第220話「お姉ちゃん起きて」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「パフパフ!」
星冠最高管理への通信番号を一つ押したところでビキニ環礁の端っこにいきなりパフパフが現れた。と言うか……十メートルぐらいの高さから落っこちてきた。空から落ちてくる美少女。アニメだとヒロインとの出逢いだったりするのだけど「オレも遂にヒーローに⁉」とか思ったりはしない。だって以前にレースの神さまとこんな出逢いあったけど撃墜されたし。
そんなお間抜けエピソードは放っておけと自分を叱咤し苦無を数十投げつけた。パフパフの落下軌道で苦無を編んで落下スピードに合わせ優しくパフパフをキャッチ。そのまま空飛ぶ絨毯の如くこちらに――ビキニ環礁より四キロメートル地点海上に運んだ。
「パフパフっ、オーイっ」
彼女の頬を手で軽く何度か叩く。が、彼女は目を開けない。喉に手を当てて、次いで心臓に耳を寄せてみるがそこにあるはずの人工心臓が音を出していない。
「キリエ、パフパフをスキャン」
『はい』
パペットとの同化は解けていない。一方が死ねば分離するはずなのでパフパフは一時機能停止しているだけだろうと思う。そう信じたい。
『AIユニットに自己スキャンがかけられていますよ。これは――初期化前の動作ですね』
「初期化? 何で?」
『それは私に聞かれても。宵とは違う攻撃を受けていたのだろうけど』
そうか。
攻撃を受け、そこからパフパフは自力で脱出したのだ。初期化と言う事実上の死を選んで。
「初期化は困る。死なせちゃダメだ。
スキャンを停止させよう」
『私では上位個体に当たるクィーンの指示には逆らえませんよ? パペットもAIだから』
「オレがやる」
これでも幽化さんの次くらいのクラック技術は持っている。プログラム解答の腕ゆえに【紬―つむぎ―】を与えられた過去もあるのだから。
「まずは」
パフパフとオレの間に無線パスを繋ぐ。これは容易にできた。
次は幾重にもかけられている壁を一つ一つ解錠。集中。莫大な情報量を精査し傷付けないよう隙間を縫っていく。一つでも誤ればきっと警戒モードに入って壁は更に厳しくなるだろうから注意が必要だ。
「良し、侵入成功」
と同時に本物の初期化プログラムの周りにどっさり偽プログラムが追加された。
「じょ、上等」
やって見せましょう男の花道。
幽化さんとパズルで対決した時よりも集中して本物のプログラムを探し出す。一つ、違う。二つ、違う。三・四・五。
「まだまだ」
耳に入っている風の音が消えて、波の音も消える。うん。良い調子。今は余計な感覚をシャットアウト。
「見っけ」
初期化を――――――ストップ。
「良し」
スリープモードも解除。
「パフパフ」
呼びかけてみるがまだ目覚めず。
『感情を作るプログラムが邪魔をしているのかも』
「……それなら」
オレはパフパフの耳元に口を寄せて、囁いた。
「お姉ちゃん起きて」
カッ! と音が入りそうな程に勢い良くパフパフの目が開かれた。
「何ですか今の甘えん坊な声は! 感激んぐ素敵んぐ!」
「ちょっちょっ」
オレの顔に腕を回されてパフパフのぱふぱふに顔をがっつり埋められた。息ができない。最早凶器である。
『えい』
「痛い!」
オレから分離したキリエがその鋭い鋒でパフパフの眉間を突いた。軽くだよ? それでもパフパフはオーバーアクションでオレの頭を離し眉間を掌で覆って泣いた。
「キリエ」
『涙月がいない時は私が保護者です』
涙月はオレの保護者だったのか。
「はっ⁉ 宵星冠卿⁉ あら? ロサは?」
「ロサ?」
どうやらやっと正気に戻ってくれたらしい。ここはどこだと顔を左右に振るパフパフ。
「オレたち攻撃を受けていたんだけど、ちょっと情報整理ね。
パフパフはどんな世界に飛ばされてどんな結末で出て来られたの?」
まずはオレの体験を話して聞かせ、これが脳波に干渉する攻撃であるだろうと説明を加えた。
次いでパフパフが語る。成程、オレと同じく勝利は拾えなかったか。
「となると、涙月は大丈夫かな……?」
手助けしたいけどここは涙月を信じて待ってみようかな。どう手助けできるかもわからないし(本音)。
「ひゃっふー!」
と、元気良く涙月が出てきたのは七日後だった。良く待ったなオレとパフパフ。まあ必要な時は家に帰ったけど(トイレとか)。と言うか何でそんなに元気なんすか涙月お嬢さま?
「涙月!」
「あ、よー君」
右拳を天へと伸ばす涙月はオレに気づいて小首を傾げた。きっと「何でそんな離れてるん?」と言いたいのだろう。こっちからしたら「何でそこにいてそんな元気なん?」ってとこだが。
「こっち来てー! ビキニ環礁にはオレたち行けないんでー!」
「うん? よー君とパフパフはどんなとこに飛ばされたん?」
言いながらこちらに向かって飛んでくる。フラついているところを見ると元気はあるけれど体力は回復中なのか。
涙月がやって来て、オレとパフパフはそれぞれが体験した内容を話した。勿論涙月側の話も聞く。
「聖騎士……魔法見たいんだけど」
やだちょっとワクワクしている。
「フッ、奥の手は簡単には見せません」
「じゃあここでオレと一戦交えない?」
テストねテスト。
「お? 良いよやろうやろう」
「だめ~です!」
バッサリと二人の間を手刀で切るパフパフ。オレと涙月は唇をつ~んと尖らせた。抗議の意味である。
「ここは敵が罠を仕掛けたところなので! 行動は慎重に!」
「「う」」
ごもっともであった。
オレはときめく心を一旦しまって改めて涙月に視線を向ける。
「ここにリスクSの空間爆砕弾を落とす予定になっているんだ」
「げ」
「ビキニ環礁の“エリアデータバックアップ”は一ヶ月前に取ってあるから一度壊してそこまで復元させるって手筈」
エリアデータバックアップ。時間と空間の構成データを一ヶ月ごとに取ったもの。人の歴史上大都市から地方集落まで絶対の安全を確保するのは難しい。事件に事故に自然災害。壊れる要素は幾らでもある。
ゆえに暁の数式を用いいつでも復元できるようにしたのである。凄いね。
「ふ~む、確かにアンチウィルスプログラムはやられちゃってるわけだしね」
「そう。罠だけ取り除ければ良いんだけどどこにそれがあるかわからないから。星冠最高管理を通して王室ネットワークも了承してくれた」
星冠は王室ネットワークに所属する組織だから無視などできない。
「そっか。んじゃまた誰かが罠に嵌る前にやっちゃいましょか」
「それではお二方。ここでも危険ですのでもっと離れましょう。最低十キロメートル」
「「うん」」
リスクS空間爆砕弾投下まで
10
9
8
空を見上げる。きっと青空の向こうに投下用衛星が来ている。
3
2
1
投下
「――光」
いや縦に落ちてくる流星。それの如く菱形の空間爆砕弾が落ちてきた。
地へと落ちる途上で破壊音。半径二キロメートルの空間がガラスのように飛び散って真っ白な別の次元を覗かせた。爆砕完了。
と同時に今度は光の柱が降りてきて柔らかく爆心地を包んだ。エリアデータバックアップでの復元作業だ。
飛び散った空間ガラスが消えて行き、一方で凹んだ地面からじわじわと空間が復元されていく。
ビキニ環礁は凡そ五分で元の姿を取り戻した。
オレはちゃんと罠が取り除けたかを確認する為にゆっくりと近づき、無事にビキニ環礁に脚を降ろす事に成功する。
ジャンヌ・カーラにいる何者かへと至る道も閉じてしまったがまあ新しい成果をどこかで出そうと思う。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




