第23話「オレは進む」
いらっしゃいませ。
フィールドの崩壊に巻き込まれないよう走り続け、体力がなくなってきたので少し休憩。水晶柱の陰に身を隠す。
まずは呼吸を整えないと。
高ぶっている気力は……現状維持で良いか。
次いで実況の声に耳を澄ませる。
聞こえてくるお姉さんの実況によると今もバトルはあちらこちらで続いていて、どうもオレの通う学校と姉妹校、双方の生徒会長が優勢で進んでいるらしい。流石だ。けれどこのまま勝ち抜けば必ずどこかで当たるだろう。その時は、勝たなければ。
更に時間は経過し――うん、体力だいぶ回復した。
そろそろ行くか。
と、そこまで思ったところで周囲が薄い霧に包まれているのに気がついた。
視界が白に染まるほどではないが……いや、油断せずに霧から抜けよう。どれだけの範囲が霧に包まれているのかわからないが。
オレは降ろしていた腰を持ち上げる。
持ち上げて、フィールド中央と思われる方角へとゆっくり歩み出した。
歩みはじょじょに速くなり、軽くジョギングするレベルに達する。これくらいなら体力もあまり削られないからこのペースで行くか。
「にしても、霧、濃くなったな」
視界の半分くらいを失うほどの白さ。見えるのは周囲七~八メートルってところかな。
下手を打てば水晶柱に激突しかねない。ちょっと走るペースを落とし――ぷへ。
……失礼、変な声が出てしまった。
いや、何が起きたかと言うと転んだのだ。草に足を取られて。情けなし。霧があって良かった周りに見られていないから。
「鼻打った……」
ちょっとした痛みに耐えながら体を起こす。体に着いた砂を払っていざ進もう、としたが進めなかった。
だって、両足に草葉が巻きついていたから。
「……え」
これで転んでしまったのか。
何度か脚に力を入れて草葉から抜こうとするもうまくいかない。草葉はしっかりと脚を固定していて……は?
戸惑いは数秒、そして気づく。
攻撃だ。
これは攻撃なのだ。
人魂を、炎の人魂を顕現して草葉を焼こうとする。が、これもうまくいかない。って言うか火炎がいつもより小さいような?
今度は草葉の影響ではない。
原因はきっとこの霧。とすると、この霧も攻撃だったのか。
オレの力をわずかながらに阻害する霧。
デジタルガジェットで熱源を見ようとしてもそれも阻害されていて。
「アエ――った!」
パートナーであるパペット・アエルを呼ぼうとしたのだが、何かに背を叩かれた。少しバランスを崩す程度の衝撃だったけれど、何だ今の? 攻撃にしては弱いぞ?
後ろを見るが、もうそこには誰も――或いは何もおらずに。
そこでハッとした。霧が一段と濃くなっている。もう一メートル先も見えない。
「アエ――っつぅ!」
またも背を叩かれた。
クスクス笑う声が聞こえる。一人ではない。複数の男子の声だ。
向こうにはオレの位置が知られている。当然か。霧を放った誰かがオレの位置を把握し、仲間に伝えているのだ。
それにしても………地味な攻撃をしてくるな……。
派手な攻撃ばかりが有効打ではないのだろうが、攻撃力自体が弱い。
オレの背を叩くのに何か意味があるのか?
「いたっ」
再び背を叩かれる。バシンバシンと連続で。
笑いはクスクスしたものではなくなって、クククと言う含み笑いに変化していて。嗤われている。バカにされているのだ。
イヤな記憶がフラッシュバックする。
弱かったオレはいつも朝の登校時同じ事をされていた。
三条を筆頭にクラスメイトの男子たちに背を叩かれていくのだ。
オレはそれがむかついて、でも不満を口にする勇気もなく。
思えば情けない日常だった。
そしてそれが今、繰り返されている。
つまりこれは、クラスメイトの男子たちが行っているのだろう。
何度も何度も繰り返される背への平手打ち。
からかって遊んでいるのだ、オレを。
ムカつくな……。
「すぅ!」
ムカつくから、オレはまず息を吸った。
「はぁ!」
そして吐き出して。
呼吸を整え、精神を――心を整える。うん、怒りはあるけれどそれを力で発散しようと言う気は落ち着いた。
ただ、背への平手打ちは尚も続く。
が。
「ぐっ!」
あまりにしつこく続くので体を捻ってかわしてみた。すると一人の男子がオレの脚につまずいて転んでしまう。
そいつはやはり朝よく見た顔で、慌てて霧の中に姿を隠す。
……何とも……。
「卑怯者」
な事だ。
オレの呟きが聞こえたのだろう。嗤う声が止まり、少しだけ「んだと」「チビが」なんて声が聞こえてきた。
そして大声で言うのだ。
「三条も情けねえよなあ、天嬢なんかにやられるなんてさ!」
と。
……三条が、情けない?
「違う」
「あ?」
「三条はいつも一人でオレに向かってきた。
イヤな奴だったけどバトルするのは正面から堂々とだった。
なのにお前たちは何だよ。
こうして姿を隠して多数でつるんでコソコソと」
別にチームを組むのは問題ない。勝ち残りのバトルなのだし優位に動く為誰かと手を組むのは自由だ。ルールにも抵触していない。
だけど。
三条との違いがあまりにもムカついて。
「お前たちに三条をバカにする資格ないよ」
「だから何だよ。
てめえのクラスでの立ち位置忘れたのか?
てめえは俺らのおもちゃ。
てめえは女子共のおもちゃ。
てめえが勝っても徳がねえんだよ!」
そもそも他の誰かの得になる為に戦ってないんだが。
オレはただ誓ったんだ。
魂を鼓動に乗せて、想いを心に乗せて、強く一歩を踏み出すのだと。
「オレは進む。
夢を! 全てに乗せて!」
「そうかよ!」
ひと際大きな音が鳴った。手と手が鳴らす音。
オレの背を叩こうとする誰かの手とそれに合わさったオレの手が鳴らした音だ。
「捕まえた」
人魂を剣に変えて一思いに切り裂――けなかった。
「バカかよ! この霧はてめえの力を弱めてんだよ!」
事実剣は男子の肩で止まっていて。
しかしだ。
「そうだった――な!」
「⁉」
少し力を入れる。すると剣は男子の肩から腹を斬るのに成功する。
「何で!」
「何でだって?」
決まっているだろう。お前たちはパペットと言う力の上にあぐらをかいていただけ。パペットを得て何にも努力してこなかった。それだけだから、あっさりと敗けるんだ。
「まずは霧だ」
剣の切っ先を地に向けて降ろし、勢い良く振り上げる。剣閃は飛ばない。ただ風が巻き起こって霧を晴らしてしまう。
男子たちの姿が見えた。
六人、か。
「この!」
草葉が伸びてくる。オレの全身を包むように。
人魂の炎剣、火力最大。
「!」
燃えて落ちる草葉。当然オレの体に影響などあるはずもなく。火はオレに届いてはおらず、肌から一センチメートルだけ間を開けていた。火の微細なコントロール、これもまた努力の一つだ。
「それなら!」
オレの腹を打つ何か。見てみると小さな光点が撃ち込まれていて、そこから体が石化していく。
ム・ダ。
「石化が解ける⁉」
これがアイテムなのかジョーカーなのかは知らないが、それらを支えるのはデジタルガジェットと、パペットとアイテムに繋がるマスターユーザーの心ひとつ。
弱々しい男の心なんて、いくらでも押し戻せる。
「それでも!」
今度は――教会、か? 光の教会がオレを包む。
「それが俺のパペットだ! ジョーカーを使えば全ての悪霊は消えてしまう!」
「だから?」
剣を上に掲げる。まっすぐ天に切っ先を向け――
「はっ!」
剣の持つ圧力を全方位に解放、教会を砕いた。
「嘘だろ!」
「ん?」
オレを囲むレールが現れた。その上にSLを――蒸気機関車を乗せて。パペットだ。
レールの形が変わった。オレを円に囲んでいたものがオレに突貫する形に。オレを轢いて飛ばす気だ。
これくらいなら。
「らぁ!」
振り下ろされた剣から飛ぶ炎の剣閃がSLを真っ二つにしてしまった。
「これなら!」
最後の一人が大きな筆を顕現する。墨の壺もだ。
男子生徒は勢い良く筆に墨をつけて宙に文字を書き記す。『轟』と言う文字だ。すると突風が巻き起こってオレの体をわずかに下がらせ止める。
次いで『照』。天から熱線が降り注ぐ。オレは剣から炎を発し傘代わりにして熱線を避ける。
次いで『爆』。大地が暴発した。大きく飛ばされるオレの体。だがきちんと受け身を取れたからダメージは然程なく。
ここで筆の墨がなくなったのか男子生徒は壺に筆をつけて――飛来してきた人魂が壺を焼却。無論、墨ごと、筆ごとだ。
これで六人全員の攻撃手段を終わらせた。
だから。
人魂を手に戻し再び剣に。
回転するように剣を振るって剣閃を、圧力を飛ばして六人全員をぶっ飛ばした。
大地に転がり、水晶柱に体を打ち付け、それぞれが呻き声を漏らす。
起き上がる体はなし。
悔しがってはいるが、声の方は元気だが力の方が入らないようだ。
もう彼らを相手にする必要はない。
オレはそんな六人を一瞥し、駆け出した。
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