第259話「未来って後―――――――――――――」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「はっ」
一人、ララは一人で暗闇の通路を駆けていた。いや、正確に言うと窓から差し込む光はあるのだが光はどこにも広がらず窓の形をぽっかりと床に映すだけで。
ララは窓の光の上で足を止めた。ない。在るべきものがない。
影だ。
ララの足元には自身の影がないのだ。それにだ。今のララの姿はと言うと――黒だった。真っ黒。墨をかけられたかのように全身が黒い。
こうなってしまったのは凡そ二十分前。ララはアトミックと共に黒い街へと降り立った。そこには二人の到着を待ちわびていた囚人と看守であるワシがいて、すぐにワシがジョーカーを発動した。
「嘘……」
ララの色は影が在るはずの地面へと移り、逆にララ自身は影の如く黒くなったのだ。
「しかも力まで奪われるなんて……」
そう。今のララにはパペットは勿論【覇―はたがしら―】が使えない。それどころか立って走る程度の力しか残されていないのだ。
「アトミック! 出てきちゃダメよ!」
全力で張った声もいつもの半分以下の声量。そして応える声はない。当然だ。応えてしまったらせっかく逃れる事ができたのに居場所をばらしてしまう。だからララは一人で逃げ続けている。のだが、この辺り一帯の影はもうワシのジョーカーの影響を受けていて逃げても逃げても黒しかない。
「でも攻撃してくるわけでもないのよね」
「攻撃しようと思えばできるんだけどねぇ」
「――!」
靴音がなかったからかな。囚人を伴ってすぐ後ろまで迫っていたワシにララは目を瞠る。
「折角ここまで来た勇気溢れる人をあっさりヤっちゃったらつまんないでしょう?」
「面白い事したいなら遊園地にでも行ってくれない?」
「あそこねぇ」
窓から遠くに見えている黒い遊園地を見る。
「あれ遊びつくしちゃったし」
「……ジョークで言ったんだけど」
「知っているよ。ただ会話を楽しんでいるだけ。ほら、調べれば答えがわかる内容でも人に聞く事で会話を楽しむタイプいるでしょう? ワシはそう言う子」
「ふぅ……ん」
じり……と脚を軽く後ろに下げるララ。彼女としては何とかここから逃げたいところだ。今の何の力も持たない状態では手の打ちようがない。ワシに敗けてしまう。
「外の世界にも遊園地あるわよ? 行ってみたら?」
「それも遊びつくしちゃった」
「(行ってんのかい)」
ただのララによる挑発だったが、ワシが人間らしいところを見せたからか少し毒っ気が抜かれてしまったご様子。
「男の子で遊ぶのも飽きたし」
「ビッチは嫌われるわよ」
「あ、ワシ男ね」
「……あ、そう。
別に同性愛を否定する気はないけど、ただ遊びまくっていたと言う事実にドン引きよ」
「あ、ちょっと引かないでくれる? 差別良くない」
「……ごめん」
「んふ。ちゃんと謝る人は偉い人だよ」
この流れでララはワシが話せばわかってくれるタイプと思ったのか、
「ねぇ、ワタシたちが戦う必要ってあるのかな?」
こんな事を言ってくる。
「うん?」
「ワタシたちは切縁・ヴェールさえ何とかできれば良いんだけど」
「それは無理だね。今回の計画は切縁が主犯だけどそれにワシたちは同意して力を貸しているから。切縁の敵はワシたちの敵だよ」
「計画。切縁・ヴェールは……あんなアプリをばら撒いて何をしたかったの?」
「ん~」
ワシは上を向いて顎をかく仕草。言って良いものかどうか逡巡する。やがてワシは顔をララへと向け直し。
「そうだねぇ、とある人間を一人殺す為だよ」
一人。その言葉にララは目を瞠った。
「一人? 無差別殺人じゃないの?」
「そうだよ」
目を瞠って、次いで表情に怒りが。
「じゃあ何であんなに人を殺して――」
「標的がわからないんだよねぇ」
「――は?」
怒りが霧散したようだ。あまりに意外な答えに不意を突かれたのだ。
「わからない? 殺す程憎い相手が?」
「別に憎いわけじゃないんだけど。
【史実演算機】――知っているでしょう?」
「ええ」
「ここにも同じものがあったりするんだけど」
「あ、本当に史実演算機持ってたんだ」
「まあね。でそいつが弾き出す未来って後―――――――――――――半年もないんだよ」
「――⁉」
未来がないと言われてララの表情は驚愕に染まる。当然だ。それはつまり。
「滅ぶって言うの? 人間が?」
と言う事なのだから。ただ、ね。
「甘いなぁ。未来がないって言うのはそのままの意味だよ。世界が消えちゃうんだよ」
「せ――かい……」
途方もない話だ。だからララは戸惑っている。いまいちピンとこないがそれが大きな事態であるのは理解できている表情。
「そう。まさにお先真っ暗。
んで切縁・ヴェールはずっと原因を調べ続けていたんだけど、一人の人間が原因だってとこまではわかったの。ただそれが誰かまではわからないんだよねぇ」
「だから……手当たり次第に殺しているって?」
「そう。んじゃ聞こうか。
それでも切縁・ヴェールを止めるかい?」
数秒停止するララ。
世界が消える。人間だけじゃない。動物も、植物も、菌も、大地も、空も、星も。この宇宙そのものが消える。
考え続けるララ。
停止が解け、困惑する。
【覇―はたがしら―】があれば誰かに助言を求められただろうね。例えば宵。例えば幽化。例えば最高管理。今あげた人たちならきっと色好い返答をくれた。しかし今はそれもできない。彼女は一人で考えねばならない。これまで通り切縁・ヴェール打倒に向けて動くべきか? それとも状況が変わったとして脚を止めるか? いやそれよりこの看守の言葉は本当か?
ふふ、困ってる困ってる。面白いなぁ。
本来なら汗をかいていただろうけれど黒くなってしまった今では汗すらかけない。唾も出て来ないから飲み込むものもない。
それでも困惑は如実に態度に現れる。
「うん。戸惑っているのはわかるから無理に表現しなくても良いよ」
「……貴方の話が本当か不明ね」
「そうでしょうねぇ。誰かに話したいでしょうねぇ。でも残念。切縁・ヴェールからは侵入者を殲滅しろって言われていたりして」
「――!」
ワシからの殺意にびくりと体を揺らす。
「良かったでしょう? 戦う理由ができてさ」
そう言うワシの姿がララの視界から掻き消された。別に移動したわけでも霧に消えたわけでもない。横殴りの光がワシを覆ったのだ。これは。
「アトミック⁉」
によるレーザー攻撃か。それがまともにワシにヒットした瞬間であった。
「うん、話をしっかり聞いた上で攻撃とか実に合理的」
だが、レーザーの消えた後に残っていたのは半球状の影に覆われたワシと囚人。半球影が割れて出て来たワシらは――無傷だ。ララは割れた影を見て驚いている。薄かったからだ。恐らく一センチメートルにも満たないだろう。そんなもので人を包む程の大きさだったレーザーが防がれるとは。アトミックのレーザーは非常に強力な一手である事は間違いないのに。その証拠に壁は壊れて通路は抉れている。
けどね、こっちがそっちの情報を得ているのに対処してないはずがないでしょ?
「修復修復」
ワシが楽しそうに言うと言葉通りにレーザーを受けた痕跡が修復されていく。
「ああ、これはワシの能力じゃないよ。この街の自己修復機能」
「……ここ、何でできているの?
最初はナノマシン建築かと思ったけど……オービタルリングに似た修復機能があるから。あそこはナノマシンが自己増殖して修復されるのよね。
でもここは違う気がする」
「うん。違うよ。この街はエネルギー構造だよ」
「エネルギー構造?」
恐らくララにとって初めて聞く言葉。ワシだってここ以外で聞いた覚えがない。
「切縁・ヴェール特製の人工エネルギーを高めて物質化しているんだよ。ここを――ジャンヌ・カーラを壊したければそいつの発生装置を壊すしかないんだけど、場所は自分で探してね」
まっそれはここを壊す必要があればだけど。
ジャンヌ・カーラはそれ自体が兵器と言って良い機能を備えているから壊すのに意義はある。エネルギー発生装置がどこにあるかは秘密なんだけど。
「まあ、全部ワシとこいつを倒した後の話だね」
囚人の首に大鎌を当てながら。
「……そうね。因みに貴方を倒したらワタシの色は戻ってくるのかしら?」
「それは大丈夫。保証するよ。ワシを倒せば戻って来る。
勿論――」
ワシはマントから覗く口角を弓なりに曲げる。嗤ったのだ。
「ワシを倒せればの話ね」
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