第241話「食後の運動にしてはハードそうだけど」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「え?」
状況を吞み込めないオレ・宵は一人きょとんとボケた顔を晒して戦場に立っていた。手に箸とお弁当箱を持って。
「……えっと」
横を見るとアトミックがいた。もうボロボロ。
少し視線をずらすともう一人気を失って倒れていた。こっちもボロボロ。
前を見ると化け物がいた。上半身が人間で、下半身が馬。ケンタウロスと言う奴だ。全身が黒くて機械だとわかる内部が少し覗いている。巨大な体の腕には巨大な奇剣が握られていて――成程。状況を理解したオレは箸をおむすびに突き刺して二口でそれを胃に通した。最後に果物であるリンゴを咀嚼してお弁当箱を床に置く。
「ご馳走さま」
両手を合わせていると巨奇剣が飛んできた。
「痛い!」
アトミックに腹を靴底で蹴られてオレはゴロンと転がり、その上を巨奇剣が通り過ぎた。それは壁を砕いて外にまで姿を見せる。通行人いないだろうか?
「ちょっと! 油断して見せて反撃するつもりだったんだけど⁉」
オレは力いっぱい声を出して苦情を訴える。
「え? マジで? ごめん」
素直に謝ってくるアトミック。うん、素直って素晴らしい。
「食後の運動にしてはハードそうだけど」
オレは立ち上がって服に着いた汚れを手で払う。
「【手にした夢は純白の輝き】」
じゃららと鎖の音を立てながら戻って行く巨奇剣。オレはその鎖を掴んで止めて、
「――ぁ!」
鎖を素早く引いて巨奇剣をケンタウロスに向かって投げ飛ばす。しかしケンタウロスは物ともしないで巨奇剣を受け止めた。
「――⁉」
ケンタウロスに人の目があったならきっと瞠っていただろう。巨奇剣の後ろに潜んでいたオレがアイテムの紙剣をその喉に突き刺したのだから。
「ら!」
オレはそのまま紙剣を振り降ろし。上体を真っ二つに割る。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
吠えるケンタウロス。ケンタウロスの傷口からイエローダイアモンドが伸びて二つになった胴体を繋げ修復する。
ケンタウロスが巨奇剣を持たない左腕を横に薙いだ。
「――っつ!」
そこからイエローダイアモンドが矢のように打ち出されオレを襲う。オレは足にエナジーシールドを集中させて矢を蹴って、蹴って蹴ってその上を走って再びケンタウロスと肉薄する。だが今度は突き刺さってはくれず胴体にレンズを配置し光弾を撃ってくる。それをガラスに似た苦無で割るオレ。しかし光弾は激しく爆発する。
「ぐっ⁉」
爆発に巻き込まれたオレは右に左にと飛ばされながら何とか距離を取る。爆煙が広がる前に大きく息を吐いて吸い直し、キリエのジョーカーを発動。バッファローの突進力を身に纏い【覇―はたがしら―】の探査で煙に隠れるケンタウロスの位置を確認、突撃した。
「――っ⁉」
両者の頑丈な体がぶつかり合って、ケンタウロスが重い体を持ち上げオレは露わになったその腹に蠍の毒を注入した。びくん! と揺れるケンタウロス。しかしケンタウロスは倒れず全身を分解して戦闘機の姿になり一度上空へと飛んだ。追撃しようかとも思ったけれどオレの体は警報を鳴らし、何とか踏み留まる。
戦闘機の全身が黄色に染まっていく。自身の体をイエローダイアモンドへと変質させているのだ。ぼたぼたと落ちてくる蠍の毒を浴びないようにオレは避けて、全身を変質させた戦闘機が凄まじい速度で落ちて来た。
勢いに負けて削られるビル。オレは壁際まで移動してそれを避けるが戦闘機は床を削って更に下の階の床も削って地面も削って何と滅茶苦茶に地面を削り始めた。
……いや。これは支柱を削っているのだ。となると――
「アトミック!」
と他一名を急いでいる余り少々乱暴に掴んでビル外へと跳び出した。直後に崩れ落ちるビル。本来ならそこでホッと一息つくところだろう。お弁当箱はオジャンになってしまったがしようがない。また買えば良い。今度はもっと良いデザインのにしよう。それよりも、だ。このビルの異変を感じ取って人々が取り巻いているだろうと思っていたけれどそうではなく、外は木の形をした【アルターリ】で埋まっていた。
「嘘でしょ……」
その【アルターリ】から、【アルターリ】の枝から鋭い切れ味を連想させる程に輝く葉と言う名の刃が解き放たれた。
「――無理!」
エナジーシールドでも星章でも防げないだろうと判断し、オレは空に飛んだ。その直後だ。那由他の葉がビルの瓦礫を切り裂き砂の如く風に舞う。ビルすら砂にする葉の圧。これを人体で喰らったらどうなってしまうか想像するだに恐ろしい。その恐ろしきものが中空で向きを変えてオレたちに襲い掛かって来る。オレは更に上昇し、雲の中へと姿を隠した。当然センサーに発見されないよう偽造も忘れない。葉が容赦なく雲ごと爆斬するかとも思ったがそれはなく。
良し、今のうちに対策を。そう思っていた時。
こつん、と肩に何かが当たった。
「?」
雲の中に――堅いものがある。
「……そっか」
葉が襲って来なかったのはこれが原因か。
雲の中にあったそれは、言うに及ばず【アルターリ】。球体状のそれはバチチッと弱い静電気を放つと次いで全方位に向けて雷撃を放った。
「――っ!」
考えが浅かった。エナジーシールドは宇宙空間ですら人体を守ってくれる。だから雷撃くらいならと一瞬考えてしまった為に動作が遅れてしまう。それは致命的な隙になり、オレの脚に触れた電気が全身に流れた。オレの体は痺れ髪は広がり、止まったところに雷撃の第二波が到着。
まずいまずいまずい。
【覇―はたがしら―】の治療が逆効果。飛びそうになる意識は持ち直し、雷撃は尚もオレを討つ。
「――――――――――――――――――――――――――キリエ!」
命の灯をエナジーシールドに被せる。しかし光が弱い。オレの精神が波打っているせいでリンクしているキリエにも影響が出ている。
「だけど!」
何とか、何とか体は動く。それなら。
オレは避けるのではなく球体【アルターリ】に向けて突撃した。耐えられる内にあいつを機能停止させる。前に突き出した左手で雷撃を拡散させながら近づいて、その時球体【アルターリ】がオレから離れる為に後退した。
「――させるか!」
「え?」
その言葉はオレのそれではなかった。アトミックだ。彼は全身を海水に変えると雷撃を流して球体【アルターリ】に纏わりつき、凍り付いた。
「宵! 今――」
次の瞬間、アトミックの体を無数の刃が貫いた。緑色の鉱石の刃。球体【アルターリ】による攻撃だ。しかしアトミックは決して束縛を解かず。だからオレは一気に距離を詰めた。
「――はっ!」
紙剣で球体【アルターリ】を両断する。球体【アルターリ】に灯っていた光が消えて、二つに分かれたそれは地上へと落ちて行く。
「「――⁉」」
それを待っていたかのように元ケンタウロス現戦闘機の【アルターリ】が超速度で下から現れた。しかしそれはオレとアトミックの間を通り過ぎる。どうやら敵センサーへの偽造がうまく働いていたらしい。だがオレたちは突風に煽られ流され。その間に戦闘機は飛行角度を変えて迫って来る。
「ドレッドノート!」
アトミックから分離したドレッドノートが戦闘機とぶつかり合って轟音を響かせた。どちらも堅固だった為か両者は錐揉みしながら飛ばされて、オレは掴んでいたアトミックの同僚をアトミックに投げて戦闘機を追った。バランスを崩している今しか恐らく捕えられない。
オレはタコの触手を顕現し、戦闘機を絡め捕る。
戦闘機はイエローダイアモンドを精製して触手を切ろうとする。
苦無を飛ばしてイエローダイアモンドを切り刻み、紙剣に恐竜T-レックスの牙の力を纏わす。その時木の【アルターリ】の那由他の葉が飛び込んできて戦闘機の周囲に棘となって重なり並んだ。
――構うか。
オレは紙剣を右手に握って左に振り被り、一気に薙ぐ。
「……っ!」
戦闘機は真っ二つになって輝きを失い地上へと落ちて行く。あとは木の【アルターリ】だけ。しかし葉は既にオレの全方位を取り囲んでいて、勢い良く襲い掛かって来た。
まずい、避ける隙間がない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「――⁉」
青い流星。が、下から葉を貫いて隙間ができた。慌ててそこから外に出るオレ。
今のは?
流星が飛んで来た方向に顔を向けてみるとアトミックに肩を支えられる彼の仕事仲間の男性と目が合った。今のは彼の槍か。
「……ジョーカー」
男性がぽつりと口にすると、青い槍が青い炎に包まれた。槍は葉の一つを貫いて青い炎が全ての葉に伝播する。その青い炎を入り口に槍の威力だけが葉に伝播して砕き、更に本体である木の【アルターリ】も大穴を開けて光を失った。
オレは急ぎ周囲とビルのあった場所を確認する。
【アルターリ】は――もういそうになかった。
お読みいただきありがとうございます。
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