第222話<新たなコンピュータの発表がありました>
ごゆっくりどうぞ。
空を見上げる人。
動きを止める人。
戸惑いを浮かべる人。
光はあっと言う間に世界を包み、やはりあっと言う間に消えて行った。
これでスマートフォンはアプリ『デス・ペナルティ』が或るなしに関わらず全て破壊されたはずである。後は苦情の処理とジャンヌ・カーラにいる何者かを止めれば――って、待った。
「ララ、ゾーイ、王室ネットワークはジャンヌ・カーラの場所知らないの?」
「知っていたらとっくに教えているわよ」
何言ってんの? って目で見られた。ですよね。
<おはようございます。星冠卿各位>
前触れなくスローンズに最高管理の声が響いた。何となく居住まいを正すオレたち。
<スマートフォンの破壊は完了しました。現在統一政府に苦情の山が来ているところです。何割かはこちらに回されてくるのでお手伝いの程宜しくお願いします>
何だろう? 声を分析している表示に波がある。いつもの調子でいてどこか沈んでいると言う波。
<私の声から既にお気づきの方もいらっしゃると思います。
苦情以上に宜しくない話題が来ています>
誰かが動揺の色を表情に現した。
<ここに詰めていた皆さまはまだニュースをご覧になっていないものと思います。午前七時、電磁波の照射と同時に新たなコンピュータの発表がありました>
新しい――コンピュータ? 【覇―はたがしら―】に挑もうとするとは一体どれだけ自信の作なのだろう。
<数は二種。アメリカとロシアの発表です。
アメリカの発表したものは【パナシーア・ネイル】、左右指二本の爪二つに付けるネイル型コンピュータ。
ロシアの発表したものは【アルターリ】、人の魂を移植するロボットの体です>
【万能薬】に【祭壇】――か。
人体そのものをコンピュータにする【覇―はたがしら―】に対して抵抗を持つ人たちはいるし、何よりアメリカ人は自国の商品に絶対の自信と好意を持っている。ネイル型は着けやすいだろうしブームになるかも。
ロシアは随分思い切ったものだ。魂のロボットへの移植――理論としては存在していたがアンドロイドの方が優先された為に暫く日陰にあったものだ。しかし壊れない限りの不老不死を約束するものとして根強い信奉者は多い。が、それを理由として宗教家が抵抗していたけれどとうとう公式発表されたか。
「しかし、それだけなら最高管理が沈む必要ありませんよねお母さま? もとい最高管理」
ぱたぱたと手を振って訂正するのはベーゼ。魔法処女会から派遣されている彼女は同じく派遣組であるシスター数名と別の場所に座っている。
と、目が合った。こちらに向かって小さく手を振るベーゼにオレと涙月も応えて手を振り返す。
<そうですねベーゼ星冠卿。
問題はこの二種がスマートフォンのアプリ配信機能をそのまま受け継いでいる点です>
――!
「『デス・ペナルティ』の危険性を訴えているこの時期に?」
「バカなのか我が祖国は」
「何の為にスマートフォンを破壊したと」
口々に上がる不平不満。それはまあこちらの苦労が水の泡と消えるのだから当然の反応であろう。あ、涙月も唇尖らせている。摘みたい。
<しかし此度と同じ方法で破壊はできません。世論が許さないでしょう。
それに、余りにタイミングが良すぎると思いませんか? 私はこの裏にジャンヌ・カーラの者が関わっていると想像します>
そいつの思惑とアメリカ・ロシアの思惑が合致したのか。
確かに綺羅星とエレクトロンに先を行かれている事実は両国にとって面白い話ではないだろう。
でも迷惑。
人の都合を考えない辺り自国大好きっこらしいけれど。
「アプリを――ソフトを誰でも登録できるシステムは【覇―はたがしら―】にもあります。その部分だけを【パナシーア・ネイル】と【アルターリ】に譲れませんか?」
と、第四等級星冠の一人。
<それは綺羅星とエレクトロンの許可が必要になりますね。【覇―はたがしら―】は綺羅星が設計開発し現在両社が共同研究しているものですから。
天嬢星冠卿>
名を呼ばれた。ここで呼ばれると言う事は。
「母屋 臣とゼイル・セインにコンタクトを、ですね?」
<はい。頼めますか?>
「二人なら話を聞いてくれると思います」
年下ながらに良い友人であるから。
<では宜しくお願いします>
「はい」
臣とゼイルとはしょっちゅう会って遊んでいるからコンタクトは幾らでも可能。問題は両企業トップに届くかと言う点。事態が事態だから期待したいところだけどどうなるかな?
<私はジェンヌ・カーラの在処を知っている人物を探します。皆さまは脳波内想像物の具現化を遮断する方法を探って頂けますか?>
「「「はい」」」
<それでは今日はこの辺りで。
皆さままたお逢いしましょう、さようなら>
『こちらが我が国我が社「リリィ」が開発した【パナシーア・ネイル】になります』
家に戻ってTVをつけてみたのだがどこのチャンネルもアメリカとロシアが開発発表した二種のコンピュータを紹介している真っ最中だった。前日までは『デス・ペナルティ』に関しての危険性を説いていたのに直後にこの放送とは。
『人差し指。左右の人差し指一本ずつで構わないのです』
左右の指二本を立てながら。
『爪の上に薄いネイルを着ける。それだけです。【パナシーア・ネイル】は神経に流れる電流と同調しホログラムを表示します。
インターネット、時計、健康管理、GPS、言語同時翻訳、ゲーム、アプリ、視力補正、書籍、天気予報等々が揃っています。同時に神経電流も操作し反応速度の飛躍的上昇、神経の驚異的保護が行えます』
『【覇―はたがしら―】に劣ると思いますが?』
そのちょっと意地悪な質問にも嫌な顔はせずに。
『そもそも【覇―はたがしら―】程の機能が人に必要でしょうか? そうは思いません。スマートフォン全盛期に携帯電話が生き残ったように多過ぎる機能は混乱すら招きます。
何より人体を改良すると言っても過言ではない【覇―はたがしら―】を嫌う人々もいますよね? かつて遺伝子操作の是非が問われた際否定派が四割いたのと同じ。【覇―はたがしら―】受け入れ難しと言う人々は確かに存在します』
アメリカの利点はその人口の多さだ。【覇―はたがしら―】を開発した綺羅星有す日本とエレクトロン有すイギリスの人口を足してもまだ多い。その為アメリカでブームになればそれは世界的ブームと言って良い。
『加えてこの【パナシーア・ネイル】には暁の数式によって何らかの「高貴なる力」が宿ります。これはユーザーそれぞれで異なり【覇―はたがしら―】にもない機能となります。ユーザーの全てを貴族階級に引き上げる、それがこの【パナシーア・ネイル】なのです』
『では次にロシアの発表を観てみましょう』
『我々「スラーヴァ」、そして我がロシアが開発したのはこちらになる』
スタジオの一言を挟んで画面は切り替わり、今度はロシア企業スラーヴァの発表会の模様が映された。
『デス・ペナルティ』については触れなかったな。マスコミの独自の判断かそれとも誰かに封じられたのか。
『【アルターリ】――ロボットの体だ』
黒塗りの人型機械がライトアップされる。
……やばいです。超かっこいい。
『これに魂を移植し不老不死の体を手に入れる。
体を捨てるのに抵抗があるだろうが良く考えてほしい。兼ねてより人は人工の神経・筋肉・四肢を手に入れてきた。人はもう人体に拘る必要はないのだ。
容姿によって差別を受ける事もなく発汗も排便もせず空腹にすらならない。太陽光発電で動くこのボディは氷雪地帯でも熱砂地帯でも宇宙でもその存在を約束し、技術の及ぶ限り驚異的な運動性能を誇る。コンピュータの機能すら持つのは当然、更に暁の数式により個体別に「宝石」の精製を行える。資金に惑わされず永劫の優雅を約束しよう』
録画映像が終わり中継はスタジオに戻る。これに関しても『デス・ペナルティ』に触れなかった。
「う~ん……」
暁の数式は誰にでも使用の権限はある。綺羅星とエレクトロン以外の企業がコンピュータを造る権限だってある。
のだが。
『デス・ペナルティ』を実質引き継ぐと言う事に何の呵責もないのだろうか? それとも一の害で九の利を捨てるなどできないと? では九の利とは?
オレは一人自室で頭を抱える。
アプリ機能で手に入る九の利……わかんない。んでは実際にアプリを造ってみようか? 短期間でできてそこそこ面白いものとなるとアイデアは限られる。
「元々興味があったし個人的には嬉しいかも」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




