第254話「じゃあね、運と縁があったらまた逢いましょう」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
<時間になりました>
午前八時。表示されていた時計の針が頂点に到達した。
<此度の切縁・ヴェール及び看守との戦いには貴方ガタしか参戦を認められません。同時にそれは貴方ガタの双肩に責任があると言う事です。宜しいですか?>
言われなくとも覚悟はもう完了している。
オレだけではない。幽化さん、涙月、神巫、ララ、ゾーイ、糸未さん、スノー氏、氷柱さんに彼らの仲間たち。
【覇―トリ―】を会得した人は計十八名。それと二十四名が【アルターリ】を相手取る為に同行する。既に全員パペットと同化済みだ。
<では、サングイス氏>
「はいはい」
スローンズの中央に立つ大鎌を持ったサングイスさん。
<道を>
「幽化、ちょっと来て」
サングイスさんに呼ばれたのは幽化さん。幽化さんは面倒くさそうに椅子から腰を浮かすと彼女の前に立つ。
「まず、ジャンヌ・カーラがどこにあるかを説明しましょうか。ここです」
そう言ってサングイスさんは自らの頭を指した。一同にざわつきが生まれる。
頭? にジャンヌ・カーラ?
「切縁・ヴェールは昔紫炎を操り切れなかった。そのままでは人と言う人、街と言う街を焼き尽くしただ呪いを振りまくだけだったでしょう。その為に彼女は自らを拘束する牢を造りました。
人の『意識』の中に」
「「「――!」」」
「人の『意識』は連鎖しています。その内側に潜り込み、紫炎の数式を以て空間とした。貴方ガタが夢の中に世界を造ったのと同じようにね。切縁・ヴェールが突然現れていたのはその場にいる人の中から現れていたから」
サングイスさんの大鎌が幽化さんに触れる。首を刈り取るようにうなじに刃が触れる。
「向こう、明るいので目をお大事にね」
一瞬、ほんの瞬き一回分よりも尚短い程度に大鎌が輝いた。
「――ん? うわ⁉」
座っていた椅子から転げ落ちた。否。椅子が消えて地面に尻餅をついてしまった。お恥ずかしい。しかしそれはオレだけではなく周りを見ると他の皆も七・八割バランスを崩していた。
「涙月」
「うん……顎に手やっていたから色んなとこに痛みが走っちゃった……」
「ふっ。わたしはだいじょぶでした!」
エッヘンと胸を張るのはコリスだ。神巫によって【覇―トリ―】への挑戦は禁止されたものの【アルターリ】戦の為に同行を許されている。
「それよりだ。ここがジャンヌ・カーラなのか?」
ララとゾーイ、二人の姫の手を取って立たせているのはアトミック。他にも数名護衛として同行しているが【覇―トリ―】を得たのは彼だけだ。
ここは、真っ白だった。ただの白。地面も白だしずっと向こうも白。簡単に言ってしまえば何もない。
「いいえ、あそこよ」
彼の問いに応えたのはサングイスさん。彼女は言葉でこそ受け答えをしてくれたが視線はずっと上の方に向いている。その動作を真似て見上げてみれば――街があった。
「あれは――」
いつの日にかオレが見た街に似ていた。真っ黒な要塞都市。それが逆さまになって空を覆いつくしている。
「あの街がジャンヌ・カーラよ」
真っ黒な街にはビルがあって、道があって、木々があって、何と遊園地の姿まであった。とても牢には見えない。しかしサングイスさんが嘘を吐いている風にも見えない。
「基本、切縁・ヴェールが暇をして外に出たがらないように造られているのよね。まあ看守の妾たちも囚人も楽しんでいるけれど。
さて」
サングイスさんは腕を上げてまっすぐ伸ばしノビをする。「ん~」と喉の奥で声を一つ出して、
「それじゃ妾は切縁・ヴェールの所に戻るから」
「え?」
オレは思わず声を出してしまった。いや、てっきり一緒に行くものだと。
「妾は看守よ。ここまでは友人として手を貸したけれどここから先はノータッチ。敵でも味方でもないと思って」
仮に幽化さんが危機に陥ったらどっちの味方をするだろう? そんなの発言したら幽化さんに睨まれそうだから言えないけど。
「じゃあね、運と縁があったらまた逢いましょう」
サングイスさんは大鎌を縦に降ろす。すると空間が切り裂かれてその中へと消えていった。
さて、それではオレたちも行くとしますか。誰もがそう考えたのだろう、皆思い思いのタイミングで【覇―はたがしら―】の浮遊機能をオンにして――その瞬間、黒い街に光が灯った。
まさか。
「全員防御を!」
叫ぶオレに問い返す声はなくて、全員が咄嗟にエナジーシールドを展開した。同時に降りて来る光の洪水。街全体が攻撃の光を放ったのだ。
まずいこの攻撃からは逃げられない。
光に包まれながら皆が無事生き残っているのを願う。光に合わせて轟音鳴り響く中、オレはゆっくりと光を押し返し――ぽつりと声が聴こえた。
「コラプサー」
幽化さんだ。
光が渦を巻いて彼の翳した掌に集まって行く。どこまでも続く光は彼のパペットに――それと同化した彼に喰われて行って、傍目にも見えて幽化さんが進化していくのがわかる。相変わらず無敵な能力である。ずるい。
そんな事を考えていると光が消えた。どうやらこれ以上放ってもムダだと判断されたようだ。懸命。
「行くぞ」
幽化さんはそう言うと皆の返事を待たずしてさっさと浮遊し街を目指して行ってしまう。
「よー君」
「うん。行こう」
彼を追って一人また一人と飛んで行く。
「ジャンヌ・カーラのどこに切縁・ヴェールがいるかわからない。予定通り熱源反応に向けて別れて下さい」
「「「了解」」」
第零等級としてのオレの言葉に応じてそれぞれがチームを組んでばらけて行く。
「アトミック」
「おう、姫さまは任せとけ」
オレの言いたい事を先に理解し、アトミックは親指を立てる。
「宵」
「ん? なにララ?」
「気をつけなさいよ」
「ん、うん」
オレが頷くと、ララはアトミックと護衛を連れて別方向へと飛んで行った。今回ララとゾーイは別行動になる。二人共が【覇―トリ―】を得た為得られなかった人をカバーするのだ。ゾーイの元には王室ネットワークから姫を護れと言われているパフパフと護衛が一緒にいる。
「涙月、オレたちも」
「あいよ」
オレと涙月は二人組で動く。涙月はまだ第零等級になって日が浅いからオレが護る約束になっているのだが、涙月の性格からして『護られる』だけでは済まないだろう。きっと完全な共闘を望んでいるだろうからオレはそれに応えようと思う。
「皆さんお達者で~お元気で~仲良くで~またお逢いしましょ~」
と、呑気に手を振るコリス。神巫が一緒だから大丈夫だとは思うが……何か性格的に不安になって来る……。
呆れ気味にコリスを見ていると街に着いた。
「うは⁉」
間の抜けた声が涙月から。街に着いた途端重力が逆転したのだ。上に――街に向けて飛行していた体が真っ逆さまに黒い地面へと落ちて行く。オレたちは急いで浮遊する方向を変えて――
「――と」
ぶつかる事なく道路へと脚を着いた。
「あっぶなーい」
「「――⁉」」
間延びして何の緊張感も持たない声。呑気な声はすぐ近くからして、オレたち二人を刈り取る大鎌が首にかけられていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




