第217話「一度罠にかかると退避できない!」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
黒い要塞。パペットでもナノマシンでもない謎の要塞。
そこから撃ち出される攻撃をオレは必死になってかわし続けている。
必死。
まさに言葉通り。少しでも気を緩めたら必死の攻撃をかわし続けて早一時間は経つだろうか。【覇―はたがしら―】が体力を回復してくれるとは言っても気力までは続かない。オレの精神は削られ、動作が雑になっていた。
「……仕方ない……か」
『どうする?』
「通信も遮断されているから助っ人も呼べない。逃げもできない。破壊もできない。
だから一旦オレの心臓を止めてみよう」
オレの中でキリエが驚く様子が伝わってくる。
『仮死状態になると?』
「そう。
キリエのジョーカーの中にオレの命の灯を一時移す。頃合いを見て戻して」
この要塞があくまでオレを狙っているならオレの死亡と共に攻撃は止むはずだ。その隙を見てキリエに退避してもらう。
『それ、私の責任重大ですよね?』
「そうだね」
これは信頼しているキリエだから頼める事。そのキリエは暫く黙り込んで。
『……わかった。失敗しても恨まないで下さいね』
「任せたよ。――やって」
『了解』
ジョーカー発動。
獣たちが現れて集まって、人間の形を作る。
「今!」
『ん!』
瞬間、世界が暗転した。
オレの意識は、命の灯はジョーカーの中に移動し、体がキリエのものになる。
『――⁉』
真っ暗闇の世界の中でもう一度キリエの驚愕する感情が伝わってきた。
『要塞が――消えた?』
「――はっ!」
世界に光が戻る。オレは滝のような汗を流して宙に留まり、心臓のある胸を両手でぎゅっと強く掴んだ。
これ、予想よりきつい……。
「……はっ、はっ……キリエ、どうなった?」
乱れる呼吸。しかしそれを整える前にオレはキリエに問うた。
「キリエ?」
『……ここはビキニから四キロメートル離れたところです』
結構離れたね。
「要塞は?」
『消えましたよ』
「消えた?」
周囲をスキャンし、ビキニ環礁のある方角を見やる。そこには何もなく大海原だけが佇んでいて戦闘の余韻もない。
『宵が仮死状態になったらね』
「……退いてくれた?」
『或いは――』
可能性がもう一つある。であるならばそれを確かめる為にもう一度あの場所へ行かなくてはならない。
このまま退避するのは簡単だけど今起こった事が『デス・ペナルティ』でも使われているのだとしたら確信が必要だ。
「行くよキリエ」
『はいな』
オレは視界に距離を計測する機能を表示する。今ビキニ環礁まで四キロメートル。
飛行開始。
距離三・五キロメートル。三キロメートル。二・五キロメートル。二・四キロメートル――黒く輝く要塞が現れた。
「退避する!」
すぐに距離を開けるがしかし要塞は消えてくれなかった。
しかもまたもや攻撃が始まってしまう。
「退避――できないね。一度罠にかかると退避できない!」
結界。または異次元。そんなものに捕われるのだ。
『じゃ、同じ手で』
「きついけどそれしかないか」
「――はっ!」
先程と同じ場所でオレは意識を取り戻した。
「はぁ……はぁ」
心臓が痛い。頭も割れるようだ。これはもう使いたくない。
「……間違いないね」
『ええ』
「『あれは脳波が生み出している』」
誰がやっているのか――勿論ジャンヌ・カーラにいると言う何者か。【史実演算機】すら持っている何者か。
なぜやっているのか――オレたちが邪魔。何らかのテスト。偶然オレたちがここに現れたから利用してみた。
そして問題が一つ。
オレの脳波を利用してああ言ったものを想像させたとしよう。それをどうやって創造している? それがわからないと涙月とパフパフを助け出せない。
ビキニ環礁をズームで眺めるも二人の姿はなし。自らの脳波領域に取り込まれているのだろう。オレと似た状態にあるのだとしたら命が危険だ。
「キリエ、ビキニ環礁に何か機械は?」
『ありませんね』
「んじゃ上――宇宙には?」
『残念ながら』
……【覇―はたがしら―】と一緒か?
【覇―はたがしら―】――とは人体にコンピュータ機能を持たせるコンピュータの元。であるならばこの空間に脳波想像物創造機能を持たせたりもできるのではないだろうか。
「……星冠最高管理に連絡を入れよう」
『どうするの?』
苦肉の策だが仕方あるまい。
「ここの空間をごっそり破壊する」
☆――☆
「いっつぅ……」
私こと涙月は盛大にお尻を地面に打ち付けまして。地面コンクリですよ? エナジーシールドも使えないこの世界でですよ? 女の子を大切に。
「さて、そろそろ死ぬかい?」
お尻を摩りながら立ち上がる私にかけられる声。私にご執心のお相手はと言うと、骨である。骨でできた体、骨でできた鎧、骨でできた剣。死霊騎士。
最初私を聖騎士にクラスチェンジさせてくれる良いテストだとちょろっと思ったけれどどうやら本気で私を殺す為の世界らしい。聖騎士と言うのは都合の良い餌だったと言うわけですな。
「それはないよ」
一体どこからどんな器官を使って声を出しているのか、骨の死霊騎士。
「人は死線を超える度に何かを得る。それは正当な報酬だよ」
「私はマジで聖騎士に成れると?」
再び煌めき出す、我が瞳。
「そうだね」
「良っし続きだ続き!」
私はランスを構え、死霊騎士は剣を構え、同時に地面を蹴った。
閃光を散らす武器二つ。散って、散って、散って。
死霊騎士が丸い盾を手に取って――投げた。凄まじいスピードで回転する盾は至近距離で私のお腹を裂こうとする。けれど私は左手に装着している盾で間一髪それを防いで勢いで後ろにグラついた。
「――!」
上に飛ばされた死霊騎士の盾が視界に入った。鎖がついているではないか。案の定死霊騎士は鎖を引いて私目がけて盾を振り落とす。同時に剣で私の喉を狙われる。
「――ァアア!」
私、裂帛の気合い一つ。けれど体が間に合わない。が、それでもやられるわけにはいかない。
体! 固くなれ!
「――⁉」
剣と盾が私に当たる一歩手前で何かに弾かれ砕け飛んだ。
何? 何があったの?
クエスチョンマークを浮かべる私の周りを四色の小さな光が飛んでいた。
赤・青・黄・白。
なんぞこれ?
「リゾーマタか」
答えをくれたのは死霊騎士。
リゾーマタ? なんだっけ?
「火・水・土・空気。四元素。お前は聖騎士としての第一歩を得たんだよ」
聖騎士の魔法。これが私の魔法。
「だがまだ一歩だけ。それを扱うには相当の鍛錬が必要だね。勿論ここを生き残れたらの話だけど」
ランスを握る手に力が篭る。
ぶっちゃけた話、私、よー君が新しいパペットを、キリエを得てからちょっと力不足を感じていた。それが第零等級と第一等級と言う確固たる差となって現れていた。
でもまだ上に行ける。私はよー君の横に並べるかも知れない。
ううん。
並ぶんだ。
「ごめんな死霊騎士さん」
「何がかな?」
私はきっと笑っている。戦場で笑うなんてどっかの悪役みたいだ。
「君を倒させてもらうよ」
「そう。来るが良いよ」
お読みいただきありがとうございます。
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