第239話『壊れるまで襲って来るぞ』
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
オレ――即ちアトミック・エナジーはぶすっとしてベンチに座り込んでいた。
「まあこんなもんだろ」
同僚の持って来たドリングボトルを受け取り蓋を開け一気にあおる。喉の奥で炭酸が弾けてげほっごほとむせてしまった。クスリと笑っていく通行人と目が合ってオレは顔に熱が溜まるのを感じた。
「はぁ、そりゃ上手く行くとは思わなかったけどさ、門前払いはないだろう?」
喉が落ち着きを取り戻したところで同僚にそう返す。
「ここはロシア。俺らが突入しようとしているのはそこの政府お抱え企業なんだ。秘密主義は今に始まった事じゃない。
気長に行こうぜ」
二人が正面突破を試みたのは『スラーヴァ』と名乗るロシア企業。機械の体【アルターリ】を製造販売している企業である。
先日オレを含む一行が【アルターリ】とバトルになった。オービタルリングにて不審行動をとっていたから声をかけた結果だ。
敵が何をしていたのかはわからないが向こうに敵愾心があったのは確実で。だからここに何か情報がないか来てみたのだ。先に通話にて正式なアポを取ろうとしたのだけど素気なく断られたから。しかし徒労に終わってしまった。
「俺らの行動は間違ってないし、スラーヴァの対応も間違ってねぇさ。いきなりやって来て情報くれ言っても普通はやらねぇ」
「んじゃロイは成果なしって報告すんの? 姫さん方から特別行動を認めてもらったのに?」
「まさか」
掌を空に向けて、ロイ。
「明日までは正式ルートで交渉。それがダメだったら裏から行こうぜ」
その言葉から三十分後、オレとロイはスラーヴァビルの一階ロビーにいた。ビル全体は黒塗りのガラスで覆われていて中は見えない仕様になっている。だから入ってまず巨大なエスカレーターに驚いた。別段一流企業に於いて珍しいものではないが驚いたのはそれ自体ではなく利用する人にである。昇りと降り二基があるのだがそのどちらにもロシア政府の重鎮がいたって普通に乗っているのである。「ここは重要施設です」と言わんばかりに。良く敵対国に狙われずに済んでいるものだ。
「オレたちを入れなかったのはこれが原因か」
「のわりに今度は入れてくれたな。つまり――」
単に根負けしたか重要な情報は隠し終えたか。
「或いは――もう帰す気はないのか」
そう言いながらオレは床を見つめる。ごく自然に悩んでいるふりをしながら。その視線の先にはオレのパペット『ドレッドノート』が潜んでいる。
「(行ってきてくれ)」
『(了解)』
ドレッドノートに心で指示を飛ばし、それに応えてオレのパペットは柱に潜み、壁に潜み、天井に潜んで二階・三階・更に上へと潜航する。ロビーのある一階はロイが【覇―はたがしら―】で監視を続けているからオレは目を閉じた。するとドレッドノートの視界が重なって上の階の様子が見えた。
このビルは全五階だが横に広く伸びている。だから一階一階調査する時間が自然と多くなった。ずっとオレの目が閉じられていては不審に思われるから時折目を開けて顔を上げてロビーの様子を窺う。ロビーにはこれと言って変化はない。かと言ってドレッドノートの方も怪しいものは見つけられない。研究中と思われる【アルターリ】の試作機と以前戦った【アルターリ】の残骸が見つかるが今必要なのはそれではない。後者に関してはきっと制裁を受けたのだろうが、それも今必要ない。
オレは軍属の親を持って産まれた。幼少の頃には既にナイフの使い方を学んでいたしロシアや中国と言った不用意に信用を置けない国についても学んでいた。そこへの侵入方法もまた同じく。そして不審物とそうでないものの見分け方もまた。そんなオレの目から見ても怪しいものはない。
……いや待て。
オレの警戒の琴線に何かが引っ掛かった。
今となっては珍しい紙の資料。
研究員が共通語としているロシア語。
ドレッドノートの潜航経路。
そのどれもが『普通過ぎる』。
勿論怪しいものなど作っていないのならばそれで正しいだろう。だがここは【アルターリ】を製造しているのだ。普通じゃないのが普通であるはずで。
「アトミック」
「ん?」
相棒のロイに呼ばれてオレは瞼を持ち上げた。
「お前の【覇―はたがしら―】から見てここの連中の熱源に異常はないか?」
「熱?」
言われて【覇―はたがしら―】を通して一階にいる人間を観察する。おかしな熱源は――ない。
「ないな」
「そうか。そいつはおかしいな」
「何が?」
「【アルターリ】の研究所ならな、それに魂を移した奴がいるはずだろう?」
「――あ」
そう。そうであるはずだ。【アルターリ】をテストもしないで世界に発表するなどあるはずもなく、同時に自分たちが享受できないものも発表するはずもなく。
「熱源に異常はない。それが異常だ」
ロイが立ち上がったその時、一階ロビーにいる人間がピタリと動きを止めた。
「ここスラーヴァ本社じゃないぜ」
熱の擬態。人そっくりの特殊メイクを施された【アルターリ】たちがオレとロイに襲い掛かった。
「(ドレッドノート! 戻れ!)」
「ゲザルグ!」
ロイのパペット『ゲザルグ』――男性型の戦士を顕現し、
「ウォーリアネ――」
しかし突出してきた【アルターリ】の一体にロイの喉が潰された。
「……は」
口から漏れる空気。ゲザルグは基本装備であるメイスをマスターユーザーに攻撃した【アルターリ】の頭部目掛けて打ち下ろす。打ち下ろしの速度は素早く、【アルターリ】は頭部を陥没させる。
『ロイ! 治療に【覇―はたがしら―】を集中させろ!』
叫ぶゲザルグの顎下から茶色の鉱石が伸びて来て――貫いた。
「『ウォーリアネーム! 【眺め楽しみ鯨の唄】!』」
そこにドレッドノートが戻って来て即座に同化するオレ。そのオレから、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
極大のレーザーが放たれた。
「「「―――――――――――――――――――――――――――――――――――あ!」」」
炭となって消えて行く【アルターリ】の軍勢。
……軍勢?
オレはレーザーを照射しながらその言葉の響きに「?」を浮かべた。弱いのだ。軍勢と言うには。敵はロシア。アメリカに次ぐ軍事大国。第二次世界大戦戦勝記念日に未だ以て盛大な軍事パレードを行う力の国。
そんな国が【覇―はたがしら―】に対抗する形で提示した【アルターリ】と言う新しい道。それがパペットウォーリアにこうも圧倒されるとは思えない。
ではこの弱さは何だ?
決まっている。普通の【アルターリ】ではないのだ。
「ドレッドノート! こいつらに人の魂はあるかい⁉」
『ないな。これらは【アルターリ】と言う体を得た古式AIだろう』
古式――兵器に登用される思考能力を持たないただのコンピュータプログラム。できる事は二つ。
一つ、敵味方の判別。
一つ、殺人。
この二つのみ。
『ただ命令のみを遂行する連中だ。だがそれゆえに面倒臭い。壊れるまで襲って来るぞ』
「確かに」
レーザーから逃れた古式【アルターリ】が壁に張り付き、天井にぶら下がり、床を走ってやって来る。
「さっきのレベルのレーザーを撃てるようになるまでどれくらいだ⁉」
『二分!』
「了解!」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




