第256話「切縁が集めたーやばーい奴だよー」
ごゆっくりどうぞ。
涙月から吹き上がる豪風。それは彼女自身を包んでいた煙を飛ばし、更にクリマから吹く風もかき乱す。
「あー」
場の流れを涙月の空気が支配して、
「憎!」
更に涙月からの援護の光が紙剣を覆う。攻撃性溢れる光を宿したままの紙剣を後ろに引いて一思いに刺突した。
「……あぅー」
紙剣はクリマの胸に突き刺さり、恐らくは心臓も刺したはずだ。子供に対して酷い事をしている自覚はあるが今はそうも言っていられない。オレはすぐに紙剣を抜いて、力の抜けて行くクリマの体を受け止めた。
「【覇―トリ―】――エスペラント」
「「――!」」
輝くクリマの体。オレは慌てて体を放り出し、紙剣で斬りかかる。だが、クリマを包む茜色の小さな太陽によって弾かれる。
「涙月!」
「うん!」
「「【覇―トリ―】――エスペラント!」」
虹色の太陽と赤い太陽。オレと涙月も光に包まれ、一時速くクリマの拡張進化が完了する。
「これねー使うか迷ってたのー。相手が使うまで使うなーて言われてたからー」
成程。考えはこちらと同じか。そうでなければ先に手の内を明かす事になるからだ。すぐに決着をつけられるならさっさと使えたのだが、そうは行かないだろうと最高管理は判断した。
けど。
今こうして喋ってないでこちらに攻撃したら良かったのではないだろうか? そのせいでほら、オレたちの拡張進化が完了した。
「だってーそれって卑怯じゃーん?」
「……君らに正々堂々があるとは思わなんだ」
意外である。こちらは不意打ちにも備えていたのだが。
「あーひどーいあるよー。ワシ人間だもんー。獣みたいにーがっついてないよー」
「そう。疑ってゴメン」
「良いよーそいつはないと思うしー」
突然周囲のビルがオレたちに向かって倒れて来た。
「「――⁉」」
慌ててオレたちは上空に逃れ事なきを得る。ビルはすぐに修復の動きに入って、完全に直った時に先程までなかった影が一つのビルの屋上にあった。白い拘束衣を着た人間だ。ここジャンヌ・カーラの囚人。
「切縁が集めたーやばーい奴だよー」
そいつの傍に降りるクリマ。オレの横に並ぶ涙月。
「――――」
白い拘束衣の囚人から小さく音が聞こえた。何かクリマに向けて喋ったようだ。
「あーうん。今解いてあげるー」
クリマの持つ大鎌に紫炎のラインが浮かんだ。すると囚人の拘束衣が解けた。ぱさり、と落ちる拘束衣。その中にあったのはやはり【アルターリ】の体。人の形を取っているもののやたらと刺々しい体には弾倉の如くメスシリンダーが巻き付いていた。
囚人の顔が上へ――オレたちへと向いて、
にぃ
歯を形作った囚人の『口』が不気味に嗤った。
と思ったら、嗤う口から伸びる鎖の舌。
「うは⁉」
涙月の片脚がそれに絡め捕られ、
「涙月!」
オレは手を伸ばすも彼女の体は戻って行く舌と一緒に落下して行く。オレは慌てて後を追うが涙月に届く前にその体は囚人の元へと寄せられて、殴打される。
「セーフ!」
どうやら涙月の持つ盾によって防がれたらしい。しかし盾は一撃で砕かれた。
オレは手を伸ばして『希望』に触れる。涙月を殴りつけた囚人の腕が吹き飛んだ。が、腕がドロリと溶けてくっついて元の紺色の【アルターリ】の体に戻ってしまう。
なら。
オレは右腕で涙月を掴んで左手で再び『希望』に触れる。囚人の関節を全て外して修復を赦さない。そのはずだった。しかし事態は何も進まずに。
「――クリマ」
の、小さな手が『希望』に触れていた。オレの『希望』が『希望』によって打ち消されたのだ。
「ダメだよー。そいつ危ない奴だけどー切縁からの預かりものだしー」
囚人の手が動いた。攻撃ではない。体に巻き付いているメスシリンダーの一つを摘み上げたのだ。何の液体が入っているのかわからないが水色の液がそれから垂らされてビルに落ちる。
「「うわ」」
ビルが――溶けた。しかも修復が始まらない。オレたちは隣のビルへと飛び移って、その後ろを溶けたビルの粘液が追って来た。
操れるのか。
粘液はビルに当たり、更に溶かし、周囲一帯を粘液へと変貌させる。その間に宙に逃れるオレ・涙月・クリマ。粘液は浮き上がり、囚人の周囲を飛び回り、囚人の動かす指に従って蠢き続ける。粘液は手の形を取って女性の上半身を形作り――鳥人ハーピーとなった。一体・また一体と作られて、五十になった時に襲い来た。多いな!
「キリエ!」
苦無を飛ばしてハーピーを斬る。しかし斬っても斬っても元の姿に戻ってしまう。ならばと紙剣を人魂に戻して焼いてみる。これは効果があるらしく火に包まれたハーピーが落下して行く。
「ん?」
倒したはずのハーピーから煙が上がっている。焼いたせいだとは思うが、この匂い……毒!
「お任せ!」
涙月が彼女のパペット・クラウンジュエルに元々あったジョーカーで毒煙を吸い込んで放出する。勿論囚人に向けてだ。囚人は佇んだまま動かず代わりにハーピーが毒煙の盾となった。ハーピーを形作る粘液が焦げ茶色に変色し、灰になってボロボロと崩れゆく。
「(涙月! 今のを繰り返してハーピーをまず倒そう!)」
オレは【覇―はたがしら―】の機能で会話を飛ばして、
「(あいあいさ!)」
涙月の返事を受け取った。
ハーピーを火で包み、そのフォローに涙月がまわり数をどんどん減らしていく。
その間クリマへの注意も怠らない。小さな看守クリマはビルの屋上に造られた黒いガーデンに呑気に寝っ転がってオレたちの攻防を見学していた。できれば囚人を倒すまでそのままでいて欲しいのだが。
「よー君」
「うん」
囚人の手が動いている。自身を取り巻くメスシリンダーに伸びた手がそれを一つ取り上げてハーピーの灰に液体をかけた。灰は渦を巻くと紫色の気体となって宙に舞う。また毒だろうか?
「吸収しまっす!」
涙月の翳した掌に気体は吸い込まれ放出――されず涙月の体がグラついた。
「涙月!」
慌てて彼女の体を支える。
「どうしたの?」
「何か……視界が真っ白なんだけど……」
視覚をやられた?
「チガウヨ」
「え?」
口を利いたのは、てっきり自我を失っていると思っていた囚人。機械的な外見にも拘らず声は人のものに間違いなかった。
「イマノハネ、『フカシ』ノヒカリヲ『カシ』サセルクスリダヨ。ソノコニハヒカリガミエテイルンダ」
「光が視える……」
「ガイハナイ。タダ、ナレテイナイトウゴキヅライダロウネ」
「……それを戻すには?」
「ダイジョウブ。クスリノコウカハシダイニウスレテイクヨ。タダ、ソレマデキミタチガイキテイレバノハナシダケド」
成程。
オレは涙月を手近のビルに降ろし、座らせた。
「無理して動かなくて良いから。囚人はオレがやるよ」
「うん。クリマとバトる頃には何とか復活するから」
「ん」
ビルの端に脚をかけ囚人のいる場所まで跳んで。
「お待たせ」
「ナニ、キニシテナイヨ。サテサテキミハドウシテアゲヨウカナ?」
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