第279話「生意気言うならちょん切ります」
ごゆっくりどうぞ。
「…………ん……マンダム」
「何言ってるのこの子」
真っ黒な聖堂の中で眠る敵の看守。ワシ。の、寝言。
神巫にぶたれて気を失い、ワシはそのまま眠ってしまったらしい。今は半覚醒状態。ぼんやりと会話が聞こえて来る。
「そろそろ起こしましょうか。こちらの体力も回復したし。それに――」
聖堂を見回す。
ヒビ、破壊、融解されていて有体に言えばボロボロと言う状態だ。今のところ回復の兆候はない。
「回復してもまた同じ事を繰り返して壊せば良いだけ」
「神巫神巫」
「なぁに?」
服をちょいとつまんで引っ張るコリスに目を向けて。
「今の内に先に進んでしまったら?」
「うん。それも考えたのだけど……」
顎に指をあてて困り顔。
「ん?」
「先ってのがどこかわからないのよねぇ」
「なんてこった」
他のメンバーと連絡を取りたいのだろうけれど残念ながら通信は遮断している。当然と言えば当然。本陣ならずとも戦地では情報の共有の有無が命取りになる事があるのだからワシらとて情報遮断を行うのだ。
「だからそろそろ、起こしましょ。
セイ!」
「う⁉」
ワシを抱き起して、背中に膝蹴りを一つ。
「げほっごほっ」
痛みから咳き込むワシ。おかげで覚醒はしたが……ワシは涙目になってまず正面にいたコリスをボーと眺めて次いで背後に気配を感じて振り向いて神巫をボーと眺めた。
「…………ワシ……この中で一番若い」
「「それがどうした」」
年増に年齢の話はご法度であるようだ。
「――て、手と足が痛い!」
ようやく状況を把握したワシだったが手足は縄で縛られていて動かせず。
「ま、当然の処置よね」
「敵ですから立場的にも女としても」
「ばばぁの恨み怖い」
ピキ……。二人の血管が鳴った気がした。
「正直に話すと貴女をわたしのジョーカーで手に入れて情報だけ盗る事もできるんだけどそうして欲しい? 人間としての自我は消えるんだけど」
「ごめんなさい」
ワシ、素直。
「はぁ。
で、切縁・ヴェールがどこにいるか教えてくれる? 言うなら捕虜として丁重に扱うんだけど」
「や・だ」
べー、と舌を出す。その瞬間舌をコリスの指が捕まえた。
「うへぇぬるぬる気持ち悪っ」
「しゃっしゃらはにゃしへひょ(だったら離してよ)!」
「生意気言うならちょん切ります」
「コ、コリス意外と物騒ね」
「はにゃすきゃら(話すから)!」
「仕方ないですね」
しかしパッと手を離した瞬間ワシはコリスの手に噛みついた。
「いった――――――――――――――――――――――――――い!
このお子さま――――――――――――――――――!」
コリスの怒りの拳がワシのみぞおちに超ヒット。
「うぼほぉ」
ワシは自分でも良くわからない呻き声をあげて白目を剥いた。そして。
「あ」
またもや半分気を失ってしまうのだった。
「やってしまいました」
「全くコリスったら」
と言いつつも神巫は笑顔でコリスの頭をなでなで。神巫も神巫で鬱憤が溜まっていたらしい。
「セイ!」
「う⁉」
再び背中に膝蹴りを喰らわせられてワシは気を取り戻す。
「で、切縁・ヴェールの居場所は?」
「……この街の中央よ」
あっさりと。本当にあっさりと言ってしまった。まあ良いや。
「お? 素直です」
「行けたらね」
「お? 生意気です」
「二人とも動かない方が良いよ。どっちかの首にワシの大鎌がかけられているから」
「「――!」」
くつくつと嗤うワシ。この状況を楽しめる性格だ。
「……はったりかしら」
「そう思うなら動けば良いんじゃん?」
目を閉じて、寝転んで。
神巫とコリスはワシを挟んで目を合わせる。お互いの首の周りを見て何も見えない事を確認し合う。
「ワシの大鎌は透明だから」
「……大鎌の気配ごと消せると?」
「消せるのよ。これって切縁・ヴェールの紫炎の数式でできているから普通の大鎌じゃないんだよねぇ」
片目を瞑って楽し気に。
「そう。
ところでこの聖堂は貴女の能力なのかしら?」
「『ジューン』――ワシのパペット」
「聖書の朗読は?」
「ジョーカー。聞く人間を天国へ連れ去る能力」
「……随分ペラペラ喋るのね」
能力は秘匿してこそ良い結果に繋がる事が多いと言うのに。良いんだよ、これで。
「余裕と取ってくれる? お前ら二人はもう逃がさないから」
「そう。
コリス?」
「完了でっす!」
その言葉を合図に神巫とコリスはワシから距離を取った。
「は?」
普通に距離を取ったのだ。大鎌など関係なしに。ただ離れる際に何かが割れる音がしたが。
「……お前ら」
「貴女が呑気に話している内に」
「わたしが首の周りに薄く頑強な氷を張ったのです!」
「あっそ」
ワシを縛っていた縄が切れた。大鎌で絶った。二人にまんまと逃げられたワシだが特に落胆した様子も怒る様子も見せずに立ち上がる。
「まあ良いよ。どっちにしても逃がさないもん」
ただ、殺気だけは膨らませた。
「ジューン」
「「――!」」
ジューン――聖堂の傷がみるみる修復されていく。
「そっちが仕込む時間があったって事はワシが仕込む時間もあったって事。ゆっくりと修繕用の情報を送らせて貰ったのよね」
真っ白なマネキンも復活して、聖書の朗読が再開された。二人の頭痛も再開される、が。
「悪いけど同じ手は通じないのよね。一朶」
神巫・ジョーカー発動。聖堂に光が走って楽譜に変わっていく。
このジョーカーは相手が何者であるかを把握しなければならないと聞いた。今はパペットとわかっているからそれ用の力を流し込んでしまえばパペットとてジョーカーから逃れられない――普通なら、ね。
「この大鎌は紫炎の数式だって言ったよね⁉」
大鎌の刃を壁に叩きつけるワシ。紫炎の光でパペット・ジューンが包まれて――より洗練された形で顕現し直した。
「楽譜化が……」
「効かなくなったでしょ! 『ブライド』!」
「ナマエヲヨブナバカモノ」
「「――⁉」」
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