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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
後章 ~水折り(みおり)の炎~
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第227話「ああ、成程。死因アプリ――全て貴女が黒幕か」

ごゆっくりどうぞ。

☆――☆


「反対だな」


 ユメのいる“メル”へ向かう途中糸未(イトミ)さんにきっぱりはっきりと拒否された。ユメを第零等級星冠(ホシカムリ)に、と言う案についてだ。


(ヨイ)君に最悪の結末が起こったとして第零等級の穴を埋める必要があるのはわかる。だがそれならば第一等級の星冠から選ぶか外部の信頼でき得る人材を招くべきだ」

「ユメは信頼できないと」

「無論だ。

 あれは仮想災厄ヴァーチャル・カラミティの長。家族の大半を失っているとしても」


 降りていたエレベーターが止まる。ドアがスライドして、目に飛び込んできた光景は一面の水色。水色の壁と通路。その水色を通る無色透明な水――情報の滝。


「でも糸未さん、刑期を終えたら犯罪者にも社会復帰させるべきではないでしょうか? 元の職に戻ると非難されるでしょうけど。復帰できたら罰にならないし」

「心を入れ替えたただの犯罪者ならね。だが――」


 一本道の通路を歩きながら糸未さんは鷹に並ぶ程の鋭い眼光を前に向ける。まだまだ先にいる存在に対してだ。


「あれは別だ。あれは多くの人の命を奪ったまさに災厄。それにあれに反省している様子が感じられるかな?」

「それは……」


 苦笑した。

 正直反省はしていないと思う。なぜならオレたちが人として産まれて人として育っているのと同じで彼は仮想災厄ヴァーチャル・カラミティとして産まれて仮想災厄ヴァーチャル・カラミティとして育っただけなのだから。それが人にとって災厄だったのは不運だった。不運、と言ってしまうと糸未さんは怒りそうだから言葉にはしないが。


「糸未さんはお肉を食べますか?」

「? 食べるよ」


 こちらの問いの意図がつかめないのだろう、なぜそんな質問を? と言う表情だ。


「動物にとってオレたち人間は災厄ではありませんか?」

「彼らにとってはそうだろう。

 けどね宵君、動物が人間を自分たちの社会に招き入れるかな?」

「言葉を話せるだけの知性があれば或いは」

「知性か……あれの持つ知性が設定されたものではなく育つものならば……」


 考えは変わるかも知れない。けれど糸未さんには一つ許せない点がある。家族をユメ率いる仮想災厄ヴァーチャル・カラミティに殺されていると言う点だ。世の中にいる殺人事件の遺族たちは犯人を許せているだろうか? ……もしオレの家族が殺されていたらオレはユメを許せるだろうか……?

 けどそれでもユメをただ縛っておけば良いとはあまり思えないのはオレの甘さか?

 通路の途中から人の姿が増えてきた。

 糸未さんが隊長を務める『パトリオット』の隊士たちと“メル”で情報を精査している人たちだ。

 隊士たちは通路に綺麗に並んでいて糸未さんの姿を認めると胸に片腕の拳を持っていく。彼らの敬礼である。

 精査班の人たちはオレたちに構っている暇はないとばかりに作業に没頭している。ひょっとしたらオレたちが来ている事にすら気づいていないかも。

 存在感アピールしてみようかな?


「ムダさ。止めておき給え」

「あ、いややるつもりはないですよ? 仕事の邪魔になるだろうし」

「悪戯っ子の顔だったよ」

「え? ほんとに?」


 自分の頬に手を当てて持ち上げたり下げたりしてみる。オレってこう言う時に表情に出るタイプだっただろうか。

 そんな事を考えていると通路の途切れた場所まで辿り着いていた。

 こつん、かつん、二つの靴音が止まる。オレと糸未さんの靴音だ。

 二人揃って少し上を見る。黒色の拘束衣に全身を包まれた人物がそこにいる。

 ユメ――仮想災厄ヴァーチャル・カラミティの父、長。


「耳と口のブロックを解きます」


 すかさず獲物である銀の大斧を構える糸未さん。本物ではなくヴァーチャルの物だが解放された【覇―はたがしら―】によって実体化可能になっている。

 オレはコンソールを表示してバイオメトリクスを認証する。キーワードを入力し――パン! と言う音がしてユメの耳と口の拘束が解かれた。


「こんにちは、ユメ」

「こんにちは、宵、糸未ちゃん」

「ちゃん付けするなゴミ」

「ゴミ……」


 随分な低評価にオレもびっくり。


「えっと……ユメ、君に話があってだね」

「あ……ああ、うん」


 ユメ、少なからずショックを受ける。


「実は――」


 首に、冷たい感触があたった。


 静寂。

“メル”全体が静まった。

 オレの首に腕を回す少女の出現によって。


「パペット・キリエ。運命すら感じるな」

「「――!」」


 殺意。悪意。冷酷な微笑。

 オレはキリエを顕現し、横に並んでいた糸未さんは大斧を振り上げ――同時に少女に向けて斬りつけた。


「「⁉」」


 が、少女の姿はもうなく。


「――!」


 冷気を感じて振り向いた先、オレとユメの間に少女はいた。

 真っ白だ。涙月(ルツキ)とは逆の位置に纏められた白い髪。白い肌。白いワンピース。白いハイヒール。

 まだ十代の後半に見える少女は神さまに塗り忘れられた程に白く、ただ額に生えている二本の炎の角と瞳だけが紫だった。

 先程の声、あれはオレに語りかけてきたハイテンションな女のそれだった。演技だったと思われるが、この少女が……。

 少女は右手をユメに向けて上げて、指先に紫炎の数式を一つだけ表示し、撃ち出した。

 ガラスが砕ける時と同じ音を出してユメの黒い拘束衣と下半身を呑みこんでいた壁が全て砕け散る。


「――」


 拘束を解かれてユメがゆっくりと落下していく。その途上で目を(ミハ)るユメ。少女を見て何か気づいた様子だ。


「ああ、成程。死因アプリ――全て貴女が黒幕か」


 着地してユメは少女に頭を下げる。


「写真では見たけれどまさか逢えるとは。

 切縁(キリエ)・ヴェール」

「そうだな、ユメ・シュテアネ。良く生きていた」


 ユメは少女を知っている。しかしオレたちは知らない。ただ紫炎の角を持つ少女から感じられる圧倒的なまでの威圧によって動きを封じられて、オレたちは敵とも味方ともわからない少女を睨みつける。

 そんな中でオレは何とか口を開く。


「ユメ……この子は何?」

「……切縁・ヴェール。AI『ダートマス』の発案・設計・開発者だよ」

「「――⁉」」


 心の底に目があったなら、オレたちは揃って心底から目を瞠っていただろう。

 この少女が――『ダートマス』を作った? だって?


「お前は――!」


 ギリっ、と歯が噛みあう音がした。糸未さんだ。


「人から主権を奪ったに飽き足らず! まだもって命まで奪うのか!」


 一足飛びに少女に向けて駆ける糸未さん。一瞬で迫り、大斧を振り降ろす。


「――っ!」


 大斧が通路を穿つ。しかしそこにもう少女は居らず。

 冷気を感じてオレは右上を見た。水の湧き出る水色の壁の上に少女は姿を見せていた。

 即座に迫る『パトリオット』の隊士たちによる槍の一撃、いや乱撃。しかしまたもや少女はそこに居らず。

 今度は逆の左の壁の上。そこに白い少女は、紫炎の鬼はいる。

 声を出さずに冷酷に嗤う少女は指を一つ持ち上げ紫炎の数式を表示させて横に引いた。するとどうだろう? 隊士たちの体が首から上下に別れた。


「「「――⁉」」」


 斬られたのではない。ただ血の一滴も出さずに別れた。


「お前!」


【覇―はたがしら―】によって極限まで引き出された膂力を使い跳ぶ糸未さん。

 再度大斧を振り降ろす。だけど少女は大斧の刃を軽く左手で受け止めてしまう。


「――っ!」

「貴様は」


 少女が歪んだ唇を開いた。発せられた音は姿そのままに少女のそれ。


「パペットと同化して撃つべきだった。まあ効くかはともかく、な」


 右手を糸未さんのお腹に当てる少女。手とお腹、その間に紫炎の数式が表示されて――糸未さんのお腹に穴が開いた。


「――キリエ! ジョーカー!」


 命の繋がりが広がる。オレは命の灯を隊士たち、そして糸未さんに宿し命を繋ぐ。


「貴様は向かってこないだけ利口だ、宵」

「……っ」


 勝てないと本能が告げている。ならせめて脱出する為に力を尽くす。


「必要ない」


 少女はそう言うと自身の背後に紫炎の数式を表示させてゲートを作り出した。


「行くぞ、ユメ」


 オレはユメの方に顔を向ける。少女の冷気を警戒しながら。ユメもオレの方を見ていて、けれどその顔はそらされた。

 跳んで少女の横に並ぶユメ。


「さようなら、我が(ウツワ)たち」


 そう言うと少女は――切縁・ヴェールはユメを伴ってゲートの向こうへと姿を消した。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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