第28話「人の最大の敵は人なわけだ」
いらっしゃいませ。
人魂を火炎の剣に変えて駆けるオレ。
樹理先輩は――何も持たずに駆ける。
素手で剣をさばくつもりか?
そう考えるのも一瞬。すぐさま二人、肉薄して。
樹理先輩がどんな手を使っても斬り裂く!
と思いつつ刺突を彼の心臓へ。
このタイミングならば貫ける!
「――⁉」
言いようのない怖気が背筋に走った。
だからオレは剣を止めて一足飛びに樹理先輩をやり過ごして彼の後方へと回った。
その瞬間オレがいた場所へと落ちた雷。地を穿つほどに強力な一撃。
落雷?
「良く避けたな!」
振り向く樹理先輩、と同時に再びオレへと落雷。
「くっ!」
オレはそれも何とか避けて。さっきから妙に感が働くのはきっとアエルと繋がっているから。アエルの獣としての直感がオレに働いているのだ。
しかしどうしてこうも落雷が続く? 樹理先輩が使用しているのは白の宝玉のはずだろう?
「はっ!」
三度目の落雷。今度は退かず前に出てかわし、樹理先輩に斬りつける。
その時だ。白の宝玉が一瞬樹理先輩の体に隠れた。オレの視界から消えた。
「――!」
四度目の落雷。だが今度はオレ狙いではなく、落ちた先は樹理先輩の両手。
しまった。
樹理先輩の左手が動く。オレの剣にそっと触れるように動く左手によって剣の軌道が曲げられる。
そして右手が動く。手刀の形を取った右手が。
雷を纏い、鋭利な刃物となった手刀がオレの右肩から腹までをも斬り裂いた。
「ぐぅ!」
おまけに電気も流れ込んできて。
固まるオレの体、の胸の中心に樹理先輩の両手が触れる。
「はっ!」
電撃一発。オレを貫く。
まだだ、意識は失うな。失えばそこにトドメの一撃が来る。
オレの体は背後に飛ばされ、しかし手を大地について次いで足をついて何とか倒れずに。
そんなオレを追撃する樹理先輩。
そんな彼の体に隠れる白の宝玉。ともう一つ、碧の宝玉。雷の宝玉。
この人は白と碧を体に隠して一瞬だけ発光を入れ替えている。
単純にして厄介な手だ。
けどタネさえ割れれば。
顔をあげる。あげて樹理先輩を睨みつけて彼の思考を読む。
オレは今両脚で立ってはいるが不安定だ。雷撃を受けて体に痺れが残っているから。オレに対する次撃を確実に入れる為には――足元を崩す。
「お?」
樹理先輩の掌から放たれた雷を跳躍してかわすオレ。雷の狙いはやはりオレの足元。
そして跳躍したオレの体は樹理先輩の真上。
白の宝玉も碧の宝玉も見えている。
このまま一思いに頭部を焼き貫く!
が。
「ふっ」
樹理先輩が、笑んだ。
「どわ!」
途端ぶっ飛ばされるオレ。風の力で飛ばされた。白の宝玉は輝いているままなのに。
――まさか。
「できないと思っていた」
風に乗って届くは樹理先輩の嬉し気な言葉。
「二つの宝玉を同時に起動させるなんて!」
実際できなかったはずだ。オレと戦うまでは。いや戦っている時でさえ。
それを、この土壇場で覆した。
成長してみせたのだ。
「これで!」
「う――ああ!」
巻き起こる風に自由を奪われるオレ。
と、風が止んだ。
代わりに樹理先輩の手に氷水の剣が。
「喰らえ!」
氷水の剣が突かれる。オレの心臓へと。
避けられない、防御は間に合わない。
ならば!
「!」
「オ―――――――――――――――――――――――――――――――――――ア!」
氷が割れる音がした。
防御ができないなら、攻撃だ。
不格好に振るわれた火炎の剣は氷水の剣を砕き、しかし。
「――なっ⁉」
体を草葉によって――いや樹木によってとらえられる。
樹理先輩の茶の宝玉の力だ。
だが、樹ならば燃やせる!
火炎を放つ。体を捕える樹木にすぐさま火は燃え移り、燃え上がり。
けれどもそこに更に。
燃える樹木が石になっていくではないか。
樹理先輩の、黒の宝玉だ。
石化が進む。樹木は完全に石になった。
次いで黒の力はオレの体すらも石に変えようと侵入を始めた。
「こ! の!」
オレは何とか火炎を用いて『力を焼く』。
この技術もまた先程までのオレにはできなかった事だ。土壇場で、恐らく奇跡的に発動した力の使い方。
黒の石化は防げた。だが体の自由は取り戻せていない。石化した樹木に阻まれたままだ。
だからオレは樹木を溶かそうと試みた。
その間に最後の宝玉――赤の宝玉が輝いていて。
まだ樹木は完全に焼き切れていないと言うのに今度は何だ?
「え?」
突然の、致命的な攻撃は飛んでこなかった。
だが代わりに土が盛り上がった。
至るところの土が下から何かに押されて盛り上がっている。
いったい……?
オレは樹木を焼くのを忘れずに、けれど土の動きも注視する。
土はどんどんと盛り上がって、割れる。
割れたそこには――人の手が。
「人、の……手?」
至るところの土から、なんと人がたくさん出てきたではないか。
「なん……」
それも神さまに塗り忘れられたかのような白色の人たちだ。
少し前に見た労働者人形と似ているがこちらは目もなく、鼻もなく、耳もなく、口もなく。
意識は――あるように思えない。
て言うかやけにぐにゃぐにゃした動きだ。骨もないのだろうか?
これではまるで、人の形をした粘土。
「俺の宝玉は」
言葉を発するは樹理先輩。
「自然災害に由来する九つの力。
水。
地。
風。
火。
海。
雷。
木。
石。
そして最後は人だ。
人の最大の敵は人なわけだ」
その粘土のような人々が――動いた。
「――⁉」
どうしてか多くの人々がオレを通り過ぎていく。
襲って来ない?
のは良いとして、オレの左右に一列に並ぶのはなぜに?
何て思う必要はなかった。答えがあっさりと提示されたからだ。
左右一列に並んだ人々は手を取り合い隙間を失くし、オレが逃げられないようにしたうえで残った人々が突撃したのだから。
イヤそんな事しなくても逃げないから左右自由にしてほしいな戦いづらいから。
勿論そんな願いなど届くはずもなく。
オレに向かってきている人々が両手を上にあげた。
今度は何だ?
これもまた答えはすぐに提示された。
人々の両手が剣に変貌したから。
マジで?
剣を携え人々が迫りくる。
「くっ!」
一人、また一人とオレに到達し剣を突き、薙ぎ、払い。
あまりにも数が多い。
オレ一人火炎の剣を持っていても捌ききれそうにない。
だからオレは剣を人魂に戻した。ただ一つの人魂は剣の姿をとどめている。短剣になってしまったが、まあ良い。
火炎の短剣と七つの人魂で人々を捌き、討ち、撃墜する。
いける。この人々はさほど強くはなさそうだ。
問題があるとするならそれは数だが――
「ん?」
先程からオレは人々を撃退している。撃退とは剣を捌くだけでなく切り伏せていると言う事だが……数が減っていない。気がする。
一人倒すと別の人が倒れる人を乗り越え現れて剣を振ってくる。ここまでは良い。理解できる。
が、どれだけ倒しても最後尾にいる人の位置が変わっていない。
「……まさか」
ある可能性が二つ程浮かんだ。
まず一つ。どんどん土から人々が作られている可能性。
これはたぶん却下できる。無限生成が可能ならもっと物量で押してくるはずだ。
もう一つは。そもそも倒せていない可能性。
確かめてみよう。
オレは一人を切り、下に倒すのではなく後方にいる人へと蹴り飛ばした。切った人がどうなるのかを見届ける為にだ。
さあ、どうなる?
なんと、粘土のような体についた傷があっさりと塞がってしまった。塞がって、またも剣で向かって来る。
やっぱり倒せていなかったか。
ならばと首を切ってみる。しかしそれでも体の方が頭部をがっしと掴んで首に引っ付けてたやすく元通りに。
驚異的な復元力だ。
それなら。
人魂、全火力開放。
人々を一人、また一人と焼いて灰にする。
これでどうだ?
これまた驚いた。
土が盛り上がり、灰を取り込んで人の形へと復元させてしまう。
ちょっと待って。
これって倒せなくない?
あまりにも強すぎるアイテムの力を前に、一瞬『敗北』の二文字が頭を掠めた。
ダメだダメだ。そんなの考えるな。
必ず手はある。
……土をぶっ飛ばすか。
復元の要が土であるならば、そいつを0にしてしまえば。
「ア―――――――――――――――――――――――――――――――――――アッ!」
一度八つの人魂を集めて火炎の剣に。火力最大のまま人々ごと土を斬りつける。
焼かれ溶け灰になる人々。火力に押されて飛び散る土。あらわになる六角形のフィールド台座。
まだだ。きっと人々は遠方にある土を使って復元する。
その前に!
「――!」
人々によって守られている樹理先輩に向かって全力で駆ける。
人々を完全に倒しきる事が不可能ならマスターユーザーである樹理先輩を倒す。
これっきゃない。
しかしまだ剣を振るには早い。向かって来る人々を倒しながらだから腕の疲れもある。
でも! それでも!
前に進むのは絶対に諦めない。
進めオレ!
樹理先輩との彼我、十メートル。九メートル。八メートル――五メートル。
この位置なら届く。
剣を――
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――オオッ!」
樹理先輩へと振り下ろす。
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