第21話「良し、始めようか」
いらっしゃいませ。
三条を残し走り始めて大体五分。
彼の姿はもう見えなくなって、オレは一人高天原の土地を駆けている。
意外とライバルたちに出くわさないもんだな……。
でもあちらこちらでバトルの音がする。
油断はできない。
そう、気を抜いてはいけない。
「!」
気を抜くとかそんな問題じゃなかった。
だって人間に光は避けられない。
例えば生身で雷を避けるなんてスゴ技誰ができよう。
今オレは、雷に囲まれていた。
空を見上げても雷雲も雨雲もなく。
それでも落ち続ける雷は百を超えていて。
「肌が痛いな……」
直接雷に触れてはいないが常に静電気を喰らっているような痛みがある。
雷の直撃を受けたら気を失うくらいはするだろう。
……え、痛みがある?
と言う事はだ。
これは自然現象? パペットが起こした本物の自然現象?
自然に影響を与えるパペットなんて初めてだ。
いったいどれ程強力な――地響き。とても大きな地響きが始まった。
縦に揺れて横に揺れて脚に力を入れておかなければ立っている事すらできそうにない。
何だこれは? 雷に続き地震を起こす能力か?
しかしてその予想は大きく外れた。
だって土が盛り上がったから。
盛り上がって、巨大な建築物が姿を見せたから。
いやいや、こんなのが土中に埋まっていたはずがない。そんな深さこのフィールドにはない。
つまり土中から顕現したのだ。
この石の建築物は。
石でできた塔は。
雲にまで達し、なのに砕かれている塔は。
そうこれは――バベルの塔だ。
「アエル」
敵の攻撃の的になりそうだったから一時姿を消していたアエル、顕現。
雷を黒い鱗で防ぎながら聳え立つ。
オレのアエルとていくつもの山を跨ぐレベルの巨体だが、大きいなこのバベルの塔も。
それに、バベルの塔は常に雷を浴びてもいた。
……そうか、存在を許されない天にまで届く塔。神の領域を犯す人間の塔。これを、サイバーな塔であっても自然は見逃さずに破壊しようと試みているのか。まさか神話の再現まであろうとは深いな、パペットのシステム。
「アエル! ブレスを!」
大きく口を開ける八つの頭。
その口から炎のブレスが――放たれた。
バベルの塔は、的は巨大だ。加えて移動できるとは思えない。確実にヒットする。
と、思われた。
だが八つのブレスの進路を塞ぐ形で人が多く現れて。
え、人⁉
「ブレスストップ!」
『オ、オオウ?』
オレの待ったに慌てて口を閉ざす。が、放たれた炎は消えてくれずに人々に直撃してしまう。
燃え、炭となって落ちてゆく人々。
突如現れたと言う事は仮想の人々だろう。
けれどいくら仮想とは言えあまり見たくない光景だ。
「大丈夫さ、良く見な」
「ん?」
響く男の声。若い男の声だ。オレと同じでまだ声変わりしていない声。
オレはその発生源よりも内容に注目し、言われた通りに焼いてしまった人々を見る。
人々……違う、人形だこれは。
白い、簡素な人形。
これにオレの心は少しだけ安堵した。いや、人形も大切にしなきゃいけないし焼いたりしたら呪われそうだが。
改めてオレはバベルの塔を見やる。正確に言うなら声の主である男子生徒を探してバベルの塔を見やる。
そして見つけた。彼がいたのはバベルの塔の下。なかなか距離があるが小さく姿を確認できた。
声がここまで届いたのは【紬―つむぎ―】の集音機能が働いているからか。
となるとこちらの声も向こうのサイバーコンタクトが拾ってくれているはず。
「名前は?」
「天嬢。天嬢 宵。
パペットはアエル。
そっちは?」
「おれは片矢 蒼夜。
蒼夜で良いよ。
パペットはバベルの塔・クリストトコス。
アイテムは労働者人形だ」
おや、アイテムまで教えてくれた。
それなら。
「オレのアイテムはこれ。
八つの人魂」
なるべく条件は互角に。ジョーカーについては秘匿したいがアイテムは見せても大丈夫だろう。
「良し、始めようか」
そう言うと彼は石を拾って上に投げる。
あれが地に着いたらバトル開始か。不意打ちはないと思いたいけど、どうなるかな?
石が落ち始める。
蒼夜の目の高さに達し、肩に達し、腰に達し――土地に落ちてはねた。
「!」
瞬間、オレの周囲に蒼夜のアイテムである人形が大量に出現した。ザッと見ただけで一万はいきそうな数だ。しかも全部オレ狙い。
イヤ多いな!
『宵! 頭を下げよ!』
アエルが叫ぶ。オレはとっさに頭を下げて、その上をアエルの尾が通り過ぎ人形たちを薙ぎ払った。
破壊され、消えて行く人形。ずいぶん数は減ったと思った。だが、またまた新たな人形たちが現れて。
「まさかこの人形! 無限⁉」
「正確に言うならおれのサイバーコンタクトが無事な間は、だけどさ!」
「成程!」
ならばサイバーコンタクトを強制スリープさせられるか? クラックしても良いなら可能だけどパペットバトルなんだよねこれ。だからできない。してはいけない。
それなら。
「アエルはクリストトコスを! オレは蒼夜を!」
どちらか一方でもライフを、HPを0にできればオレの勝利。人形はアエルの尾が払ってくれているからその隙を縫って攻撃するんだ。
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッア!』
アエルによるブレス。
同時にオレは四つの人魂を蒼夜に向けて飛ばし、残りの四つで尾の間をすり抜けた人形を撃破。
ブレスがクリストトコスに――届いた。
人魂も同時に蒼夜に――届く。
だが。
「なっ⁉」
彼らを傷つける事叶わず。
防いだ? どうやって?
「加護だよ」
「加護?」
「クリストトコス、ジョーカー。
天の加護」
いやいや、その天から絶賛バツ受けまくってますよ君たち?
「神さまってのは複雑でね。
自分の領域を犯す者にはバツを与えるけれど基本は人を守ってくれる存在なんだよ」
「そうかい!」
いくら天の加護があるとは言ってもそこはパペットの能力。絶対的な防御なんてない!
そして!
オレのアエルは攻撃力の塊みたいな存在。
クリストトコスに必ず勝てる。
例えばこんな風に。
アエル!
オレはアエルに話しかける。マスターユーザーとパペットの間には繋がりがあるからある程度思考を呼んでくれるが、直接言葉にしたならばもっと通じる。
そうしてオレの考えがアエルに伝わって、彼らは早速行動に移ってくれた。
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――アッ!』
アエル、ブレス発射。
蒼夜とクリストトコスに向けて――ではなく。
「え?」
ブレスの行き先を見て蒼夜は天を仰いだ。
火炎のブレスは撃たれた。天罰である雷に向かって。
炎をプラスされた雷がクリストトコスに落ちる。落ちて、彼を削った。
『ぐぅ⁉』
初めて聞くクリストトコスの声。苦悶の声だ。
「そうか! そう言う!」
得心したのか、蒼夜。
ああそうだ。こちらの攻撃が直接効かないのであれば届く攻撃に混ぜてしまえば良い。
「アエル続けて!」
『おうよ!』
「労働者人形! クリストトコスを守れ!」
オレたちに向かってきていた人形が向きを変える。火炎雷の攻撃を受け続けるクリストトコスに向かって一斉に走り出し、途上で数を減らしていく。
……え? 減っていく?
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