第267話「……まさか……この目線……まさか」
ごゆっくりどうぞ。
「オレは水を操るんだぜ? 全ての水はオレの味方をするのさ。例えお前が造った水でもだ。
姫さま返してもらうぜ!」
「ドリーミー!」
「あ⁉」
考えなしに――或いは実力を過大評価して突破できると思っていたのか一直線にワシらに向かったアトミック。だがキューブ型のパペット・ドリーミーの一つに情けなくも突っ込み取り込まれてしまった。
「オレってバカかぁ⁉」
前後すら不覚になる白い空間に飛ばされて落下する。どすん! と土よりも柔らかい何かに体を打ち付けた。
「こ、今度はどんな世界だ?」
一つ足を着くと花柄模様が白い地面に広がっていく。
「ん?」
一面が花柄になった後空から重い音が耳に届いてきた。アトミックがそちらに目を向けると、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉」
レンガが大量に降って来るではないか。
持ち前の運動神経でそれをかわすアトミック。しかし【覇―はたがしら―】の起動はない。起動の証である左目の光も灯らずに膂力もアップしていないしエナジーシールドも張れていない。だから当然レンガを一つでも頭に受ければ即死と思えた。だから彼は必死になってかわし続け、凡そ二分でレンガの雨は止まった。
「二分をこんな長く感じたの初めてだ……」
胸を撫で下ろすアトミック。アトミックが周囲を見回すとレンガは凡そ五メートルの壁となって、更に平たい屋根となっていた。所々に飾られているロウソクには灯りが燈っている。まあそれがなくとも花柄の地面が光を放っているから見えそうだが。
「どう言う世界だ?」
地面を、床を歩く。地雷の類はなさそうだ。
「さっきまでいた森じゃ世界が壊れるまで【覇―はたがしら―】が使えなかった」
逆に言えば世界が壊れ始めると使用できたと言う事で。だからこそアトミックは死なずに済んだのだ。
もし湖に沈められている時間が永ければそこでアトミックは死んでいた。
ふん、ざまあ。
「オイ! オレと戦うのが目的なら降りて来いよ!」
返事はない。してあげない。耳鳴りがする程の静けさだ。
「このヘタレ!」
煽られるが返事はしない。
「くっそ」
仕方ないと暫く歩き彼は横道を見つけた。真っすぐ行く道は先が見えない程続いているからアトミックは横道にそれた。この横道も長そうだ。
「ひょっとして迷路か?。
確かどっちかの手を壁に付けたまま歩いているとゴールだったな? で、どっちの手だろう?」
結局、アトミックは左手を壁に付けて歩き始めた。何度か曲がり角を通って歩き続けるが一向にゴールには辿り着かない。「逆か?」今度は右手を付けて歩いてゆく。しかしやはりゴールには着かない。
「こりゃダメだ」
仕方ないから手を離して歩く事にしたみたい。
「お?」
坂道があった。正確に言うと真っすぐ行く道と下方に行く道の二通りだ。アトミックは下に行く。壁がレンガからコンクリートに変わって何となく気温を下げている気がする。
「……これは」
熊。熊のぬいぐるみが鎮座していた。大きさは一歳児程度。
「まさか」
ぬいぐるみを拾い上げて首輪のネームプレートを見、アトミックは目を細めた。ネームプレートには自分の名前が書いてあった。
「……こいつが罠か」
それは幼い頃アトミックが買って貰ったぬいぐるみに間違いなく。アトミックの実家に今もあるはずだ。だから彼はこれこそが罠なのだろうと予想する。当然のようにそれは当たっている。
「うぉ⁉」
ぬいぐるみが柔らかぁな手でアトミックの鼻先を殴って来た。しかし柔らかすぎてダメージはない。
が。
「う~む……」
ぬいぐるみは尚もパンチを続ける。五発。十発。
「ん?」
ゆっくりとだがパンチに重みが付いて行く。百発になると相当な重さになっていて、
「くっ!」
アトミックはぬいぐるみを放り投げた。ぼてっと花柄の床に落ちたぬいぐるみ。それは独りでに起き上がり――体躯が倍になった。いや、三倍、四倍と膨れ上がる。終いには通路を塞ぐ程に大きくなって、重さを増したパンチをアトミックに向けて放っている。
「この!」
腕をクロスさせてパンチを防ぐアトミック。【覇―はたがしら―】が使えないとは言えアトミックは王室の護衛として訓練を受けた身だ。無様には喰らわないようだ。だが、
「重っ!」
あまりの重さに後方へと弾かれた。アトミックは何とか姿勢を正して次弾に備える。ぬいぐるみがドスンドスンと音を出しながら走って来ていたからだ。
続けて放たれたのはキック。床とほぼ水平に放たれたそれを跳躍してかわし、脚の上を走りぬいぐるみの首目掛けて蹴打を放つ。鞭のようにしなる蹴打を受けるぬいぐるみ。すると、ぬいぐるみの首が飛んだ。
「い⁉」
あまりにもあっさりとカタがついた。思い出の品とそっくりな物を壊してしまった事に対する罪悪感も生まれただろう。
だが異変はそれだけではない。
「――!」
ぬいぐるみと関わった記憶が壊れた。誰に貰って、どこに連れて行き、どんな風に抱きしめたのか。それらの記憶が消失しただろう。
「オイオイ……」
アトミックが立ち尽くしていた時花柄の床を残して景色が一変した。コンクリートが分解され、その上にあったレンガまでもが分解され、再び収束していく。
今度の舞台は機械仕掛けの何か。何らかの鋼鉄線が通っているチューブに金属の板、レンズにモーター音。ずしん、ずしんと言う音と振動。
「何だよここ?」
アトミックは世界を構成するそれらを避けながら歩いて行く。下手に物は壊せないはずだ。これ以上記憶を奪われるわけにはいかないからね。
歩き続け、彼は一つの円形の窓を見つけた。そこから外を眺めると海岸が見える。水着になって遊んでいる人たちもいる。と言うかそう言った人たちが海岸も海も埋め尽くしている。人気の観光地だろうか? アトミックのいる機械は観光客の隙間を縫って進んでいるようだ。
「……まさか……この目線……まさか」
目線の高さは大人の男のそれ。ずしん、ずしんと言う音と振動。左右に上下にと動く円形の窓。
そう。ここは、人型ロボットの中だ。
「どう言う世界?」
「コレモ、アトミックノオモイデノセカイサ」
彼が言うには。
十数年前――アトミックの誕生日に父がある創作キットを買って帰って来た。アトミックの父は軍属の技術者でたまに良くわからないものを持って帰る。中には銃や防具と言ったわかりやすいものもあったが時折何かの設計図なんかを持って帰るのだ。当時子供だったアトミックは傍でそれを眺めても意味不明だった。
そんな父がその日買って帰ったものはアトミックを将来的に技術者にする為の教育用の創作キットだ。一般的なショップで買える初級者用ロボット創作キット。搭載されるAIも簡単な受け答えをするだけのものでできる事と言えば部屋の掃除と物の持ち運びくらい。
だけど子供にはそれで充分。アトミックは初めて触るロボットに胸を躍らせて製作に入った。
一日目は小難しい説明書とにらめっこをして腕を組み上げた。と言うかそれしか進まなかった。
二日目は脚。
三日目は胴体。
四日目に頭。
五日目にAIプログラムを組み上げて搭載した。
六日目。とうとう起動させる時がやって来た。アトミックは爛々と目を輝かせながら小さな手で起動ボタンを押した。動かなかった。押し方が悪かったのかともう一度押したがそれもダメ。
腕組みをして説明書と向かい合い、七日目、改めて起動ボタンを押した。ロボットの目が光った。成功だ。ロボットはアトミックを見つめて「マスター」と口にした。アトミックはロボットを抱えて父と母の元へ駆けて行きそれを見せた。二人は一人でロボットを組み上げた息子を褒め称え、ロボットに名前をつけてみればと提案した。そう言えばそうだとアトミックは思い、確かに名を付けた。
が、今アトミックはそれが思い出せないようで。
「そうだ……こいつだ……」
現在アトミックの乗るロボット、これこそがその時組み上げたロボットであった。
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