第283話「実にかっこE」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
黒いスーツに身を包んだ二人が黒い街を行く。特に隠れもせず、会話も殆どない。それは既にワシに見つかっているからだ。
アンチウィルスプログラム――スノーと氷柱。二人は互いに背を預け合って周囲の警戒を怠らない。怠っていないのに。
「相変わらず出てくる気配はありませんね」
「ああ」
ワシに見つかっている。同時に攻撃も受けている。けれど肝心のワシは出て来ない。
「上です」
氷柱の言葉にスノーは行動を以て応えとした。アンチウィルスプログラムに支給されている銃をまっすぐ上に向け、撃つ。
狙撃されたのはこの街から放たれた黒い自動飛行射殺マシン、数は三機。ワシの攻撃の隙間を縫って動き続けるこのマシンによって何発もムダ弾を使わせている。弱いが数にキリがないのだ。
そうしている間にもまた。
氷柱の銃によって落ちて来る蜘蛛型自動射殺マシン。ビルに憑りつき、街灯に憑りつき、モニュメントに憑りついて様々な角度から撃っている。
「まずあれを何とかしないと――」
「焦るな。ゆっくり進め」
「はい」
背を預けながら二人は言葉通りゆっくりと進む。足を滑らせながらじわりと。
目的はこのバトルフィールドを囲む四つの塔の一つ。そいつが撒き散らす光子によって二人はパペットとの同化どころか【覇―はたがしら―】の機能が阻害されているのだ。
アンチウィルスプログラムには銃とナイフが支給されているがそれでは心許ないのだろう。だからまずは塔を破壊しようと動いている。
だが、破壊しなければならないのに。
軽い音が道路の端で鳴った。
スノーはすぐさまにそれを撃つ。しかし弾かれるだけでそれには穴一つ空かない。
それとは、コインだ。金貨。これこそがワシの攻撃なのだ。
コインは弾かれた先にあった窓ガラスに当たるとガラスの中へと溶け込む。するとガラスが軋み、割れて奇妙な獣に化けた。
コインで物を買い味方にする――これがワシのアイテムの能力。
「キシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシキシ!」
ガラスの獣が吠えた。
「来るぞ」
それを合図にガラスの獣は道路を踏みつけ、走り出す。
二人は間を開ける形で飛び退いてそこにガラスの獣が襲い掛かった。ガラスの獣は二人を交互に見た後体を震わせ、両者に向けてガラス片を射出する。
「くっ⁉」
ガラス片はエナジーシールドを貫通し、スーツにまで到達し皮膚を浅く切っていく。一つの傷自体は小さいものの多く傷つけられると出血量は自然と多くなり、体温も低下していく。
氷柱はガラスの獣に向けて銃を撃つ。しかしガラスの獣の動きは俊敏でかすりもしない。
「なら!」
ナイフを抜いて直接攻撃。情報によると剣を使った攻撃には慣れているがナイフはアンチウィルスプログラムに所属してから習ったもの。それでも習得の速さをスノーに褒められた事があると言う。
氷柱は獣をビル壁にまで追い詰め、口にナイフを突き立てた。
が、ガラスの獣は爆散し氷柱の体を傷つける。
「氷柱!」
爆散したガラス片の中からコインが飛び落ちる。
氷柱はそれを掴み――
「――⁉」
コインはスーツへと溶け込み始めた。氷柱は即座に手首の部位からスーツを切り離して投げ飛ばす。
手袋だけになった部位にコインは溶け込み、形を変えて小さな獣になった。
スノーはそれを射撃するが銃弾が通らない。スーツの強度を保っているからだ。アンチウィルスプログラムのスーツは固いのではない。逆だ。柔軟性を以て衝撃を分散する。銃弾もナイフも防ぎきる。
だから獣は避けもせずに悠然と駆けて。
スノーは腰のポーチからサイコロ大のキューブを取り出すと獣に向かって投げつける。キューブは途中で形を変えて網に。獅子でさえ嚙み切れない強固な糸で編まれたものらしい。
網はうまく獣を捕え、獣は脚を止めた。網の中でもがく獣は小動物が暴れているようで。
「氷柱、警戒しろ」
「はい」
すぐに黒い街からの援護が来る。飛行型・蜘蛛型・更に蛇型まで。上から横から下からとやって来るそれらに銃弾を放っていると、
チン
と音が鳴った。手袋からコインが別れて一度道路に跳ねたのだ。コインは次に自分を絡め捕っていた網に溶け込み、やはり獣の形をとった。
「しゅるるるるるるるるるるるるるっるるるるるるるるっるるるるるるるっるる!」
そいつはひと鳴きすると三つの網の尻尾を振り回し氷柱とスノーに向けた。尻尾の先端が大きく口を開けて――二人を捕えた。
その時、
「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」
氷柱とスノーが絶叫した。網から電気が流れて来たのだ。元々網に備わっている機能であったが武装したアンチウィルスプログラムには効くはずのないもの。しかし今氷柱の左手は素手で。更に二人のスーツには浅い切り傷が。そこから感電したのだ。
気を失う氷柱。
スノーは何とか持ち堪えたが網に捕らえられてまともに動けない。
だから二人は黒い街からの射撃を受けてしまい、頭を包んでいたヘルメットが割れた。
「ク――――――――――――――――――――――――――――――――――――ル!」
そんなバトルフィールドに響く男の声。
ダッシ、ダッシと靴から盛大な音を出しながら男は、ワシは道路に仁王立ち。腕も胸の前で組んで自分で言うのもなんだが実に不遜な態度である。
「二人そんな顔してたんだな。一人は壮年の親父。もう一人はまだ子供か。
良いぜ良いぜ実にかっこE」
「ぐ……」
スノーは傷ついた体をおして懸命に立ち上がる、がその体は痛みで震えている。
「無茶すんなよ。それはそれでかっこEけどな、退き時を見失えば逆にかっこ悪いぜ」
ワシは背に担いでいた大鎌に手を伸ばすと言った。
「惨めな最後を見たくねぇ。だから、首狩ってやるよ」
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