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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
後章 ~水折り(みおり)の炎~
228/334

第228話「どこへ行ったの……? お兄ちゃん……」

ごゆっくりどうぞ。

☆――☆


 死産だった。

 母の胎内にいた頃から私は目が()えず、耳が聴こえず、四肢が動かず、無論呼吸もできなかった。

 しかし母はそれを知らず、父も知らず、私を産み落とした。

 母は泣き崩れ、父はそんな母を慰め、私は真黒な世界でその様子を感じ取っていた。

 天よりこの二人を選んで宿った私は再び天に戻るのだろうと覚悟した。

 けれども私は死んだ状態で世界を感じ取り続けた。

 だから私と共に宿った妹が母を焼いた事もまた感じ取った。

 腹の中から焼いたのだ。母は悲鳴と鳴き声を上げながら炎に溺れ、母を慰め抱きしめていた父は暴れて口から炎を吸い込み、その炎は部屋を焼いた。

 出産を助けていた二人の女性も逃げ遅れ焼かれて死んだ。

 炎は勿論私も焼いたが元々死人だった私は熱を感じず、ただ体が炭になっていくのをじっと感じ続けた。

 そんな時に、泣き声が上がった。

 産声だ。

 妹は周囲のもの全てを焼き尽くしそれでも産まれ出たのだ。

 妹は泣いていて、小さな小さな手を私に向かって伸ばしていた。

 ああ、成程。

 妹は炎を発しながらも生きている。目は視え、耳は聴こえ、四肢は動き、無論呼吸もできていた。

 私は手を伸ばす。妹に向かって必死に手を伸ばす。

 そう、手を伸ばせたのだ。

 体を焼かれた私は所謂霊体と呼ばれるものになって手を伸ばし、妹の手を握った。妹はそんな私の手を握り返し、小さいなりに精一杯丸められた手の圧力を私は感じ取った。

 部屋が焼け落ち、空に浮かぶ白い満月が私たちを照らしていた。


 十二年。

 妹が焼き産まれて十二年。

 妹の放った炎は村を焼き続けている。いや、最早村と云うものはないと言った方が正しいか。眩いばかりの紫の炎は風に逆らって渦を巻き、山となって中心に大口を開けている。


 のそり……のそり……。


 火口。まさに炎の口と云って良い火口から肉が登ってきている。

 その『火山』より百メートル程離れた場所にある見張り塔から銃弾が一つ放たれた。それは火口を登って現れた肉の塊を撃ち抜き、肉は紫色に変色して崩れていった。

 村人だったそれは十二年目にしてようやっと死ねた。

 妹の炎には呪いがあった。焼かれ、爛れ、炭となっても死ねない呪い。

 最初の犠牲は両親だった。母と父は炎に巻かれながらもそれでも死ねなかった。両親は痛みを感じ続け、父は妹を呪う言葉を吐き出し続け、母は妹を抱きしめ続け、二人はただひたすらに歩き続けた。

 妹を何とか村の外に出した二人はそこで崩れ、生き、待ち受けていた兵士に撃たれて紫色に変色し灰になった。死ねたのだ。

 私はそんな両親だったものを見下ろしていた。

 二人は気づいていただろうか? のそりと歩き続けた二人の後ろにずっと私がついていた事に。

 産まれてすぐに這い回れたのは肉体を失ったからだろうか。私は妹を追って這い続け、だから妹が撃たれる瞬間だって視ていた。しかし銃弾は妹を包む炎に溶けて殺せなかった。

 妹は保護され幽閉され、十二年。ずっと私は傍に居続けた。

 妹は私に話しかけなかった。妹は私を認識している。だからこそ話しかけなかった。私の存在を隠し続ける為だ。でなければ私は観測され、何らかの方法で排除されていただろう。

 この十二年の間に妹は炎を扱えるようになっていた。

 ゆえに――この施設から出た。


「行こうか――お兄ちゃん」


 それが初めて私に向けられた言葉だった。

 妹は私を抱きしめると私を焼いた。私の霊体は燃え、炎に包まれて炎の体を持つに至った。

 施設の人間は初めて私を認識した。しかし全てが遅い。強化ガラスは焼け落ち、特殊防壁は溶け落ち、人間は炭になって痛みに泣き続けた。

 私は両親を殺したものと同じ銃弾と銃を回収し、一人一人を撃ち殺しながら施設の外に出た。


「も~お兄ちゃんは良い子なんだから」


 そう云って屈託なく笑う妹はとても美しく、とても恐ろしく視えた。


「どこに行くんだ?」

「う~ん、おっきな街に行きたいな」


 けれども私たちの前には兵士たちが立ち塞がった。

 私は率先して動き、炎の体で兵士を殺し続ける。妹はその様子を視ていたが特に思うところはないようだった。

 そんな時に。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「「――⁉」」


 私たちの耳に怨嗟の声が届いた。

 振り向くと――焼け落ちている施設から幾つもの黒い『顔』が浮かび上がっていた。


「ヴェール! ヴェエエル! ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!」


 妹の名を、ヴェールの名を叫ぶ『顔』。何度も何度も何度も何度も。


「ヴェール! ヴェエエル! ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!」


 妹はそんな『顔』を無表情に眺めていた。

 私は妹とは違った。耳を塞ぎたかった。いや塞いでいたかも。ただ怨嗟の声に怯え、戸惑い、恐怖した。

 だから私は駆け、『顔』に向けて駆け、その塊に向かって炎の腕を振り回した。


「ヴェール! ヴェエエル! ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!」

「――!」

「お兄ちゃん!」


『顔』には私の殴打など効かず、私の体の中に雪崩れ込んできた。


「ヴェール! ヴェエエル! ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!」


 私の中が乱れている。怨嗟に侵される。心に『顔』が溢れて叫び続ける。


「ヴェール! ヴェエエル! ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!」

「お兄ちゃんから出ていけ―――!」


 妹が私の体に手を入れて炎を放った。


「ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


『顔』が焼けていく。炎に包まれ恨みの声を上げる。

 違う。違うよ。お前の炎では殺せない。

 私は拝借した銃の銃口を頭に当てると一思いにトリガーを引いた。

 銃弾が撃たれて、私の頭を貫いた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


『顔』が紫に変色して消えていく。

 しまった。私の体は妹の炎。これでは私も消えてしまう!

 そう思ったのだが、私はいつまで経っても消えなかった。

 なぜだ?


「…………!」


 ふと顔を上げると妹が目を(ミハ)って私を視ていた。口を半開きにして、まるで何かに恐怖しているようだ。


「……ママ」


 妹の小さな唇が動いた。良く視てみると震えてさえいる。

 ママ? 妹は私を視て確かにそう云った。


「ヴォルド――ヴォルド」


 ――!

 私の口から言葉が漏れた。私の口なのに私が動かしたのではない。私は自分の顔に触れる。その形を確かめる為に。

 これは――私じゃない。母の顔だ。


「ヴォルド――ヴォルド」


 更に顔が変化した。今度は父の顔だ。

 ああそうか……私は確かに霊体を失った。しかし、両親の残り火が宿っていたのだ。


「ごめんねヴォルド――ごめんなヴォルド」


 何を謝る? 死産についてか? 妹についてか?

 今、私は至福を感じていると云うのに――


「ヴェール――」

「ヴェール! ヴェエエル! ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!」

「「――!」」


 再び響く怨嗟。今度は私の体から『顔』が溢れた。母と父と共に宿っていたと云うのか。

『顔』は私の体から離れていく。そして舗装された道の脇にある木々へと入っていき。


「「「呪いの子! 呪いの子! お前には死すら温い! 目を閉ざし! 耳を閉ざし! 鼻を閉ざし! 口を閉ざし! 四肢をもいでもまだ温い! 怨を受けて腹を満たし! 呪われた子を産むが良い!」」」


 次々と怨嗟の言葉を発する木々。


「五月蠅い」


 妹が炎で木々を焼いた。


「「「焼かれぬ焼かれぬお前の炎では魂は焼けぬ!」」」


 怨嗟を吐き続ける『顔』が道路を破って現れ私たちを取り囲む。


「お兄ちゃん!」

「――っく」


 私は銃弾を『顔』に向かって撃った。しかし効いている様子はカス程もなし。


「「「お前は村を焼いた! 老も青も子も焼いた! 呪いは広がる! 広がっている! お前の焼いたものの無念が命に宿った! これから現れるぞ! お前を殺す為に! お前は彼らの魂を救わねばならない! それがお前の役目だ! 村へ戻れ! 村へ戻れ! 戻れヴェエエエエエエエエエエエル!」」」


『顔』が散っていく。除霊されたわけではない。四方八方へと体を求めて飛んでいくのだ。

『顔』の云う事を信じるならば妹を殺す為に。

 私たちはこの場に残され、ただ静かに顔を見合わせた。


「行こうヴェール。村に帰ろう」

「……うん」


 十二年振りだ。今も燃え続ける故郷へ足を向けて私たちは歩き出した。






 どれだけ経ったのか。私めがジャンヌ・カーラに入ってどれ程の時間が流れたのか。

 呪いの全てを殺しつくした時私めは人の体を失った。

 白・しろ・真白。

 髪も肌も着ているものさえ白くなり、ただ目だけが紫で。紫炎は私めの角となり、私めはその日、鬼となったのだ。

 私めを捕えた男は幽化(ユウカ)と云った。私めを監視する女はサングイスと云った。

 ただ独りで捕まった。

 それも良いだろう。私めは呪われた人の(カタキ)。独りぼっちの人の(カタキ)

 独り……。


「どこへ行ったの……? お兄ちゃん……」

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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