第269話「壊さないぞ……やってたまるか」
ごゆっくりどうぞ。
ほぼやけくその叫び。しかし応えてくれる声はなく。こっちが助ける義理なんてないし。
けれど叫ぶ為に顔を上げた事でどう言った舞台か確認ができたみたい。田舎町だ。古きヨーロッパの風景を残す牧草地。殆どが緑で僅かに点在する家々を繋ぐ土の道。ここはアトミックの母側の両親が住んでいる場所である。彼にとって懐かしき風景であるが、奇妙な物があった。
「宝箱……」
が、至る所に落ちている。道の真ん中にあれば家の庭に屋根、牛が放たれている野原にもある。大きさも色形もバラバラで子供心をやんわりと刺激するだろうか。
だからアトミックにはこれらがどの記憶に直結するのかすぐに理解できた。これまでに比べれば比較的最近と言って良いだろう。
「オヨソゴネンマエノコトダ」
アトミックの姉に娘が宿り無事に出産を迎えた。両親にとっては初めての孫、アトミックにとっては初めての姪である。
姉夫婦も両親もアトミックも溺愛する可愛らしい子。
四歳になった頃姪を連れてここに――正確に言うならばここのモデルとなった本物の田舎に――来た。その時にアトミックは一日早く着いて宝箱を三つ隠して置いた。姪は動くのが大好きな子だったから宝探しにと思ったのだ。同時にこの田舎も把握できるだろうとも思った。その考えは大成功を収め、姪は三つ全ての宝箱を発見。姉夫婦が用意したお宝、両親が用意したお宝、アトミックが用意したお宝計三つのお宝をゲットした。
「どうしろってんだ……全部開けろってか?」
暫くアトミックは待ってみたが宝箱を壊すようなイベントは起こらなかった。それではアトミック自身に壊させるつもりだろうか?
ワシは横を向くが、どうやら応える気はないらしい。見てろってか。
「壊さないぞ……やってたまるか」
しかし何かアクションを取る必要はあると思ったのだろう。ひとまず一番近く、道の真ん中にある小振りな宝箱に彼は手を伸ばした。木でできたもので、鍵はかかっていない。これがRPGに良くあるモンスターが化けた宝箱だったら幸福だろうに。
アトミックは体を奇襲に備えながら宝箱を開けた。
「……何だよ」
中は、空だった。
「まさかこんだけある中から三つの正解を当てるのか?」
百以上はあるように見える。範囲が広いから骨が折れそうだ。だが、状況が進まないのならばやるしかない。アトミックもそう思ったようで次の宝箱へと向かった。
「音がする」
十七個目の宝箱。彼が手に持って左右に振ってみるとカラカラと中から音がした。これまでの宝箱は全て空だった。だから初めての展開になる。
アトミックの表情は少しばかり笑いに傾き、早速開けた。
「これは……」
知育玩具セットだ。少しレベルの高い智慧の輪、キューブパズル、クイズを出してくれる地球儀、日本のカルタ、幼児用エスペラント語ミュージックデータ。アトミックの姉夫婦が宝箱に入れていたもの。
「そう言えばエリート教育に目覚めたんだったな姉貴。
にしてもだ。これを見つけても何の変化もないのかよ。襲われもしないし、襲いたくなる気持ちにもならない。
だけどここは敵の空間で、目的は記憶の破壊。ならきっと何かがある」
アトミックから感じる警戒心が強くなる。
「……他の二つ探すか」
アトミックは知育玩具を宝箱に戻し蓋をして持って行く事にしたようだ。脇にしっかりと抱えている。
それにしても。
環境のせいもあるだろうがアトミック、少し楽しんでいるね。楽しんでいる場合ではないのに。
足取り軽く、アトミックは次のお宝を目指している。
アトミックは気づいていない。今はまだ。
「あったあった」
四十三個目の宝箱、二つ目の当たりを見つけた。
大きな宝箱の中にあったのはおもちゃのカート。太陽光で動く赤いミニカーで、アトミックの両親が買ったものだ。
「そうだそうだ、あの子これでこの田舎走り回っていたな。ちょっと乗ってみようか」
とアトミックはカートに乗りこんで。ハンドルを握りアクセルを踏んでいざ出発。
「オーこんな感じなのか」
思ったよりもスピードが出ている。どうやらアトミックは本格的に楽しんでいるご様子。さっすが子供目線。
「あの子今これ乗ってんのかなぁ? 今度聞いてみるか」
あくまで、これは子供用のカートである。ではそれに乗れてしまうアトミックの現在の身長とは?
アトミックは気づかない。自身が身も心も幼児退行している事に。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




