第278話「おこちゃま! ばばぁ!」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「――リス。コリス!」
「ふぇ?」
神巫に大声で名前を呼ばれ、尚且つ肩を揺さぶられてコリスは深い睡眠から目を覚ました。よだれが垂れていたからコリスは自前のティッシュでふき取って、それを近くにあるごみ箱にきちんと捨てる。
「良くできました」
「へへへ」
頭を撫でられて表情を緩める。
が、神巫はすぐに真面目な表情に戻って。
「さ、仮眠は取れたしそろそろ移動しましょう」
「でも神巫」
「うん、わかるわ」
この黒い街、ジャンヌ・カーラに降り立ってまず二人は身を隠した。途中までは熱源を追って来たのだがそれがプツリと消えてしまい、敵を――ワシらを見失ったからだ。道路にいたら狙い撃ちにされると思ったのだろう。
とは言え。
この街は全てが兵器。いつどこから攻撃が始まってもおかしくない。と二人は話していたが隠れるに使ったこの真っ黒な聖堂、どれだけ隠れていても攻撃は始まらず敵――つまりワシ――も姿を見せないと来た。だから神巫とコリスは聖堂を出ようとしたのだが……扉を潜って辿り着いたのはこの聖堂の中だった。
すぐにループ――閉じ込められた事を察した神巫はもう一度扉を潜った。が、またも聖堂内部に転送される。
ならば聖堂を破壊しようと試みたのだが攻撃は全て無効化されてしまうではないか。
出られない、壊せない。
それを小一時間ほど繰り返し、二人は肩で息をする程に疲弊し、しようがないから仮眠を取ろうと大胆な行動を取るに至った。コリスは爆睡していたが神巫は浅い眠りにとどめ、攻撃を受けたらすぐ目覚めるようにしていたらしいが、仮眠中は勿論こうして目を覚ましてみても彼女たちは無事で。
「何か状況が変化しているのを願って――」
扉を開けて、外の景色が普通であるのを確認し、一歩外に出た。
一瞬の閃光。目を細めてそれをやり過ごすと――聖堂内部にいた。
「ダメか……」
「壊せませんしねぇ」
「けどここに何かの力が働いているならきっとウィークポイントがあるはずよ。わたしたちはそれを逃しているんだわ」
ではそれはどこに? 当然の疑問だが答えは不明。教える気もさらさらない。これも当然。
「手当たり次第の攻撃はもうしたから、ちょっと聖堂内部を調べて見ましょ」
「はいです」
二人は二手に分かれて聖堂を調べ始めた。聖堂の大きさはざっと三百人は座れるくらい。
祭壇に、身廊、天井、告解部屋。最後にステンドグラス。異常はなし。隠し部屋でもあるかと動かせるものは動かしてみたが何もなし。
そうこうしていると、
「あら?」
「おんやぁ?」
扉が開いて人が入って来た。いや……人ではなかった。真っ白な動くマネキンだ。
咄嗟に二人は寄り添って祭壇裏に身を隠す。
マネキンは自由に椅子に腰かけ始め、一人、二人、三人、四人と数を増やしていく。やがて礼拝を求めに来た人で聖堂は埋まり、揃って聖書を朗読し始めた。
「神巫、頭痛いですぅ……」
「うん……ちょっと痛いわね……」
これは攻撃だろうか? と考えているだろう。少し頭を痛くする攻撃をして何か意味があるのだろうか? とも。
しかし重篤な頭痛にいつ変わるとも限らない。だから。
「コリス、雷を一発」
「あいさ。ツィオーネ、出といで~」
『はいコリスお嬢さま』
コリスのパペット・ツィオーネ顕現。
「槌頂戴」
『はい』
コリスの手に自分の体よりも太く大きい槌が握られる。
「雷!」
聖堂に巨大な雷が落とされて、マネキンに直撃する。マネキンは朗読を中断され、黒炭になって力を失い倒れて行く。が、それは時間にして一分程度で黒炭だった体が蒸気をあげながら元の真っ白な体へと戻ってしまった。
そうなるとマネキンは何事もなかったかのように朗読を再開する。
「ダメっぽいですぅ」
「う~ん……んじゃ凍らせようか」
『水!』
水色の精霊が顕現し、言霊に合わせて聖堂内が水に包まれる。勿論彼女たちの所には届かない。水はそのまま凍りつきマネキンは朗読を止めさせられた。
傷つけられたわけではないから今度は自己修復はなし。ところがステンドグラスが日の光を受けて氷を溶かしていくではないか。
「考えてみたらジャンヌ・カーラには街灯はあっても太陽はないのよね」
ではこの光は何だ? 決まっている。誰もが考える、「これも敵の能力の一つなのだろう」と。
「ひょっとしたらこの聖堂全部が敵の能力内?」
頭痛が酷くなって来た様子。悩みが増えたからではないだろう。
「『一朶』」
神巫のパペット、顕現。総勢六十九の楽器が顕現し、幽霊に似た人型の何かがそれを手に椅子に座す。
神巫は白い指揮棒を手にして。
「――葬送の鎮魂歌――」
火葬の炎が吹き荒れる。マネキンを灰にし、ステンドグラスは溶け、祭壇が炭になった。オイこら。
「コリス、わたしはこのまま火を維持するから聖堂を壊しまくって!」
「はいです!
雷!」
雷撃が煌めく。聖堂が火と雷に蹂躙されて崩れて崩れて崩れて、
「やめて―――――――――――――――――――――――――――――!」
「「うわぁ!」」
とんでもなく甲高い声に二人は心の底から驚きの声を発した。
「ワシの友達を壊すな―――――――――――――――――――――――――――!」
「……どこの誰か聞くまでもないわね」
これが敵の声ならば、この攻撃が効いていると言う事だ。迂闊。いやでも。
「コリス! 続けて!」
「モチのロン!」
「やめてこのブ―――――――――――――――――――――――――――――――ス!」
思いっきり言ってみた。女の子ならカチーンとくる単語を。
「だっ、誰がブスよ⁉」
「わたしも今のはムカムカです!」
滅多に怒らないコリスでさえ怒髪天だ。だがそんなものどうでも良い。
「や・め・ろ――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
「ん?」
二人に影が差した。何かが頭上に出現したのだ。上を見上げると――
「わ」
「うへい」
少女が落っこちて来たではないか。
神巫は受け止めようかと迷う表情を見せたが敵ならば不要だろうと思い至ったようでコリスを引っ張って少女の落下ポイントから外れた。そのせいで少女は受け身すら取らずに床とキス。顔面から落っこちた。そのまま少女は――ワシは情けなく脚を降ろし……動かなくなった。
「な、なんだかなぁだけど今の内に。
一朶、ジョーカー」
自分、或いは別の何かを音波化させ楽譜に置き換える能力。それを以てワシを楽譜へと変換――しようとしたところでワシは勢い良く体を起こす。
「人でなし!」
「なぁ?」
「鬼! 悪魔! 冷血漢! 死神!」
もうただの悪口。神巫は変な子を見る目をワシに向ける。
「ちょ、ちょっと」
「おこちゃま! ばばぁ!」
「良い加減にしなさい」
「はう」
頭に一発拳骨を喰らってワシは気を失った。
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