第211話「暖かい! 柔らかい! 一生こうしていたい!」
ごゆっくりどうぞ。
「さて」
リアルのオレの家に生還したオレと涙月は星冠用の制服へとナノマシン収斂型電衣【seal―シール―】を変化させる。オレは白をベースに桜色の蛍光ライン、涙月は白をベースに銀の蛍光ラインが入った制服。を、防御力の高い戦闘モードに切り替え。白だった制服の数カ所が赤く輝く。星冠のシンボルカラーだ。
では行こうかと思ったところで窓がこんこんと鳴った。目を向けてみると、
「うわっ」
女性がへばり付いていた。
「な、なに? よー君あの子誰?」
「知らないです」
女性は青い髪を肩で切り揃えていて、なぜか白いセーラー服を着ていた。
青い髪――は、アンドロイドの証だ。アンドロイドは通常、永久機関“天球炉”から発生する『星粒子』と永久装置“チャーム”から発生する光合成エネルギー『タキオン』を受け取り動いているが緊急時太陽エネルギーでも動けるよう髪の毛が太陽光パネルになっているのだ。
そのアンドロイド――二十歳程度に見える――が口をパクパクと動かしている。防音になっているから聴こえないが何か喋っているのだろう。
オレは窓に近寄ってガラスに触れ、防音をカット。
「こんにちは宵星冠卿、涙月星冠卿」
実に晴れやかに笑いながら、女性。
「えっと……どこの誰さん?」
「わたくしはクィーン。クィーン・パフパフと申します。世界に散らばっているアンドロイドの女王として造られました。
初めまして」
空中で静止し、ミニのスカートをちょこっと摘まんで持ち上げて頭を下げる。
アンドロイドの女王――それは確か王室ネットワークが秘匿し全てのアンドロイドの動きと居場所を探知し非常時には他のアンドロイドを自由に制御できる特別なアンドロイド。オレも涙月も初めて目にする。
「女王は重要性から厳重に匿われているって聞いたけど」
「はい。
ただ今回の件は最重要人物が関わっているので出撃を許可されました。
戦闘だけではありません。炊事、洗濯、お買い物も引き受けますよ。あ、夜のお供は専用のアンドロイドをお買い上げください」
買う予定はございません。
「あ、開けていただけますか?」
オレは涙月に目を向ける。涙月も涙月で戸惑っていて固まったままオレを見ていた。
……どうしよう? この子が操られていないと言う保証はどこにもない。開けた途端刺されたらたまったものではない。
「困っていますね。ではこちらを」
「ん?」
パフパフが胸元に手を突っ込んだ。……成程、名に負けていない。
「痛い」
涙月に頬をつねられた。
パフパフが服から手を出した時そこに握られていたものは、星冠に与えられるブローチ。オレたちも今左胸に着けているそれだ。それもパフパフの手にあるのは第零等級のそれだった。
「よいしょっと」
と言ってブローチの宝石を押す。するとサウンドオンリーの文字と共に声が流れてきた。
<こんにちは天嬢星冠卿、高良星冠卿>
その聞き慣れた電子音声は、星冠最高管理で間違いない。
<天嬢星冠卿の性格を鑑みてそろそろ動きたくなる頃合いと読みこの子を派遣いたしました。
戦闘能力に於いて非常に頼りになる子ですよ>
「……ふむ」
オレはもう一度窓ガラスに触れて鍵を外し窓を開けた。最高管理が言うのであれば問題ないだろう。
「キャー!」
問題は――あった。いきなりパフパフのぱふぱふに顔を埋められたからだ。オレと涙月の二人分の顔が。
「なっなっ?」
「うっへ柔らか!」
「わたくし少年少女に触れるの初めてです! わたくしが接触できる王室ネットワークの方々は御歳を召していらっしゃる方が多いので! 暖かい! 柔らかい! 一生こうしていたい!」
<パフパフ、御二人死にますよ>
「はっ⁉ ごめんあそばせ!」
慌てて胸から顔を引き離す、パフパフ。
「ぷはっ」
「おぅダイナミック」
困った。離してくれたのは助かったけれどもう自分の顔が朱くなっているのが感じ取れる。熱が尋常ではない。
「あ、ごめん」
涙月のジト目に気づいて何となく謝罪。
<あら? 御二人はまだなのですか?>
「「何が⁉」」
<いえいえお気になさらず>
クスクスと笑う声が聞こえる。これからバトルになるかも知れないと言うのに何やらせてくれているんだこの人は。
<失礼しました。
天嬢星冠卿、高良星冠卿。相手はアンチウィルスプログラムをも退ける強者です。決して油断せぬよう。勝機を逸したならば即時撤退を。それを笑う者蔑む者いれば私が抑えますので>
「「――はい!」」
オレたちはまず目的地から十キロメートル離れた場所にある街へと転移した。人口十万にも満たない小さな街だ。発展から取り残された地方都市の一つでけれど街人たちは決して不幸に生きているわけではない。地方だからこの程度の外観や機能で良いと思ってその内で生きている。結果、前述通り発展から取り残されてしまったのだが世界では良く聞く話。珍しい街ではない。
まあそれはオレと涙月にとってはの話で。
「うわーうわーご覧下さい宵星冠卿・涙月星冠卿布製のお洋服が売られていますよ電衣をお持ちでない方が多いのでしょうかああっ紙の本屋まで」
「落ち着いてパフパフ」
解き放たれた猫のようにあっちへウロチョロこっちへウロチョロ。パフパフにとっては随分珍しい街並みらしく興奮を隠そうともしない。
だから街の人たちの視線は自然と彼女に集まって、更にパフパフについて回っているオレたちにも目が集まる。そしてひそひそと会話を始めるのだ。一人は羨望の眼差し、一人は困惑の眼差し。
その理由は二つ。
第一にパペットウォーリアで優勝したオレ個人の有名税。第二に星冠用の制服だ。新設されて間もない星冠はスカウトされた人間とテストに合格した人間で構成されているのだがどちらもパペットウォーリアにとっては優秀の部類。だからパペット持ちはウォーリアとそれ以外問わず注目されている。
「ほらほらパフパフ、行っちゃうよー」
「はっ! 申しわけございません」
きっと尻尾があったら振りまくっていただろうパフパフが涙月に手招きされて戻ってくる。うん、まるでペット。
「あ」
小学生グループがこっちに気づいた。
「涙月、パフパフ、行こう」
「「はーい」」
オレたちはここで余計な体力を使わないよう地上から一メートル程度を浮いて進み出す。最初に街に来たのは――と言うか目的地に転移しなかったのはこちらが状況を確認する前の不意撃ち攻撃を避ける為だが、走って行って戦えなかったでは話にならない。かと言って上空を飛んで敵に見つかったらそれもそれでアウトである。
結果この移動が最も好ましい。
オレたちはそれでも用心しつつ進み街外れの国道に出た。
「塩の匂いだ。目的の海岸が近いよ。ここからはエナジーシールドを張って行こう」
人間単体でのエナジーシールドを可能にする【覇―はたがしら―】。そのシールドは神経を走る内シールドと外皮を包む外シールドの二重に張られる。ぱっと見はオーラを纏った人間と言ったところか。このエナジーシールド、宇宙空間でも通用する代物で夜空を見上げると細かく動く光点として発見できる。
輝くエナジーシールドは制服のラインと同じ色。――って、
「パフパフ、【覇―はたがしら―】は?」
「はい。わたくしは同性能を持っております」
パフパフのエナジーシールドは青色。
【覇―はたがしら―】と同じ性能を持つアンドロイド。そんなのは他のアンドロイドには見られない。これから先増えていくのだとしたら人間の立場はどうなっていくだろう?
「どうかなさいました?」
「ううん」
良き隣人に成れれば良いな。
「あと二キロメートル。んじゃそろそろ」
「うん」
「はい」
オレは紙剣キリエを顕現。
涙月は騎士クラウンジュエルを。
そしてパフパフは――
「「は?」」
「『旭日』と申します」
かつての大日本帝国最強戦艦『大和』であった。
空を泳ぐ重厚感溢れる戦艦。オレはそれを見上げながらある事に気が付いた。隠れて行動する意味ないね!
「大丈夫です! 敵の熱源はありません!」
「そ、そう」
熱を放つ者がいない。それはオレたちの【覇―はたがしら―】による探知でもわかっているのだが、そもそも敵が熱を持つとは限らないわけで。
オレたちは重々注意しながら海岸線へと辿り着いた。アンチウィルスプログラムの件があって立ち入り制限がかかったから一般の人の影はない。海の水は透明で澄んでいて、海岸の砂は世界にありふれている普通の砂。
ここから少し先に見える人工島が目的の場所、
マーシャル諸島共和国ビキニ環礁――
である。
「それじゃ、『ウォーリアネーム 【手にした夢は純白の輝き】』」
「【騎士はここに初冠して】」
「【三千世界に轟く最強の号】」
三人揃ってパペットと同化。
同時にオレはアイテムの紙剣を、涙月はランスを、パフパフは多脚の小型戦車を装備する。パフパフのアイテムは白に蒼い雲の描かれた一人乗り用の水陸両用ホバー戦車である。洗練されたデザインがかっこいい。
オレはパフパフがそれに乗り込んだのを確認して涙月に目を配る。
「行こう」
「うん」
「はい」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




