨ!
【覇―トリ―】――エスペラント!」」」
赤紫色の炎が一帯を包んだ。そこいら中の水分に溶け込んでいるからこその現象だ。次いで炎が消えて、大小様々な円環が幾つも浮かび上がった。
「「「オレノミライカラキボウハウバワセナイ!」」」
こいつ――この囚人は【アルターリ】の体を持つまででさえ体の大半が機械だった。事故に巻き込まれたのだ。乗っていた電車が運転士の居眠りでカーブを曲がり切れずに脱線した。凡そ百名が死亡し、凡そ三十名が負傷した大事故だ。
囚人はその時首から下を潰された。
それは再生医療でも追いつかない程の重傷で、両親は幼かった囚人の体を頭部移植によって支える事にした。生きている体で頭部移植が行われるのはそれが初めてで残念ながら人間の体の使用はまだできなかった。だから囚人に充てがわれたのは機械の体であった。
周りの子供たちは囚人を蔑視し、その体に電気を流した事さえあった。子供の無邪気さは時に悪魔と化ける。
それでも囚人は耐えた。
囚人は大きく成長する毎に生死を彷徨いながら体を変える手術を受け生き続け、二十四の頃に切縁・ヴェールと出逢った。
そして【アルターリ】の体を与えられ、彼女は約束する。「私めの願いが叶ったならば貴様に生身の人間の体を作ってやろう」と。切縁・ヴェールの願いが途方もないものであるのは知っている。だがワシやこいつの知る限り切縁・ヴェールが約束を破った事はなかった。だから囚人は切縁・ヴェールを信じ、その行動に手を貸す道を選択した。
だからこそ。
ここでの負けは許されない。
「「「タトエタイナイニハイレズトモ!」」」
氷の刃が作り出される。その数ゆうに那由他。
「「「オレノユウイハユルガナイ!」」」
「聖剣」
「「「?」」」
「そうぼくは――オレはパペットウォーリアで呼ばれた」
「「「アンナアソビガドウシタ」」」
「遊び。確かにあれは遊びだろう。だけど! オレたちはそれにプライドをかけ戦い抜いた! そしてアンチウィルスプログラムに入ってその名に恥じない実力を目指した!」
「「「ソノオマエニヤイバデイドムノハオロカダト?」」」
「そうだ!」
那由他に生まれた氷の刃。その全てを打ち砕く更なる銀の剣。氷の刃は砕け散り、
「「「ムダダ」」」
それでも氷柱に向けて降り注いだ。
「ムダなのはそっちだ」
氷柱の体が光に包まれた。星章ではない。エナジーシールドでさえない。エネルギーソードの中に自らの体を納めたのだ。
「「「ナント⁉」」」
氷の刃はバリアを突破できずに。
「スノーさん!」
全身に火傷を負って倒れ込んでいたスノーの体もエネルギーソードで覆う。
「聖剣の神髄を、見せてやる!」
「「「オマエノキボウヲウバウ!」」」
巨大な体を維持していた囚人の腕が氷柱に伸ばされる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
しかしその手が届くよりも先に氷柱の全身が発光した。
「「「ナンダ⁉」」」
光はまさに太陽の如くに世界を照らし、囚人の命そのものを――斬った。
「「「ナニ……」」」
斬撃の『切れ味』だけを飛ばす氷柱の奥の手。ああ、こんな情報もあったな。アンチウィルスプログラムに入ってからスノーにマスターしろと言われていた力だったか。
更に現象そのものを斬る『希望の刃』。これは情報になかったな。つまりこれを試すのは初めての事か。クール。
「「「……クソ…ユルセ……切縁――」」」
その言葉を最後に、数秒だけ雨が降り続いた。囚人が乗っ取った水分が全て地上に落ちたのだ。
前にも後ろにも倒れずに――
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