第265話「わかってないなぁ、愛されたいってのは嫌われてる奴の台詞だよ」
ごゆっくりどうぞ。
その様子を外で観ながら囚人は舌を打った。
「ヨケイナコトダ。ナゼサッサトニンギョウニシナイ」
「君さ、自分の人生面白おかしく生きようとか思わないの?」
キューブから響くワシの声。
「オレガナゼココニイルトオモッテイル」
「ママンに捨てられたからでしょ? 腕が四本あったとか聞いているけど」
「ソウダ」
「それで【アルターリ】になっても腕四本なのは何で? バカなの?」
ふん、と鼻を鳴らす囚人。これっきり会話を打ち切ってやろうかと言う考えが読み取れたから先にワシが言葉を続けてしまう。
「未練があるんでしょ」
「ナニニダ?」
「ママンに」
「ナイナ」
「あるよ。君はこう考えたんだ。『普通の人間になりたいわけじゃない。ただこの体の自分を認めて貰いたいんだ』ってね」
図星だったようだ。だから囚人は口を閉ざしてしまい。
「良いんじゃない? 誰だってママンパパンには愛されたいよ」
「……オマエモカ?」
「勿論。誰だってって言ったっしょ?」
自分も含めてさ。
「ソノワリニジャンヌ・カーラニイルジカンガナガイナ」
「わかってないなぁ、愛されたいってのは嫌われてる奴の台詞だよ」
「……ソレハワライナガライエルコトナノカ?」
「嫌われ歴長いから」
ワシはごくごく普通な家庭に生まれた。可もなく不可もなく。父は二流企業の幹部。母は自分を含む五人の子供を育てる為に仕事を辞めて専業主婦になった。今でも一番下の弟を中心に独り立ちをしていない三人の面倒を家で見ている。
その中でワシだけが上昇志向にあった。
子供の頃からモデルをしてちょっとしたドラマに出た経験だってある。しかしそれを辞めたのには理由がある。生まれ育った田舎の古さが嫌だったのだ。いや、正確に言うならそこに住んでいる人間の呑気さが。「田舎だからこれで良い」だの「なに本気になってんの?」だの「発展何て都会に任せておけば良いんだ」だの言って何も変わらない田舎が嫌だった。何も変えようとしない田舎者が嫌だった。
そしてそんな田舎をほったらかしにしている中央の連中が嫌いだった。
だからワシは仕事を辞めて国を出た。国を出て、外からクーデターに手を貸した。結果母国はクーデターによって転覆し、その後のクーデター派の国家運営は上手く行かずに現在は国際統治領となって再建の道にある。前よりも発展する形にあるがワシに向けられる故郷の反応は冷たいもので、視線は家族からも向けられた。幸いだったのは家族が被害者として手厚く扱われている事だ。それだけは本当に不幸中の幸いだった。
ワシは外国を転々としてその道中で切縁・ヴェールにジャンヌ・カーラへと導かれた。気に入られたと思っている。彼女には多くの人間を敵に回しても目的を遂げる芯の強い仲間が必要だったから。
切縁・ヴェールに大鎌を与えられてワシは生き易くなった。パペットを得てもっと生き易くなった。
家族とは生き辛くなったが今もワシは秘かに見守り続けている。
「まあ良っか。
さて、ワシはもう寝るよ。今夜からララを人形にする為に動くから君も休んでいなよ」
「サッサトシロヨ」
「りょーかーい」
すぅ すぅ
ララは静かに寝息をたてながら夢の中にいた。眠りは深そうだ。窓の外からカーテン越しにララを見ている人の気配にも気づかずに。だからこそ護衛が必要なのだがそのアトミックも今は自宅で寝入っているだろう。
ひっそりと窓の向こうにいる人影は揺らめき、窓を割らず突破しララの眠るベッドの脇に立った。なに、いま色があるとは言え元はこちらが本当の影だ。窓を透けるくらい簡単にできてしまう。
ララは目覚める様子すら見せない。色の付いたララはベッドに眠る妖精サイズのララの上に四つん這いになるとそっと両手でララを押さえる。ゆっくり、物音をたてずにララをベッドに押し込み、ララの体がベッドに染みるように消えていく。代わりにベッドには黒いシミが広がって――ララが、物言わぬ影となってしまった。
クスクス、くすくす。
「おはよー」
「おはー」
「おっす」
皆思い思いの挨拶をしながら教室へと入っていく。アトミックが中へと入った時にはもうララは席について新しくできた友人たちとお喋りをしていた。
「あれ? 何だか皆小さくなったか? いや、オレたちは元々妖精か」
頭をポリポリと掻きながらアトミックは今の考えを夢のように消して自分の席に向かう――ところで誰かに後ろから抱きつかれた。
「はよーアトミック」
「うわぁ⁉」
首筋にかかる吐息。妙に艶めかしく温かいワシの息にアトミックは本能的に拒絶の悲鳴を上げた。
「うわぁって……幾らワシでも傷付くんだけど」
「わ、悪い……いやオレが悪いのか今の?」
「しようがない子だなぁ。ほらカップルとして仲良くやろうよ」
「カップルじゃないし⁉」
その様子を女子たちは喜色の表情で見、男子たちは気色の悪いものを見る目で眺めていた。
アトミックは腕を組まれて自分の席まで行くワシに付き合わされてララの傍を通る。
「…………っフ」
「笑った! 姫さま今笑った!」
「や、仲良き事は素晴らしきかなって言うし幸せそうだなって思っただけよ」
「素晴らしくないし⁉」
アトミックとしては一刻も早く縁を切りたいところかもね。
「……ねぇララ?」
「なぁにシンリー?」
「ご機嫌は?」
「はい?」
質問の意味がわからず、適当な相槌で応える事にしたみたい。
「絶好調よ?」
「それは良かった」
「? 何か具合悪かったんすか?」
二人の会話の意図が見えないアトミック。昨日ララが具合を悪くしていた様子はなかったから、少し戸惑っているようだ。
「何でもないわよ」
「? はぁ」
「はぁい皆さん席について下さーい」
怪訝な表情をしていると先生が教室に入って来た。生徒たちはガタゴトと机の角に当たりながら自席へと戻り、朝のホームルームが始まった。
「――では、何と! 今日も転入生がいまーす」
「「「ええ?」」」
先生の一言に騒めく教室内。その中にワシもいた。誰かが入って来るなんて聞かされていなかったから。
「どうぞー」
「ハイ」
そう先生に呼ばれて入って来たのは、妖精サイズの【アルターリ】だった。
「――⁉」
それに動揺したのはなんとワシで。小さくなってはいるがその【アルターリ】は間違いなく自分が連れていた四本腕のあいつ。しかし前述通りワシは彼がここに入って来るとは聞かされていなかった。
このヤロウ……。
先生は長いチョークで黒板に名前を書く。
「はい、では自己紹介お願いしまーす」
「はい先生。
エモート・マルウです。宜しくお願いします」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




