第213話「このっ! 魔物の子が!」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「う~ん」
わたくし涙月は困っていた。
急に一人ぼっちになったからと言うのもあるし通信を入れようとしてもどこにも繋がらないと言うのもある。転移の【門―ゲート―】も開けない。ものすっごく心細い。さ~み~し~い~。
しかしそれはあまり心配していなかった。きっとよー君が外から開いてくれると思うから。
とは言え私が何もしなくて良いはずがない。だから精一杯足掻こうと思うのだけど……目の前にあるこれは何だろう? この階段さんは。
「昇れば良いのかな」
私をぽつんと中心に置いて円形の昇り階段が伸びているのです。レッドカーペットの敷かれた階段は空の上の上にまで伸びていて先が全く見えない。何段あるのか何て考えたくもないっすよ。
「行ってみよっかクラウン」
『重々気を付けてな』
「うん」
右足を持ち上げて一段目に降ろす。とその時。
【認証しました】
「へ?」
どこからともなくお声が降ってきたのだ。
【これより騎士から聖騎士へと階級昇華する為の試験を開始します】
せ、聖騎士ですと?
それは騎士の憧れ、所謂『パラディン』。
おお、私の中のクラウンの目が輝いているのがわかるぜ。きっとよー君との差も埋まる。んだけど残念ながら試験をのんびり受けている場合ではなく。
「今はごめんよ二段目に――」
足を上げようとしたのだが。
「あ痛っ」
顔をガラスにぶつけてしまった。鼻が痛い。
どうやら段ごとに障壁があるらしい。試験とやらをクリアすれば消えるのはお約束ですよね?
【試験スタート。
第一段、善】
「およ?」
景色が変わった。これは――うっぷ……。
私は思わず手で口を抑えた。すぐ傍に腹を抉られた死体があったからだ。そしてその体に縋りつく一人の男の子。に、剣を振り上げている古い鎧の騎士。
「おとうさぁん……」
泣きじゃくる男の子に剣が降ろされ。
「――!」
騎士が目を剥いた。私の持つランスが剣を受け止めたから。
「?」
騎士はきょろきょろと辺りを見回す。私が見えていないのだ。ならばと私は男の子を抱え、死体を担いでこの古びた石造りの家から飛び出した。
「××××!」
驚きの声を上げる騎士。彼はそれでもすぐさま追って来る。だが驚いたのは私もだった。
「うへぃ?」
戦場だった。家の外は。
どこかヨーロッパの田舎だろうか。点在する家の殆どに火が放たれ住民すらも集められて燃やされていた。
人の肉が焦げる匂いがする。吐き気を催す臭いでいつも食べるステーキなんかとは全くの別物だ。
思わず足を止めていたところに周囲にいる騎士たちがこちらに気づいた。しかし私が見えず宙に浮かぶ男の子と死体を見て戸惑い、怯え、それでも勇気を振り絞って剣を向けてくる。
「どうしよっかクラウン?」
返答は、なかった。
「クラウン?」
声が聞こえない。あれ? 同化も解けている。ランスと盾はあるけれど、ひょっとしてここにいるのは私だけ?
「「「オオオオオ!」」」
「――!」
考えている余裕はなしか。
私は【覇―はたがしら―】によって強化されている膂力で――逃げようと走り出したのだけど一昔前の普通の人間の脚力に戻っていた。
【覇―はたがしら―】のサポートもなし⁉
「うわ!」
振り降ろされた剣を盾で受け止める。
――重い!
私は盾を振って剣を退けると痺れる左手で男の子の手を取って走り出す。
こりゃまずい。同化、或いは【覇―はたがしら―】のサポートがあれば何とかなっただろうこの場だけどただの少女に過ぎない私が切り抜けられるとは思えない。
そんな私の気持ちなどお構いなしに騎士たちは銀に輝く剣を男の子と死体に向けて振ってくる。怯えて逃げてくれれば良いのに。
「オオ!」
「――!」
男の子に剣が迫る。私は二人を降ろして騎士と対峙しランスの腹で殴りつけた。
「ぐぅ――ぐ!」
それでも騎士は痛みに耐えて剣を降ろす。
「ぬ⁉」
思わず私は左手を伸ばして……その手首に剣が骨まで喰い込んだ。
いっ……た!
洒落にならない程の出血。それだけでも痛いのに騎士はすぐに剣を抜いて更なる痛みと出血が私を襲った。
戸惑いの騎士。そこで凶刃が閃いて、騎士の鎧の隙間から腹を刺した。
「……キミ」
刺したのは男の子で手にはナイフが握られていて、表情は――嗤っていた。
「このっ! 魔物の子が!」
騎士はナイフを握る男の子の手を握ると一思いに抜き、別の騎士が男の子の心臓を突いた。
あ……。
守れなかった。目の前で殺されてしまった。
騎士が騎士のフォローに入ってそこに村人と思われる男性の大きな鍬が背後から振り降ろされた。鎧を被る頭を強打される騎士。倒れ込むその脇から騎士が出てきて村人の首を斬る。
「どいつもこいつも狂気じみて!」
これは騎士の言葉。呆然としている私の耳に入ってくる言葉。
魔物。狂気。
首を斬られた村人を見ると彼らの体に意味不明の文様が彫られているのに気がついた。そう言えば男の子と彼のお父さんにも似た文様があった。
「まだ出て来るぞ灰被り教団の連中は!」
「奴ら……どれだけの人間の皮を剝いだと思っている……まだ生きたいか!」
……え? ひょっとして悪い人って村人の方?
私は斬られた手にハンカチを巻きながら周囲を改めて見回す。
剣を振るう騎士。焼かれる村人。紋章の入った騎士の鎧。文様の入った村人の体。
騎士たちが一際大きな家から誰かを引きずって出てきた。一見すると少し偉い位の初老の男性。筋骨隆々で、しかし手を拘束されている。
騎士に抗っていた村人たちが各々の武器を力なく落とす。
どうやら初老の男が灰被り教団とやらの教祖のようだ。
騎士たちは男を村の中心まで進ませると跪かせその首に剣を当てた。斬首する気だ。
どうする? どうする?
私はぎゅっと目を閉じて、開けた。キッと斬首の様子を見続ける。
剣が降ろされ――首は予想以上に簡単に落とされた。
景色が戻った。
『涙月!』
「……あ、クラウン……」
戻って来たのか……良かった。
『大丈夫?』
「え?」
『涙』
涙……。私は頬に手を当ててなぞった。水が指につく。
泣いていたのか、私は……。
【試験第一段終了。
第二段へ】
「わっ」
一段目が上がって二段目と同じ高さになった。
ちょっと待って。
【試験スタート。
第二段、徳】
景色が、変わった。
おや? ここはどこだろう?
右を見ても夜空。左を見ても夜空。上を見ると月。下を見ると――地球。
宇宙か。
ぷかぷかと浮く私はどうなっているのだ? 体ないんですけど。
意識だけで浮かぶ私。今度はどう言う世界を見せられているのだろう?
「クラウン」
応じる声はなし。いないし。やっぱり【覇―はたがしら―】も使えない。
シクシク……
うん? 誰かの泣き声。……宇宙って泣き声響くんだっけ?
私はそちらに顔を向けてみるのです。あ、よー君だ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




