第258話「今、自分を一匹って言った?」
ごゆっくりどうぞ。
小蠅の口が同音を吐き出す。
クリマは――いや、クリマたちは一斉に飛び立って霧散して。
「ど、どーするよー君⁉」
「全部は追えない! けど命令を出している本体がどこかに紛れているはずだからそいつをどうにかできれば――」
「「「どうにかってどーするのー? 見つけられるのー?」」」
確かに嫌味通りに難しい。なら。オレは『希望』に触れて、
「咆哮!」
を勘で放ってみる。そのままの状態で腕を動かし小蠅を消し炭にして行く。『希望』で運を上げての攻撃だ。運が良ければ当たるはずだが。
「「「むーだー。こっちも『希望』使えるしー」」」
「んじゃ二人分の『希望』ならどーだい⁉」
涙月も『希望』に触れる。良い運が上乗せされた咆哮は更に小蠅を消して往く。
「「「違うんだなー」」」
当たっていない。本体には。
「違う?」
「「「この状態ってー分裂でも分離でもなくてーワシを小型化して増やしているんだよねー」」」
嫌な予感が背筋を伝った。増やしていると言う事は。
「「「一万人分のワシの『希望』があるんだよねー」」」
「「な――?」」
「「「だからこうやって『希望』に触れて二人の不運を上げるとー」」」
――! なんと、オレたちの体から血が噴き出た。
「「「血管だって正常に動かなくなるんだよねー」」」
倒れ込むオレと涙月。その体からは尚も血が流れ出続けている。まずい。これは非常にまずい。オレたちは即座に【覇―はたがしら―】による治療を最大限に引き上げる。けれども出血はまだ続いている。
「「「不運を上げているからねー。運良く回復はできないよー」」」
小蠅がオレたちを取り囲む。隙間には毒が浮かんでいて上も横も逃げ場がない。それならば。
「燃やし尽くす!」
紙剣を人魂に戻して八方に飛ばす。それを見た涙月も火を発生させる。
「「「むーだー」」」
燃えて行く小蠅。一匹一匹と確実に減ってはいるのだが。
あれ? おかしい。小蠅の数増えていないか?
先の咆哮に続いてこの二人分の火でかなり数は減らしたはずなのに。
「「「言ったよーこれは増えているんだってー。本体は皆なのー。だから一匹でも残っていれば数はまた増やせるんだよねー」」」
全部一斉に倒すしか勝機はないと。……いや待て。
「今、自分を一匹って言った?」
「「「それがどうかしたー?」」」
「一人じゃないんだ」
「「「? 言ってる意味がわからないー」」」
人じゃないなら。
「『希望』で君に種族名をつけてあげる。君は“小蠅”だ」
「「「――⁉」」」
「力が抜けて行くね?」
クリマが自分を人間だと思っているなら新しい種族名何てつけられなかった。けれどクリマ自身が自分を虫としてカウントし種族ネームを持たないのなら間違いなく彼女自身が『希望』を受け入れ、名をつけられるはずで、実際にそれは達成された。これでクリマは蠅の王ではなく小蠅程度の力しか持たない。
「何千の数が集まってもその力は人間に敵わない。今の君の『希望』はオレたちに通じない」
「「「……そっか」」」
「ここ通してくれるならこれ以上は何もしないよ」
落ち着いてくれると思った。ところが。
「「「んじゃ小蠅として殺すかなー」」」
「「――え⁉」」
クリマが一斉に動きだした。オレと涙月の――口に向けて。オレたちの体内に入ってくる気だ。
「(涙月! 口を開いちゃダメだ!)」
「(ん!)」
オレたち二人は唇を固く引き締める。
「「「でもー穴ってそこだけじゃないよねー?」」」
クリマは――小蠅は耳に鼻にと飛び込んで来る。体内への侵入を許した。小蠅はオレたちの体内を飛び回って至る部分の細胞を咬んで傷つけて行く。その内の数匹が心臓と脳に到達し――咬んで咬んで咬んで。オレと涙月の意識は途絶えた。
「「「勝った勝ったー」」」
小蠅たちは、クリマは全て地面に落ちてただ静かにそう呟いた。
そう、落ちたのだ。意識を眠りにつかせてだ。
オレがクリマに種族名をつけている間にこっそりと涙月も『希望』に触れていたのだ。弱ったクリマの『希望』及ばぬ力で祈り、クリマの時間を狂わせた。クリマは眠りについて今夢の世界にどっぷりと嵌っている。
一方でオレたちは回復、ふぅっと息をついた。
「念の為」
涙月は風を巻き起こし小蠅を集めるとそれら全てを氷の中に閉じ込めた。
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