第270話「どうすれば⁉ どうすれば⁉」
ごゆっくりどうぞ。
「やったやった見っけ」
アトミックたちの使う家の屋根裏部屋で九十九個目の宝箱、最後と思われる当たりの宝箱を発見。
「中身何だったかな?」
大きさは一般的な雑誌が入るくらい。ただ背が高い。五十センチメートルくらいだ。アトミックがプレゼントしたはずだが今の彼にはどうしても思い出せないようで。
まあ開ければわかるよね、とアトミックは言いながら早速蓋に手をかけた。
「あ、そっかこれだ」
中にあったのは一昔前のVR機。エレクトロンが発売したサイバーコンタクト【eyesys】を皮切りに世界中の企業がサイバーコンタクトの開発・販売に手を付け始める前に流行った電子機器だ。ゴーグルの形をしていて仮想の世界を映し出す。ビルの上・ジェットコースター・お絵描き・果ては宇宙まで体験できるが勿論【覇―はたがしら―】のように電子世界や夢の世界へinできるものではない。しかしながらVRは専用の施設が用意される程に人気を得たものだ。
「泣かせたっけなぁ」
「アトミックハマズ、ドウブツエンヲミセタ」
動物園はアジアではまだ残っているがヨーロッパの多くの国で『動物虐待』として愛護団体の批判対象となり閉園が相次いだ。だから姪に味わって欲しかったらしい。その思いは見事に成就して姪は大変喜んだ。女の子だからウサギやコアラと言ったものに嵌るかと思ったのだが姪を最も喜ばせたものは何とホワイトタイガーだった。どうやら強い動物が好きみたいだ。
「ツギハスイゾクカン」
これまたアジアでは残っているがヨーロッパでは『魚にストレスを与えるだけだ』と愛護団体に批判され閉館が相次いだ。勿論姪は水族館を見た事すらなかったから大いに喜んだ。ここはペンギンやイルカにきゃーきゃー言っていたから女の子らしいとアトミックは思った。カツオの前ではよだれを垂らしていたからひょっとしたら食べたかったのかも。
ここまでは良かったのだが、
「ツギデシクジッタ」
絶叫系遊園地だ。実際の遊園地では姪はまだ乗れないアトラクションだから面白がってくれるかと思ったのだが……泣いてしまった。予想以上に怖かったらしい。その後あやすのに小一時間かかったと言う。
「まあ何はともあれ、これで見つけるものは見つけたよな?」
なのに何の変化も起こらない。いや実際にはもう幼児退行と言う異常が起こっているのだがアトミックは気づいていない。
「どうすりゃ良いんだ? まさか出る為の仕掛けがない何てないよな? 万が一ユーザーがここに来てしまった場合の安全策はあるはずだ。
どこに?」
アトミックは小さな体で田舎を歩いた。どうやら空間を区切る壁を探している。しかしそんなものはどこにもなく。
「……ひょっとして他の宝箱の中に?」
残る宝箱は九個。それくらいならば全て開けてみるのも難しくない。
「やってみよっと」
一つ、また一つとアトミックは宝箱を開ける。ない、何もない。とうとう最後の一つになってしまった。田舎から街へと続く道の端っこにそれは在った。
「何かあってくれよ。お~心臓が早鐘打ってる」
緊張している。小さな手も小刻みに揺れている。それでもアトミックは勇気を振り絞って――開けた。
「――⁉」
宝箱の中から豪風が吹き荒れた。アトミックの体は勢いに負けて後ろに吹っ飛び転がってしまう。
「なっ、何⁉」
豪風と一緒に出て来る幾十もの黒いモヤ。それらは田舎町へと広がって行き、それぞれ家に侵入する。
途端に上がる悲鳴。家に人は見当たらなかったのにだ。アトミックは一番近くにある家まで駆けて行きドアを開けた。いない。誰もいない。なのにそこには血が。
他の家からも悲鳴は上がっている。アトミックは次から次へと家を回って中の様子を改める。が、やはり誰もいない。しかし血の海がどこにもあった。
「何だよ……」
パニックになりそうな表情でアトミックは走り回り、見つけた三つのお宝を自分たちの家に残したままだと気が付いた。
「まずいまずい」
慌てて家へ戻ろうとする。彼には何が起きているのかわからないけれど何かが何かを襲ったその結果だけが具現している。
だとすれば――
「――あ」
姪との記憶が一つ、消えたようだ。
知育玩具に関する記憶だ。どうやら壊されたようだ。
アトミックは走る。その途上でカートに関する記憶が消えた。
あと一つ、VR機に関する記憶まで失いたくないだろう。
「着いた!」
荒れる息をそのままにドアを開け放つ。黒いモヤがローテーブルに置かれているVR機に憑りついていた。その横には既に壊された玩具が二つ。
「やめろ!」
黒いモヤがVR機を壊す前にアトミックはそれに飛びついた。
「うぁ!」
「モヤニサワルト、ハリノヤマニツッコンダヨウナイタミガアル」
黒いモヤはVR機を壊そうとアトミックの体に攻撃を続けている。
「ああああああ!」
床に転がって黒いモヤを剝ぎ取ろうとするも残念ながら効果はない。アトミックはドアから転がり出て外にあった蛇口を捻った。ホースから溢れる水を全身に浴びさせるがこれも効果がなかった。
「どう……しよう……どうしよう」
記憶を護りたい。けれどこのままでは体の方が持ちそうにない。
「どうすれば⁉ どうすれば⁉」
気ばかりが焦って思考がまともに働かないみたいだ。
「いや……待て。こんな感じの童話があったはずだ。神話だったか?」
アトミックが成長してからその物語を聞いていたならば幼児退行の後遺症で思い出せなかった可能性もある。だがアトミックが物語に出会ったのは保育園の頃らしく、まだ思い出せる。
「そうだ……パンドラの箱……」
あらゆる災いが閉じ込められた箱。それを開けた女。世界は災いに見舞われて、箱には……箱には。
「希望が残った!」
とすればあの町外れにあった黒いモヤを拭き出した宝箱。あれの中にと彼は睨む。
アトミックは走る。
「ア――!」
脚に限界が来て転んでしまった。宝箱まで後五十メートル在るかないかと言ったところで。
「……くそ……くそ」
それでもアトミックは進んだ。腕の力だけで体を引きずってだ。
風で舞い上がった砂が口の中に入っていった。目にだって入っていて涙が出ている。その間も黒いモヤに刺され続けている。それでもアトミックは進み続けた。意地か、プライドか。
「とど……け」
あと数センチメートル。体を引きずって、必死に手を伸ばす。指の先が――宝箱に触れた。
「ああああああああああああ!」
最後の足搔き。宝箱に飛びついたアトミックがその中で見たものは、蛍の光よりも尚小さく、それでいて心が安らぐ緑色の光球。
「わ」
飛びついていたせいか宝箱が手前に倒れた。光球はころころと転がってアトミックの手に触れる。
「――!」
その途端、光が世界に満ちた。
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