第245話『逢っておいで、アマリリス』
ごゆっくりどうぞ。
少し楽しそうに口角を上げながら。楽しそうだ。きっと探求にロマンを感じるタイプなのだろう。
だが、確認しなければならない。
「逢わせて――貴方はどう言った反応を望んでいるのですか?」
「反応……は、どう転んでも良いかな。わたしはただ父娘を逢わせてやりたいだけだよ。信じられないかもだが」
苦笑しながら。
「そんな事は」
「良いんだよ。わたし自身『デス・ペナルティ』をばら撒いておきながら今更好感度が上がるとは思っていない」
今度の笑みは、恐らく自嘲。
オレはクシュCEOに向けていた黒目をアマリリスの父、或いは切縁・ヴェールの兄に向ける。
確かに――
「逢わせてはあげたい、ですね」
家族を失った経験がないからわからないが仮に父が行方不明になったら全力で探すだろう。涙月の方に目を向けると彼女はオレを見ていた。目が合って数秒、オレは頷く。
「呼びます。アマリリスをここに」
「いや、『デイ・プール』でお願いしたい」
体ごと入るゲームワールド『デイ・プール』。
「なぜ?」
「パランが現れた時の話は聞いている。君の前に初めて現れた時彼女は電子機器の全てを麻痺させたんだよね? ここでそれが起こったらこの会社どころか街一つ壊れかねないよ」
「ああ……」
そう言えばそんな事もあったっけ。ただ【紬―つむぎ―】で対処できたし今存在する電子機器はバージョンアップされているはずだから前と同じにはならないと思うけれど。それに用心するならば。
「『デイ・プール』は電子の世界ですよ? ifがあったらプールが危ない」
「……君は、君たちは二つのプールをどう思う?」
「どうとは?」
ゲーム中心の世界です、と言う答えはきっと間違っているだろうから言わずにおいた。
「神がこの宇宙を創ったのだとしたら、二つの新しい世界を創るきっかけになった暁の数式を放ったアマリリスはどうなる? アマリリスの助けを借りて二つも世界を創ってしまった人間はどうなる?」
「……人間が神の領域に入ったと?」
「神と言う存在がいるならね」
「信じていますか?」
「わたしは無から宇宙が産まれたとは思っていない。産まれるはずがない。だって無だったのだから突然『有』が産まれるなんてどう考えてもおかしい。
だから誰かが手を出したんだと思っている。
それを神と言うならそれでも良いが、わたしはそれを全知全能とは思わない。もっとこう、人間らしいものがあったんじゃないかと思う」
話が壮大になって来た。宇宙について語るのは好きだ。ロマンって人間が生きるのには必要だと思う。
が、神さま……か。
「流石に神さまはちょっと……」
「ははは。そう言う反応になるよね。
ま、わたしが言いたいのはつまるところ世界を創造したアマリリスなら『デイ・プール』が壊れても修復可能なんじゃないかって事さ」
「夢の方じゃいけないんですか?」
「夢を通じて人間の方に影響があるかもだからね」
「成程……」
確かに納得はできる。現実世界を護る事を考えたらそれが一番か。
「わかりました。
それじゃオレはアマリリスを連れて来るので、えっと、『デイ・プール』のどのゲームで待ち合わせますか?」
「リリィが造ってボツにしたゲームがある。その一つにしよう。パスはこれだ」
ゲームにinする為のパスを表示してオレの方に放って来る。オレはそのメモ一枚のホログラムを受け取ると書いてあるのが『デイ・プール』用のパスであるのを確認し、【覇―はたがしら―】に収納した。
「それでは。
えっと誰かついてくる?」
「私こっちにいるよ」
「この人が悪さしないように見張ってる」と脳に届く涙月の声。【サイバーコンタクト】【紬―つむぎ―】【覇―はたがしら―】に組み込まれた未来遺産の後継となる通信技術。
「わたくしアマリリスさまにお逢いしてみたいです! お迎えに行きます!」
妙にハイテンションになっているパフパフ。その場でぴょんぴょんと跳ねている。
一方で。
「えーと、えーと」
と狼狽えている凛さん。
「凛さんも残っていて下さい」
「そうします」
答えを出せないようなのでオレが決めてしまった。問題はあったかな。
「あ、大丈夫。私、男の子にリードして貰いたい派なので」
「そうですか」
オレは【門―ゲート―】を作り出して、
「それでは行ってきます」
それを潜った。
「アマリリス、パパに逢いたくない?」
「なぁい」
意外な答えが返って来た。それも笑顔で。アマリリスを太腿に乗せているコリスも困った顔だ。
「アマリリスさん、パパですよお父さまですよダディですよ行方不明だったおっとぉですよ。逢いたくないんです?」
傍で耳をたてているシスターたちもコリスの言葉にうんうんと頷いている。一人パフパフはおろおろとしていたが。
「ん~、だってママをほったらかしにしてた人だしぃ」
何かムカついているらしい。唇がアヒルになっている。
「理由は知らないけど石化していたから二人に逢えなかったんじゃないかな?」
「ママに聞いてみておっけー出なかったら行かない」
ちょっとすねてしまった。
「う~ん。パラン――ママに聞いてくれる?」
「う~ん。気乗りはしなぁいけど……やる」
そう言うとアマリリスは上の方を向いて、
「ママ」
と呼んだ。すると普通のパペットが出て来る時と同じエフェクトを発しながらパランが顕現した。以前よりも洗練された赤ん坊の姿で、ただ大きさは一メートルはあった。
「どうしようママ?」
『逢っておいで、アマリリス』
即答されると思っていなかったのか、アマリリスはちょっと驚きに動きを止める。
「……え? 良いの?」
『わたくしも行きますよ。貴女のパペットではなく母として』
「ん~、わかった」
渋々了承するアマリリス。パランはクスクスと笑って、次いでオレを見た。
『偶然とは言え良く見つけてくれました。ありがとう』
「あ、いや……」
礼を言われるとは思わなかったから少しキョドってしまった。思わず出されたコーヒーに口を付ける。……苦い。ブラックだった。
『それにしても切縁さまのお兄さまが中にいるとは……何がどうなればそうなるのでしょう』
「それはオレも聞きたい」
同時に聞きたい事がもう一つ。
『アマリリスのパパ』の意識は今も存在しているのか?
アマリリスと接触して『彼』が目覚めるのなら果たしてどちらの意識が表に出るのだろう? アマリリスとパランにショックを与えない結果だと良いのだけど。あ、でもその場合切縁・ヴェールにショックを与えるのか……。単純にして何て複雑な。
『悩みもそこそこに。行けばわかります』
「あ、ああ、はい」
『逢いましょう。あの人――ポレンに』
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