第273話「ワタシ部下を盾に使うの気に入らないんだけど」
ごゆっくりどうぞ。
黒い霧が渦を巻く。猫耳を持つ二体の巨大な骸骨となって爪をララとアトミックに向けて振り下ろす。
「プロースト!」
海水で防ぐアトミック。ララは爪で両肩を傷付けられる。だが傷はすぐに消えて自分を攻撃した猫骸骨の両肩に現れる。『ララに攻撃したら無効となり自身が傷を請け負う』――そう掟を作り出しているのか。
「でもパペットの力は絶対じゃないよね!」
相性はあっても無敵の能力は存在しない。
猫骸骨が再び爪を振るう。今度はララを直接狙わずに彼女の足元を崩しにかかった。地面を抉られてララはバランスを崩し、それを透明なプローストが支える。好機と見たサザイは地面を抉った猫骸骨の手で二人を掬い取り、ビル壁に叩きつける――つもりがララと壁の間にプローストが挟まってクッションとなり、プロースト自身は衝撃無効の掟を作り出してケガを防いだらしく。
だが。
「――と!」
三度放たれた爪がララの右腕を軽く削った。負傷返しの掟は発動せずに、【覇―はたがしら―】の治療に身を任せるようだ。
「二つの掟は同時に発動できないみたいだね」
「一つで充分よ。アトミック!」
「了解!」
海水を呼び出し、竜巻状に伸ばして黒い霧を暴風で散らすアトミック。ケガを負った元コレクションたちとワシの姿を視認したララは、
「プロースト!」
『YES』
「――⁉ なっ⁉」
その怪我を全てワシの体に移した。掟『他人を負傷させたものはその傷を請け負う』ってとこか。
「首! 致命傷よ! 良いの⁉」
「良くはないねぇ……だから!」
「え?」
自身の持つ大鎌で首を斬るワシ。首が落ちる――と思っただろうが逆だ。首の傷が治ったのだ。
「その大鎌……」
「切縁から貰った紫炎の数式で造られたものだよ。
色々できるんだよねぇ、これ。例えばだ」
その大鎌でパペット・サザイを斬りつける。
「パペットの力を倍加させたりさ」
サザイの目つきが変わった。可愛い鳴き声だったのに気性が荒くなって口から『フー! フー!』と荒れた息を漏らす。
「けど猫だろう!」
竜巻状の海水から円刃が撃ち出されてサザイを狙う。しかし円刃はサザイには届かず黒い霧が収束して造られた壁に阻まれる。
「何だよ結局霧――ん?」
のし、とサザイが二本足でワシの肩に立った。
「サザイはね、ケット・シーの子供なんだよ。それが大鎌で大人に化ける」
「――! まさか」
「君と似ているかもねララ!
サザイ! ジョーカー!」
『王制を布くにゃ!』
「「語尾可愛いな!」」
それは良い。可愛いから。
それよりだ。ララに似たジョーカーならばそれは間違いなく強力だ。問題はそっちにあるのだからもう少し警戒してもねぇ?
『キングはサザイ! クィーンは! クー・シーにゃ!』
サザイが乗るワシの逆の肩の上に犬の妖精クー・シーが顕現する。
『下々は頭を垂れるにゃ!』
「うわっ!」
アトミックにララ、それに元コレクションたちに強制的に膝を折らせ、頭を下げさせる。
『王に逆らう不届き者はいないかにゃ⁉ いればすぐに影を差し出すにゃ!』
ララと元コレクションたちが仕掛けられたジョーカー、一つの王制だ。
「さっきは不意打ちにやられたけど! プロースト!」
『二度はない!』
新たな掟を作り出し、サザイのジョーカーをワシに返す。
「ムダだよワシにはサザイの力は効かにゃ――ないんだよ」
「今つられてたよな⁉」
「気のせい」
『クー・シー!』
『お任せワン! 皆来いワン!』
「「え⁉」」
突如現れた無数の気配にララとアトミックは無意識の内に合流して背を預け合う。目を右に左にと動かすが相手の数すら把握できまい。
妖精たちの番人クー・シーの国民、世界のあらゆる妖精たちが顕現したからである。
炎。
熱。
氷。
木。
土。
雷。
人馬。
一角獣。
蜥蜴。
霊。
虫。
菌。
数え上げればきりがない妖精の群れ。
「姫さま」
「向こうがやるまでしたくなかったけど……しようがないわ。やるわよアトミック。
『ウォーリアネーム! 【嘆きのライオン】!』」
「了解」
「「【覇―トリ―】――エスペラント!」」
水色の炎に包まれるアトミック。
紅葉の色の炎に包まれるララ。
二人は体に円環を装備する。
「へぇ、二人とも成れるんだ」
その様子を見ても動じないワシ。ワシはまだ【覇―トリ―】を使う気配すら見せない。
「サザイ」
『クー・シー』
『総・攻・撃! だワン!』
妖精たちが一斉に動く。それぞれの妖力を発揮させて全方位からララとアトミックを狙い撃つ。しかし。
ぱちん、ララが指を鳴らすとその全てが消えた。
次いでアトミックが指を鳴らす。すると天から光の柱が降りて来て妖精たちを包み込む。妖精たちはその光を浴びて攻撃性が消え失せて、戸惑いの表情を浮かべて姿を消していく。
『ワン!』
クー・シーのひと鳴き。ドスの利いた鳴き声だった。きっと番人としての威厳を込めたのだろう。
それに妖精たちは肩を揺らしてビクついて、一度は消えた妖精たちさえも舞い戻って来る。
「なら!」
ララは黄金の槍(矢)に奇跡を上乗せしてワシを狙い――射る。ぱちん、隣から指を鳴らす音がした。
アトミックがワシの動きを封じたのだ。
黄金の矢がワシの心臓へと突き刺さる――かに思えたがその前に妖精の一体が飛び込んで来て矢を身を挺して受け止めた。
「ワタシ部下を盾に使うの気に入らないんだけど」
「そう思うならもうやらない事だね。また誰かが飛び込んで来るかもだし」
嗤いながら、ワシ。
「…………」
それを見ながらララはもう一度矢を構える。
「おんや? またやんの? 酷い子だねぇ」
ワシの皮肉を無視してララは矢を射る。
また別の妖精が飛び込んで来て――矢が消えた。
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