第230話『死がないなんて、死がないなんて、あっちゃいけないよ』
ごゆっくりどうぞ。
「サングイスさん?」
「そうだ」
最高管理が専用ゲームワールドを用意するまでの間オレを含めた六人、涙月・ララ・ゾーイ・幽化さん、それにプリンセス ラヴィサンの面々はスローンズに残って作戦会議と言う名の雑談を交し合っていた。
幽化さんが見つけたと言う看守の話になったのだが。
「サングイス……サングイス・レーギーナさん――でしたっけ? その人だったんですね。って、なぜ今まで黙って」
「知らなかったからだ」
「知らなかった」
噓でしょ? とジト目で幽化さんを見てしまった。そしたら幽化さんが睨みつけてきた。
「ごめんなさい」
その迫力にオレは反射で謝罪する。
「サングイスやジャンヌ・カーラの看守は誰にも自分がそうであるのを話さない。その場所を知られるのはそれだけリスクを伴うからだ」
「そんなにやばい人らなんすか? 入れられているのって」
と涙月。その手の上で四色の小さな光が浮いている。涙月曰く「聖騎士としてのトレーニングなのです。まだ秘密」。一体どんな力を得たのだろう? 羨ましいっ。
「中には歴史をひっくり返せる奴もいるからな」
「どうやって看守に選ばれるのですか?」
次いでララ。そう言えばララはずっと幽化さんに敬語だ。年上だからオレたちも当たり前に敬語を使っているけれど彼女の場合はそれ以外にも理由があると思う。その辺り聞いたらはぐらかされたけど。
「個人レベルでの引継ぎだ。前任者が後任を選ぶ。そこに異議を唱える事は誰にも許されていない」
「そのサングイス殿はなぜ今になって幽化殿に明かしたのだ?」
ゾーイ同様確かに気になるところではある。幽化さんが今幾つでどれくらいの付き合いになるのかわからないが突然の告白には理由があるはずである。
「さぁな」
「それは勿論好きな方がお困りでしたからでしょう!」
両頬を手で包んでうっとり顔のプリンセス ラヴィサン。先程までの殊勝な態度はどこに?
「恋に生きる! 女とはそう言うものです!」
そうなん? とオレは涙月に目を流した。「うんそう」と涙月がウィンク。
「幽化さん、応えないと」
「オレで遊ぶなら殺すが」
「すんませ!」
問答無用で殺されるのはちょいと困る。いや問答無用でなくともお断りだが。
<皆さま>
ある程度はタイミングを見計らってくれたのだろう、最高管理の声が響いた。
<用意が完了しました>
中央に開く青い円の門。
<お心が整い次第、中へ>
「行くぞ」
「「「はい!」」」
幽化さんを先頭にオレたちは一人ずつ門を潜る。目の前が真っ青になり、それを抜けると白。そしてもう一度青。と薄い茶色。昔の体育館を想像して欲しい。床だけを残した状態で上は一面の空であった。
「ふむ」
足を板の地面に擦ってみるときゅっきゅと靴底が鳴った。滑り止めが効いているようだ。
全員がこちらに来たところで青い門が閉じられた。
「やれ、宵」
「はい」
【パナシーア・ネイル】の着けられた指を軽く振る。ホログラムのディスプレイが表示されて二・三操作。アプリ欄が表示されて件のアプリ『デス・ペナルティ ~びっくりぽっくり~』通称死因アプリを見つけた。
ここまで来たら迷っても仕方がない(と言うか幽化さんに怒られる)ので勢いのままにアプリをタップする。
「!」
アプリから色々な時計の針が出て来て渦を巻く。それらが空高く昇って行ったかと思うとUターンして地面に激突。針と針が集まり融合し、一つの黒い棺桶になった。縁起悪い。あ、殺しに来るんだから当たり前か。
皆の様子を窺ってみると棺桶の方は見ずにオレを見ている。どうやらオレにしか見えてないらしい。
棺桶がゴタン、と揺れた。蓋が少しだけずれて中から白い手が現れて、更に蓋がずれて小さな頭が現れた。途端吹き飛ぶ棺桶の蓋。中からゆっくりと現れたのはアプリのマスコット。白くて小さくて紫炎のラインが走っている子。
キルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキル
笑うマスコット。
『天嬢 宵。君の死因を特定するよ』
オレを小さな手で指しながら。
オレとマスコットの間に大きな砂時計が浮かび上がる。中にある砂が凄まじい速さで下に落ちている。
その全てが落ちきって、砂時計を作っていたガラスがパンッ! と割れた。砂が広がってドーム状にオレとマスコットを囲む。そこに表示されたのは――砂嵐。
『あれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれ?
天嬢 宵。君の死因が見つからないよ』
「は?」
『デス・ペナルティ』は史実演算機で死因を見る。それはもう確定だろう。それを以てしてもオレの死因が見つからない?
死因がない。それはつまり、オレは死なない? 【覇―はたがしら―】によってかなり寿命は延びたとは言えそれでも死はあるはずだ。……や、待て。ひょっとしてロシア製【アルターリ】――人の魂を移植するロボットの体を使ったのだろうか?
キルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキル
『困った。困ったよ。
ぽくは死を実行する死因ちゃん。死がないなんて、死がないなんて、あっちゃいけないよ』
頭を抱えて項垂れるマスコット。
オレが死なないのは良い事だ。では、当初の目的通りこのマスコットを退ける方法を模索しよう。
「幽化さん、皆、見えてないよね?」
マスコットが悩んでいる隙に皆に話しかける。
「そうだな。現状は?」
「実は――」
オレに死因がない事、マスコットが悩んでいる事を告げる。
「そうか。なら、まずそいつを殺せ」
「――はい」
試せ、ではなく殺せ。乱暴な言い方だがそれを実行できなければこのアプリをどうにもできない。なので。
「キリエ」
『はいな』
右手にパペット・キリエ。左手にアイテム・八つの人魂を収斂して作り出した紙剣。ふた振りの紙剣を持ってオレは跳んだ。
「悩んでいるところ悪いけど!」
着地点にいるマスコットの頭部目掛けてふた振りの紙剣を打ち下ろす。
斬っ! 呆気なく頭部を分断されるマスコット。
キルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキル
『あ、ごめん。ぽくにも死因はないんだよね』
「――⁉」
三つに分断されても尚マスコットは平然と立っていて、それを認めたオレはマスコットの首を斬り落とした。
ころころと転がっていく頭部。しかしそれで終わりではなく体の方が頭部を追いかけてキャッチすると首に引っ付けた。
これは――ビキニ環礁の時と同じ。脳波想像物創造機能。こいつはオレが作り出した化け物であり、本来ならばオレを殺す為に行動する。であるならばオレが正しくこいつを殺すシーンを想像できれば。
マスコットの動きを見失わないようにオレは半分程目を開けて集中する。イメージ、イメージ。あのマスコットの死を。
キルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキル
『天嬢 宵。言ったよ。ぽくに死因はない。君はぽくを殺せない。想像できないから』
無視しろ。イメージするんだ。
オレの頭の中でマスコットが灰となって消えて行く。うん、想像できる。それを証明するように実物のマスコットが砂に似た灰となって消滅して行き――収斂して元の姿へと戻った。
「――っ。なら」
マスコットがブラックホールに呑み込まれて行くイメージ。やはり実物のマスコットがブラックホールに呑み込まれて、一時消えたけれどマスコットは空間を割って 何もなかったよ? と難なく生還した。
本当に死なないのか……。
『天嬢 宵。君には死因がないよ。でもそれじゃ困るんだ。お母さまの目的を果たせない。怒られちゃう。
だからぽくが殺してあげる』
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