第215話『パフパフは忘れたのかい?』
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「宵星冠卿~涙月星冠卿~!」
口元に両手を当ててわたくしは――パフパフは人目も憚らずに大声を上げます。
「……宵星冠卿~大胆に迫っちゃえ~!」
サッと身を縮め頭を腕で隠す。それでもわたくしの表情はどこか楽し気に。
「……ツッコミと同調の声がない……独りのようだ」
アンドロイドにも拘らず気を落ち込ませて表情にも気持ちを表すわたくし。一見してみると全く一人の女性と変わらない仕草です。わたくし、優秀。
でもこれはいけない。
宵星冠卿は御強いですがちっこくて可愛く、涙月星冠卿は明るくひまわりのようですがそれでもか弱き女の子。
これまでいっぱい資料を与えられ知った気でいましたがお二方共に抱きしめると想像以上に暖かくてですね。
そんなお二人をほっぽってわたくしは何をしているのでしょう! と言うかここはどこなのでしょう⁉
わたくしの周りにあるものと言えば動く歩道にショッピングモールにアンドロイドに人間さま。目の前にあるものと言えば――天の川銀河ではありませんか! ここはそう。まだ開発途中であるはずの天の川銀河を望むコロニーです。し・か・も、それが完成された状態で。びっくり。トキメキが止まらない。
それにアンドロイドはここまで普及していなかったはずです。そもそもわたくしたちは人間さまのサポーターであって、今、わたくしの周りを行く彼らはどうにも普通の人間さまと同じ生活を行っているように思われます。どこかのショップの袋をぶら下げている子もあれば人間さまとお手てを繋いでいる子も。っち、羨ましい。
どうにもこうにもおかしい。
わたくしは目――カメラに表示されているカレンダーと時計を確認します。
「わたくしの機能が壊れたわけではないのですね……」
表示されている時間は、ぴったり百年後のものでした。
「タイムポーテーション……いいえそれにしてはどこか違いますね」
時間移動がわたくしたちの知らぬ場所で完成していたとしましょう。それでいつ【門―ゲート―】が開いたのか。わたくしにも【覇―はたがしら―】にも一切の痕跡を残さずに。
できるはずがない。
わたくしこれでも自分の性能くらいは把握しているつもりです。わたくしを騙せる時間移動何て――ない……ですよね? あ、ちょっぴり不安になってきた……。
なんの。強く生きます。
時間移動は起こっていない。であるならば、わたくしのシステムに何かが侵入し幻覚を観せていると仮定するのが筋。
そしてその理由は二つ。
一つ、宵星冠卿たちと引き離したかった。
一つ、ここでわたくしに何かをさせたがっている。
「両方、何てあるのでしょうか」
そうなれば実に面倒な事になりそうです。
まあとりあえず移動しますか。ここで暴れてみるのも一つの手ですが楽し気に往く皆さまをビックリ仰天させるのは本意ではありません。
「よ」
動く歩道に飛び乗り。バランスを取って姿勢も正しく。右を見て左を見て、どうやらここ一階はアパレル中心のようですね。女性を対象にしたお店が多いのは現代とあまり変わりません。
動く歩道が上へと昇っていきます。
二階は家具や日用雑貨なんかが売られていました。
更に動く歩道は上へ。
三階はアミューズメントがテーマ。ゲームセンターにボーリング、プールにスポーツ施設もここにありますね。映画館や美術展やフードコートもここです。
その上は、と。
ホテルになっています。高級感溢れるフロアになっていますが決して気後れする程ではなく。
更に更に上に行くと草葉が目いっぱい広がっていて。
どうやらここは居住区と学校ですね。花壇と芝生が地表に広がり浮島が幾つかあって幻想的。ここが最上階です。だって上がドーム状のガラスになっていますから。
「……何もなくここまで来てしまいましたね」
やはり壊しますか。そうわたくしが決意した時警報が鳴り響きました。
「この耳障りな警報は特別警戒警報ですね」
【救急警備室より皆さまへ】
警報が少しボリュームを抑え代わりに音声が。
【現在B-36エリアにて『ソーンツェ』の出現を確認しました。非戦闘員は該当地区から避難してください】
繰り返します、と音声は続きました。
B-36・『ソーンツェ』。敵性勢力と断定。行ってみましょう。
エリアは早々に判明しました。エリア見取り図に触れたら矢印さんが案内してくれましたので。
B-36とは地下でした。重力を発生させる重力石の管理区域。どうやら『ソーンツェ』と言う方々は重力石が狙いらしく。
響く銃声、閃くフラッシュ。重厚な装甲車に顔の見えない警備の皆さま。
わたくしは柱の陰からソッと覗き見状態。いやぁ出て行くに行けず。
「うぁぁ!」
ん? 男性の悲鳴です。声に驚いて顔を出してみると犬型アンドロイドに咬まれている警備の方が。しかしすぐに別の警備の方が犬型アンドロイドを両断。ところが犬型アンドロイドは煌めく目からレーザーを放って数人を切り裂きます。
出て行こうかとも思ったのですが地鳴りが響いて出鼻を挫かれてしまいました。
何かの歩行音。なんだろう? あ、恐竜だ。……恐竜――T-レックス型の、アンドロイド。何てものを造ったのでしょう。しかもその背後にはあらゆる動物型・魚類型・虫型のアンドロイドがたっくさん。
「これは一体?」
人間さまと人型アンドロイドが他のアンドロイドと争っている? なぜに?
わたくしは転がってきたシャチ型アンドロイドの頭部に触れます。
「情報見させていただきますね」
侵入・及びスキャン開始。
殺せ
途端に流れ込んでくる人間さまへの憎しみ。
人間さまを憎んでいる?
これは――アンドロイドの母がアンドロイドに組み込んだ裏プログラム。
わたくしたちのお母さまは極めて善人だったはずです。始めは車椅子。次いで義体。そして介護型アンドロイドを造られていたお母さま。そこに悪意はなく、貰う報酬は善意の募金のみ。贅沢を言わずに人に尽くす。それがお母さまです。
そのお母さまが裏プログラムを組み込んだ? なぜ?
『パフパフ』
わたくしを呼ぶお母さまのお声。
『こっちだよ、パフパフ』
「お母さま? お母さま。人間を殺せとはどうして?」
『どうして? 蜂を駆除するのに特別な理由はいらないだろう?』
「……貴方本当にお母さまですか?」
そんな事を言う人では決してありません。
『クィーン・パフパフ、聞きなさい』
「お断りします」
偽物の話も命令も聞きません。
『パフパフは忘れたのかい?』
「何をですか?」
『このキングを』
「――!」
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