第250話「まだ【覇―はたがしら―】の能力さえ完全には引き出せていないみたいだから」
ごゆっくりどうぞ。
「いやいや……宇宙にだって果てがあるんだからきっとどこかには壁が……」
あるはずである。そう信じたい。
「涙月、空間を切ったりできない?」
「あ」
できるのね……。
「やってみよ。リゾーマタ・空気!」
涙月の持つランスが虹色に輝く。
「せーの!」
ランス一閃。回転しながら突き出された先端が空間をびりぃ! と布のように破いて――手が出て来た。
「「なっ⁉」」
伸びてくる異様に細くて大きな両の手に体を鷲掴みにされるオレと涙月。
この手は!
「【アルターリ】⁉」
「正解」
涙月の開けた穴から、腕に続いて顔が出て来た。肩・胴体・脚と続き現れて、五メートルはあろうかと言う巨体が出現した。その全身は白い布で覆われていて、肩に大鎌を持った黒マントが座っている。
あいつ……アトミックたちがオービタルリングで戦っていた奴と同じ。と言うか間近で見てもあの大鎌――サングイスさんの物と同じだ。まさか。
「ジャンヌ・カーラの看守?」
「正解」
先程と同じ抑揚のないコール。
「君らがジャンヌ・カーラに来ないように足止めしろって命令があってね」
「命令って誰に?」
掴まれた手を横に広げようともがきながら、涙月。
「切縁・ヴェールに」
「って、あんたら切縁・ヴェールに仕切られているわけ?」
「そうだよ宵ちゃん。っと言うか知らなかったんだ? ジャンヌ・カーラは切縁・ヴェールが造ったんだけど」
「「は?」」
切縁・ヴェールはジャンヌ・カーラに閉じ込められているのではなかったか?
「自分を捕える為に造ったのがジャンヌ・カーラだよ。あの人は呪いの紫炎を操り切れていなかった頃に自分用の拘束牢としてジャンヌ・カーラを造った。幽化と争って弱体化した時を狙って、自分に似た人材を集めて、看守を集めながらね。
だからワシ等は最初から切縁・ヴェールの仲間ってわけ」
そう、なのか。これは上司に話を持って行かねば。勿論生きてだ。
ただその前に聞く事がある。
「……この【アルターリ】は――」
「ああ、がっかりさせて悪いけどこれはただのロシア兵。囚人はジャンヌ・カーラで君らを迎え撃つ用意をしているんだ」
「んじゃ私らをこうしているのは何でっすか?」
「第零等級星冠は捕らえておく。戦力を削らせてもらおうかと」
ならば幽化さんもか。
「ま、決着がつくまで大人しくしといてね」
「「断る!」」
言葉の勢いを追い風にオレと涙月は体を掴む手を力任せに広げて脱出する。そして打ち合わせは目で。オレと涙月は一瞬だけ目を合わせて左右に別れた。オレは看守、涙月は【アルターリ】を討つ為に。
「命令は拘束だったけど、まあ良いか。後で蘇生して貰おう」
【アルターリ】の肩を蹴ってオレへと向かって来る看守。二人の距離はすぐに埋まって紙剣と大鎌が競り合った。
……競り合った……? 紙剣は至上の神刀だと自負している。ユメの不傷不死ならともかくこの大鎌は一体何だ?
「不思議に思っているよね、この鎌は一体何だろうって」
「……うん」
嘘を吐いても隠しても意味がないと思ったので素直に頷いておく。
その間にも紙剣の角度を変えて幾度か切り結ぶ。刃と刃だから斬れなかったのかも知れないと鎌の腹を突いてみる。が、貫けない。
「これはね、切縁・ヴェールの紫炎の塊なんだ」
呪いの炎。
「紫炎を数式で固形化したもの。敗れるとしたら暁の数式くらいだと思うけど、君たちまだ【覇―はたがしら―】の能力さえ完全には引き出せていないみたいだからまぁ今は無理だと思うよ」
待て待て。【覇―はたがしら―】の能力を完全には引き出せていない、だって? どんな過酷な環境でも耐えられる程のエナジーシールドにあらゆる面でサポートしてくれる機能、ネットに膂力の増大他にも色々できるのにまだ機能があると?
「それ! 詳しく聞かせて欲しいんだけど!」
「じゃあワシに勝ったら情報をプレゼントしてあげる。代わりに君が敗けたら涙月ちゃんと一緒にここで一週間拘束。この条件でどう?」
オレは目を看守から離さないまま涙月の気配を感じ取る。【覇―はたがしら―】でも心音や脈拍、体温を感じ取る。問題ない。涙月なら反対はしないだろう。
「良いよ!」
「了解。んじゃ手っ取り早く行こうか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――ゾ
「――⁉」
異様、異様としか表現できない気配を感じてオレは一度後方に跳んで距離を取る。
何だ? 今のは……。
「へぇ、きちんと殺意は感じ取れるんだね」
首筋と心臓に何かヒヤリとするものが当たる感覚。全身から力が抜けて冷や汗すら流せずただ恐怖だけに包まれる。
殺意。何ておぞましい……。
「では、行くよ。『スクージャ』」
看守によるパペット顕現。
「……なん――」
息を呑んだ。看守の伸ばされた手の先にある大鎌、その上に――人の頭部だけが乗っていたから。人一人の生首。何て常識外れのパペット。一体どんな精神状態でどんな情報を【覇―はたがしら―】に入れていると言うのだろう?
「スクージャ。【勿体ない。流れる血すら愛おしいと言うのに】」
ウォーリアネーム詠唱。パペットとの同化現象。黒いマントを頭から被っているせいでどんな姿になっているかはわからず、同時にどんな能力を持っているか想像もできない。
「さて行くよ」
看守の姿が――消えた。
「え?」
高速移動ではない。ただ消えた。透明になったのだ。【覇―はたがしら―】の諸々の観測にも引っかからない。これが彼のジョーカーか。
「キリエ」
オレの中のキリエがオレの考えを読んでオレの体を球状に苦無で覆う。これでどこから来てもまず苦無に当たる。はずだったのに――幾ら待っても攻撃はなく。
まさか逃げた? それともずっと隠れ潜んでいる?
「…………」
『……違う』
ぽつりと響くキリエの声。
『まさか!』
キリエがオレの体を操って左に顔を回させる。透明な苦無のずっと向こうに涙月の姿が見えて――って!
「涙月―――――――――!」
「ふへ?」
突然怒鳴られて【アルターリ】と戦っていた涙月が驚きに目を瞠り体を急停止させた。その涙月の首筋に、血が垂れた。
「いったーい!」
浅い。大袈裟に騒いでいるけれど殆ど掠った程度だ。良かった動きが止まったから運良く攻撃範囲に入らなかった。
安堵していると涙月に向かって黒色の鉱石が刺々しく伸びて行った。オレは全力で飛び出し、涙月の体を抱えて充分な距離を取る。
「よ、よー君、私どうやって切られた?」
涙月の体を傍に降ろすと、彼女は自分の首を摩った。血が付いたが傷はもう治療されてほぼ治っている。
「看守が透明になって潜んでいるんだ」
「透明? でも【覇―はたがしら―】には何にも――」
「うん。観測もできない」
文字通りの透明化。
「マジか」
「マジで」
二人背中を合わせて、改めて苦無を球状に配置した。その間動いていなかった【アルターリ】の姿が――消えた。
「「――⁉」」
自分以外も透明化できるのか!
「キリエ!」
苦無を更に顕現してこの空間の隅々に飛ばす。しかし当たらない。透明にできるのは存在そのもの! となるとこの苦無の檻も――
「よー君!」
叫ぶと同時に涙月がオレの足を払って二人一緒に倒れ込んだ。その瞬間オレたちの上を何かが通り過ぎた。【アルターリ】の巨大な拳が一瞬だけ透明化を解いたのだ。
「ありがと涙月……でもどうしてわかったの?」
「髪の毛に何か触れたから」
事も無げに言ってくれたけれどそれ凄いよ?
「けど、よー君」
「うん。実体化の瞬間さえ見逃さなければ何とかできるかも」
「かもじゃないよ。何とかすんの」
「……ん」
ん、と同時に左手首に針で刺されたような刺激が走った。見てみると――手首から血が流れ出ていた。
「――!」
すぐに治療に入る。涙月もオレの傷を見て表情を歪めたけれど治療が始まったのを確認すると周囲の警戒に移った。
「涙月」
「うん?」
「ちょっと耳」
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