第268話[じゃあアトミックが壊れていたのかなぁ⁉]
ごゆっくりどうぞ。
「いやでかいしニセもんだろうけどさ」
かと言ってこれを壊して外に出たりはできないだろうね。壊せば記憶が失われる。
「ここは――この海岸は。こいつを失くしたところだ……」
「ソウダ、アトミック、オモイダセ」
正直な話、人の過去も覗けるこの能力ってワシあんま好きじゃないんだよね。まあ今は必要みたいだから放っとくけど。
「説明よろ~」
「フン」
ある夏の日。アトミックは家族で海に遊びに来た。高く昇った太陽。陽の光を反射する海面。熱せられた浜辺。
アトミックはそこにこのロボットも連れて来ていた。防水と説明書にあったから大丈夫だと思ったのだ。ところが、砂に弱かった。海水で錆びる事はなかったが砂が入り込んだせいで動きが鈍くなったのだ。砂を洗い出してやれば良かったのだが当時のアトミックは壊れたと思い込んでしまい泣きに泣いた。
父なら何とかできるだろうと思い泣きながら両親の元へ戻っていた時、握っていたロボットの肩が不幸にも外れてしまう。アトミックは泣いていた為に気づかず、両親の元へ戻った時にはもう肩から先が行方不明で。
必死になって探したのだが見つからなかった。誰かに拾われたか波に攫われたか。
ホテルに戻る時間になったから残念ながらアトミックはロボットを諦めた。
「……悪い事したよなぁ」
それから十数年。まさかこんな形で再会するとは思いもしなかっただろう。
「――けど、のんびりもしていられない。感傷に浸ってないでここから出ないと」
窓から離れてアトミックはロボットの体内を歩き回る。
「結構隙間はあるんだけどな……」
問題はその隙間の狭さだ。
「ん~~~~~」
見つけた隙間から腕を出してみるが肩から先が通らない。
「ここはダメか。他を探そう」
歯車に巻き込まれないように用心しながら下へと降るアトミック。
上に行かないのは窓が目だとするとすぐに詰まるからだろう。
鉄製のパイプに足を着いた時滑って落ちそうになっていた。おや慌てて可愛い。
「あぶねぇ……」
改めて、隙間を探し始めるアトミック。
「しかし、出てどうすりゃ良いんだ?」
森に閉じ込められた時はバカな囚人が道を開いた。けど今回は入ったりしないだろう。一度したミスを繰り返すなら学習能力が欠如している。
「空間を壊せれば――」
[ねぇ]
「うぉう⁉」
突然の声にビクつくアトミック。
こちらにも聞こえたが人の声ではなかった。電子音声だ。
[ねぇ]
「ねぇって――まさか」
声はアトミックの上からする。このロボットの口の中――スピーカーからだ。
[ボクの名前は何?]
アトミックの心体はぎくりと震え、肩を揺らした。名前、忘れてしまったんだね。
「……悪い」
[ボクの名前は何?]
「……忘れた」
[だろうね]
「? だろうね?」
[ああ、正確には違うかな。アトミックはボクに名前を付けなかったんだ]
「いや待て待て。オレは確かにお前を何かで呼んでいたぞ? 霧がかかっているけれど無名じゃなかったはず」
額に手をあてて必死に思い出そうと試みている。しかしどうやら成果は素晴らしくないようで。
[こう呼んでいたんだよ。
「これ」って――]
「――!」
『ねえパパママ! 明日の海水浴「これ」も連れて行って良い?』
「や……えっと……」
「アトミックガソウヨビダシタノニリユウガアル」
「ふうん?」
こいつが言うには、父の影響との事。様々なものを持って帰る父はそれらを『これ』『こいつ』『それ』と呼ぶだけで決して個々の名称で呼ばなかった。父は自分の造る武器兵器に心を寄せなかったのだ。それらは紛れもなく人殺しの道具だから距離を取っていた。軍属としてそれらに冷えた視線を向けるのはどうかとも思うがとにかく父はそうし続けた。それがアトミックにも受け継がれていたのだ。
「モットモ、オヤハクショウシテイタガナ」
そりゃそうだろう。息子が玩具をこれ呼ばわりしていたらね。
「……悪い」
[ボクは武器だったのかな?]
「違うさ」
[ボクは兵器だったのかな?]
「違うよ」
[じゃあどうして名前をくれなかったのさ――――――――――――――――――!]
「うぁ⁉」
ロボットの体内が激しく揺れた。地震にでも巻き込まれたかのような縦揺れ。ロボットがジャンプしている。
[ボクはアトミックの何だったんだ⁉ ペット⁉ おもちゃ⁉ 昔アトミックは言ってくれたよね⁉ 「友達」って! あれは嘘だったわけ⁉]
連続する揺れ。何度も何度も飛び跳ねている。
「う、嘘じゃない! でも変に思わなかったんだよ!」
アトミックの周りにある人の気配が蠢いた。海水浴に来た人たち全員がアトミックに顔を向けていて不気味に思える。
[じゃあアトミックが壊れていたのかなぁ⁉]
「壊れ――違う!」
いやあ、誰だって自分が壊れていた何て考えたくもないって。
「と、とりあえず飛ぶのやめろ! 話そうって!」
[ボクみたいにさぁ!]
「――⁉」
ロボットがジャンプしたところで止まった。このロボットには浮遊機能なんてないにも関わらずに。
「おいどうした?」
アトミックは隙間から外を覗く。けれど暗かった。先程まで真っ昼間だったのに今や光が見えないようだ。
[ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!]
べきべきべきべき! 何かが軋み、破れて行く音。
「まさか」
アトミックはもう一度外を見る。妙な布が見えるはず。水着だ。そうだ、人が周りにいるから影になっているのだ。
「壊そうとしているのか⁉ これを⁉」
[また「これ」って言ったなぁぁぁぁぁ⁉ アトミック――――――――――――!]
「あ……悪――」
[ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!]
べきべきべきべき! ぶちん! ロボットの腕がもがれてしまった。
「――⁉」
アトミックの記憶が破壊されて行く。
べきべきべきべき! アトミックのいる場所が凹んでいく。胴体が潰されていく。
「やめろ―――――――――!」
べきべきべきべき! みしぃ!
[ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!]
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ロボットとの記憶が完全に、壊れた。
ロボットだったものの残骸とビーチが分解されて行く。四角く細かなブロック状に分かれていく世界は再び収束しとある形を成していく。
「く……はぁ……」
記憶を失ったショックも大きいだろうが同時にロボットと一緒に潰されて死んでしまう体験をしたアトミック。新しく形成された世界を吟味せずに膝をついて息を荒げる。
「くそ……出しやがれ――――――――――――――!」
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