第275話「悟りの遅さは敗北を招くと思うが?」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「あらまぁ」
目の前に聳え立つ『木』を見てパフパフは頬に手を当てる。
木――積み重なった人の山だ。
「ララに付いて行った護衛だな」
その内一人の顔を覗き込んでゾーイはため息を。
「あちらは敵と遭遇して護衛さまはやられてしまった、のですよね」
「そうだな」
顔をパフパフの後ろに向ける。
「まあこちらの護衛も似た状況だが」
計六名。キリストの如くに十字架に磔にされている護衛たち。熱源を追ってこの地に降り立ったのだがやはりと言うか奇襲を受けたのだ。その際護衛は役割を果たす為にゾーイの四方を囲み、結果こうなった。
「皆さまもう息が……」
「止まる直前だ。良し、このままにして戦おう」
「ええ⁉ 宜しいのですか?」
「宜しいよ。降ろせばまた彼らは任を全うすべく私の盾になる。そうなれば今度こそ息は止まるだろう。
ならばこのまま【覇―はたがしら―】による治療を続けさせた方が良い」
ふむふむ、とパフパフは頷き納得。
「成程。愛の鞭ですね」
「……違うと思うが」
「お話はお済か?」
かけられた声に二人はおふざけモードだった表情を引き締める。目を声の主へと――つまりワシへと向けてひと睨み。
「もう追い付いて来たか」
「早い方ではないな。お二人の星章を追ったは良いがそちらの方が足は速かった」
とは言うもののワシの呼吸は乱れていない。
「因みにスタート地点に戻っているとお考えになりましたか?」
「いいや。それも虚を突かれた」
「ふむ。勝った」
ワシを前にパフパフは一先ず拳を握り締める。
ワシは首を左右に振ると背中に担いでいる十字架を手にした。護衛を磔にしている十字架と同種のもので、正体は銀の巨大剣である。
右手にその十字剣を、左手には看守の印である大鎌を。
パフパフとゾーイも身構えるが、用心すべきはワシ――看守だけではない。
囚人――小型の【アルターリ】。大きさは人の赤ん坊程度で羽を持っている。
「パフパフ、レーダーには?」
「入っているのですが速すぎて追いきれません」
「そうか」
羽を持つ囚人の動きは音速。そいつに追われて二人は一旦逃げを選択したのだ。ただ気になる点が一つ。
それでも一度は逃げられた――
と言う点。
囚人には音速を出す条件がある、そう二人は睨んでいるだろう。
「お二人はまずワシを警戒すべきだ」
「お前を警戒している隙に攻撃を受けたら洒落にならん」
「あれにはワシのフォローを任せてある。お二人の隙を突けとは命じておらぬゆえ」
十字剣を片手で軽々と回転させるワシ。その動きをピタリと止めて、十字剣を引いて大鎌を前に。
「パペットを出さずに宜しいので?」
ゾーイとパフパフの事だ。二人ともまだパペットを顕現していない。
「貴方さまも出していないようですので」
「温いな。相手を軽んじて本気を出さない。悟りの遅さは敗北を招くと思うが?」
「軽んじているのではない。対等を望んでいるのだ。しいて言うならば誇りの問題か」
敵とは言え、不平等の勝利に何を得られると言うのか――成程こう言う考えか。
「しかし誇りを護って敗北するものをワシは幾人も見て来た。皆、ご自分が思っている以上に無様な負け姿であった。
本気を出さねばその首、ワシが貰うぞ」
ワシは目を細め、見開く。それを二人が認めた瞬間、
「「――!」」
ワシの姿が消えた――ようにゾーイの目には映っただろう。
瞬きの一瞬を狙ったのだから。
「甘いのはそちら!」
しかしパフパフの手によってゾーイの首を狙った十字剣が弾かれる。そのままパフパフは手を銃に変えてワシを撃つ。その時には既にワシは飛び退いていたが大鎌に当たる弾圧によってバランスを崩され、やや不格好な形で脚を着く。
「どちらの大鎌が上か――」
アイテムである死神の鎌を手にゾーイが迫る。
「勝負」
ワシは少々無理な形で地を蹴ってゾーイを迎え撃つ。
重なり合う鎌が火花を散らし、すぐにワシは背後へと飛び退く。それを追ってゾーイは尚も距離を詰める。ワシは脚を着くと同時にゾーイに向けて跳躍し、二度鎌を交えてすぐに飛び退く。一撃を打っては退く。それがワシのスタイル。
「だが武器は大鎌だけではなく」
大鎌で死神の鎌を叩き十字剣を振るう。十字剣から風を切る音。巨大な十字剣を軽々と振るうこの剛腕。これこそがワシの武器と言って良いだろう。
「それを言うならこちらも一人ではなく」
「わたくしも居りますゆえ!」
パフパフはワシの肩を剣に変えた腕で狙う。しかしワシの反応はあちらの予想よりも素早くあっと言う間に距離を取ってかわした。
「力があるのは腕だけではない」
「力ならわたくしとて負けませんよ! セイ!」
街路樹を殴るパフパフ。腕の付け根まで幹にめり込ませ、街路樹を引っこ抜いた。
「ほう」
「せーの!」
ワシに向けて街路樹を投げ飛ばす。一方ワシは既に地を蹴っていて飛来する街路樹に十字剣を突き刺し、刃と幹にできた隙間に大鎌を潜らせて腕を左右に開く。それに合わせて街路樹も割れてワシを避けて飛んで行く。
「む!」
街路樹の影にゾーイがいた。虚を突かれたワシはゾーイの死神の鎌を十字剣を握る手の甲に受けてしまった。
ワシはすぐに飛び退いて二人はそれを追い、
「「――!」」
裂けて飛んで行った街路樹からビームが放たれた。エナジーシールドで防いだものの追っていた勢いは殺されて動きが止まる。
そこに――囚人が襲いかかった。
「お任せください!」
囚人はそれ自体が大きな銃弾だ。砲弾と言っても良い。音速で迫るそれをパフパフは両手でキャッチ――するも両手が裂けた。
「パフパフ!」
「大丈夫です皮膚が裂けただけですので! ゾーイさまは前を!」
「そう、貴女はワシを視界から外すべきではない」
目の前まで迫るワシにゾーイは死神の鎌を振る時間がない。だからゾーイはワシの頭を掴み下げて膝蹴りを額に撃った。
「ぐっ!」
しかしその隙にワシは大鎌を振るっていてゾーイの背中に一刺し加える。
両者相打って互いに距離を取ったところで、
「カーラ・マリア!」
ワシはパペット、聖なる花嫁『カーラ・マリア』を顕現した。
白くベールを纏った像。動かないはずのマリア像が両手を広げる。何かを招くように。後光が差してその光が周囲一帯を優しく灯し――ゾーイとパフパフの動きを止めた。
「――?」
「ゾ、ゾーイさま……」
「うむ、これは――」
敵意の消失。ワシと囚人が敵であるのは間違いない。なのに倒そうとする意志が湧いて来ないはずだ。
それどころか友情に分類される感情すら沸いて来ているだろう。
「抱擁の光。カーラ・マリアのジョーカーである」
ワシの肩に囚人が停まる。
「この状態はまずい。一時退くぞパフパフ」
「はい」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




